14 再来・赤髪男④

 しなやかに跳ねて重心の足を替え、振り上げられた赤髪男の足はチンピラのあごを正確に捉えた。仰け反り、ぽっかりと開いた口から歯を飛ばしながら、男は背中を強かに打ちつけ地面に落ちる。

 その瞬間、あっくんが雄叫びを上げ赤髪男に肉迫した。ところがそのまま脇を抜けて中ノ島方面へ走っていく。敗走を決めた男の背を見送り、赤髪男が向き直った先には夜風と、夜風の手を拘束するゴミ投棄男しか残っていなかった。


「で。どうする?」


 闇夜の中でも鮮やかに映える赤い髪を掻き上げて、男は余裕の笑みを見せる。

 強い。赤髪男の圧倒的手腕は夜風の背筋さえゾクリと震わせた。袖から覗く二の腕の筋肉は見せかけではない。この人は戦い方を知っている。なにかの格闘技選手か、エクラのセキュリティ部門実動課のように対人戦が想定される職業に就く人物だろう。

 ゴミ投棄男の震えが拘束された手から夜風にも伝わってきた。


「くそがあっ! 舐めんじゃねえ!」


 激昂げっこうした男は力任せに夜風を引き寄せた。爪が食い込み、痛みに強張る肌になにか冷たいものがあてがわれる。それが刃物だと思い至ったとたん、夜風の心臓は早鐘を打ちはじめた。


「いいか! てめえが一ミリでも動いたらこの女ぶっ殺すからな!」


 赤髪男に向かって突き出された凶器が、街灯の明かりを照り返して青白くひらめく。理性を失った男の怒声に夜風の頭が恐怖で埋め尽くされかけた時、軽いため息が聞こえてきた。


「あ……」


 聞き分けのない子どもを相手にしているかのように、肩を竦める赤髪男の姿があった。彼は武器を持ち出されても怯んでいない。それどころか勝利を確信した余裕を漂わせている。夜風を映してやわらかく微笑んだ瞳に、怯えた心はそっとほぐれていった。


「俺を信じろ」


 甘いささやきとともに赤髪男の体が深く沈み込む。夜風は目を閉じて身を委ねた。チンピラの短い悲鳴と首筋に押しつけられた圧迫感は、髪を揺らした風にさらわれリィンッと涼やかな音色が鼓膜を打つ。

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