23 産業医・鏡花①
「んーと、医務室は……」
上司の案内はここまでだった。あとは看板でも出ているだろうからそれに従い、医務室にいる医師に指示を仰げとのことだ。
夜風は壁に掲げられた看板に導かれて奥の突き当たりへと進む。左はトイレとあり、右に医療関係施設を示す注射器マークが出ていた。右に折れてすぐのところにドアがふたつ見える。上部にぶら下がった看板は、奥が仮眠室で手前が夜風の目的地・医務室だと示していた。
「失礼しまーす」
ドアをノックして中を覗き込むと、ひとりの女性が机に向かって熱心に作業していた。白衣の下にまとった鮮やかな黄色いタイトスカートから、惜しげもなくさらした足を組んで爪を磨いている。
どうしよう。人種が違い過ぎる。
夜風はドアを閉めて帰りたくなった。業務中にネイルケアするような人間と今まで関わったことがない。夜風の胸に橋で騒いでいた連中に抱いたものと同じ苦手意識が湧く。
しかし、癖のない艶やかな黒髪がパッと振り向いて、長いまつ毛に縁取られた目と合ってしまった。
「人魚ちゃん来てくれたあ! 待ってたのよお!」
ヒールをツカツカと鳴らし女医は夜風の腕に抱きついてくる。いきなりの接近にどぎまぎする夜風を中に連れ込んで、女医はピカピカに磨かれた爪先を胸にあてた。
「あたしはエクラの産業医、
夜風です、と自己紹介を返す。
産業医は社員の健康や労働環境について専門的立場から助言や指導をおこなう医師のことだ。鏡花はエクラお抱えの医者として、通常は医務室に勤めているらしい。
「夜風ちゃん! よろしくね。ほんと夜風ちゃんが来てくれて助かったわあ。治癒師がふたりとも突然辞めちゃって大変だったの」
「なにかあったんですか」
聞きたいような聞きたくないような気持ちで夜風は問いかける。
「んふふふ」
机から一枚の書類を出しながら鏡花が返したのは意味深な笑みだけだった。思わず顔が強張る夜風の眼前に、鏡花は勤務表と書かれた紙を差し出す。
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