19 慌ただしい朝④
「もっと他の抗議方法はないわけ!?」
環境を守ろうという立派な主張も、こういう迷惑行為をくり返されるとあまりいい印象が持てなくなる。
しかし夜風が考えるべきは将来のことよりも今だ。ポケットから出したゼンマイ式時計はもう八時十分を指している。三十分くり上げられた出勤時間まで、徒歩で行っていたら間に合わない。
「あっ。タクシー……」
「タクシーのおっさああん! こっちこっち!」
脇の水路から出てきたビクフィタクシーが見えて、夜風は手を挙げた。だが対岸から大声で呼びかけた男に先を越される。
ビクフィは四本のひれと長い首を持つ海獣だ。性格は極めて温厚で、白い短毛に包まれたこぶのある背中に人や荷物を乗せて運んでくれる。
ビクフィに跨がったタクシー運転手は大声を出した男を指さし、白い海獣は「ミーミー」と鳴きながら遠ざかってしまう。
他にタクシーは来ないかときょろきょろしてみたが、ストライキの影響でみんな出払ってしまったようだ。それにたとえタクシーが来たとしても、周囲には夜風と同じ状況の人々がいる。取り合いになることは避けられない。
やむを得ず夜風は走る。少しくらい遅れたってバス会社のせいにしてやると半ば開き直った。
それにしてもタクシーを横取りした赤髪の男性、玉響さん
そう思ったら怒りが再燃した夜風は、力任せに石畳の道を蹴った。
八時二十九分。遅刻ギリギリで間に合った自分を夜風は全力で褒めてあげたいと思った。朝から三十度を超える猛暑の中、汗を流して走りつづけたのだから上司からも労ってもらわなければわりに合わない。
だが、ローレライ治癒団第三支部の事務室にまっすぐ向かった夜風を、上司はのんびりコーヒーをすすりながら「ちょっとくらい遅れてもよかったのに」と笑って出迎えた。バス会社のストライキはさすがに不運だと思ったのだろうが、なんともズレた気遣いにがっくり脱力する。
その不可抗力にもめげなかった部下の滴る努力が目に映らないのかしら。
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