17 慌ただしい朝②
朝陽は寝乱れた髪をなでつけ、咳払いしてのどの調子を整えつつ女の子の気を引いた。人影が振り返ったのを見て、朝に相応しいさわやかな笑顔を意識し颯爽と引き戸を開ける。
「おはようハニー。昨日は世話になっちまって悪かったなあ。でもきみの朝食を食べられるなんて朝からラッキー……、ですね」
きょとんと首をかしげる白髪の老婆に朝陽の笑みは硬直し、思わず語尾に敬語をつける。老婦人は手に持ったトレイに視線を落として困った微笑みを浮かべた。
「はちみつを塗ったパンのほうがよかったのかしら。ごめんなさい。でもこのスープカレーもおいしいのよ」
夏野菜がとろけるまで煮込んだスープカレーのスパイシーな香りが、朝陽の浮わつく心をガツンと殴りつけた。今すぐ床に額をすりつけて謝りたいのを堪え、なんとか紳士的に振る舞う。
「し、失礼しました、マダム。マダムの料理はおいしいに違いありませんが、その、俺をここに招いてくださったのはあなたですか?」
「ええ、ここは私の家よ。覚えてない? あなたお酒飲んで橋でぐっすり寝入っていたのよ」
なんてこった。朝陽は目を覆い隠さずにはいられなかった。昨日に限ってひとりで飲んでいた自分を恨む。まさか酒に溺れて路上でそんな醜態をさらしていたなんて、職場の者に見られていたら減給ものだ。
そこで朝陽はハッと息を呑んだ。
「すみません。今何時かわかりますか?」
「ええと。八時になるところね」
テレビ台に置かれた時計を老婦人が読み上げる。ぴったり始業時間だった。遅刻確定を悟った朝陽の顔から血の気が引いていく。
焦るあまりつい廊下に飛び出してしまった足を急停止させ、慌てて振り返る。
「あっ、俺仕事で! もう行かないといけないんです! 助けてもらったのに悪いんですけど……!」
「ああ、いえね。あなたを助けたのは――」
おっとりした老婦人の話し方は朝陽も好きだったが、今ばかりはゆっくり聞いていられない。ぎゅっと締まる良心の痛みに耐えつつ話を遮った。
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