08 エクラの問題③

 その言葉にひくりと震えた心を隠して夜風はマグカップを口に運ぶ。水上都市アクレンツェが世界に誇る大企業、エクラ精霊魔装具会社は便利な魔装具の製造で人々の生活を豊かにしてきた反面、港島にあるその本社ビルは不満の象徴ともなっていた。

 エクラが魔装具の材料にしている結晶体が、精霊たちの亡骸であることが原因だった。結晶体は大地を潤す生命源であり、それを掘り起こすおこないは環境破壊に繋がると学者たちは提唱している。また、人々の多くは精霊の怒りを買う冒涜行為だと糾弾きゅうだんした。

 実際、気象記録を見てみれば気温は徐々に上がり、それによって引き起こされた干ばつや大雨の被害件数が増加している。

 エクラへの風当たりが強まったとたん、そんなデータを掻き集めてきたメディアに煽られて、いつしか人々は毎年発生していた台風も突然現れるようになった野犬もエクラと結びつけるようになった。

 実は夜風が所属するローレライ治癒団には、高まる一方のうっぷんを晴らすためエクラが考えた社会奉仕の一環という背景がある。


「玉響さんは、デモをどう思いますか」

「そうねえ。主張はわかるけれど、あの人たちちょっと乱暴よね。だけど自然が壊れてしまうのも困るわ。お茶を飲みながらゆっくり話し合いができないかしら?」


 マグカップを持ち上げて小首をかしげる玉響に、夜風はくすりと笑みをこぼす。おっとりした彼女らしい考えだった。


「なにごともね、均衡を保つことが大事よ。それにはお互いの譲歩と思いやりがないとね」

「思いやり……」

「あ、そうだわ。お夕飯いっしょに食べない? 今日はご近所から青トマトをお裾分けしてもらったから、グリーンスープカレーを作ったのよ」


 声を明るく弾ませて立ち上がろうとした玉響を留めて、代わりに夜風が席を立つ。少し言いにくい言葉を、マグカップを洗う水音に紛れ込ませた。


「今日はすみませんがこのまま寝ます。まだちょっと疲れが残っているみたいなので」

「そう……。そうね。今日は早く休んだほうがいいわ。明日もお仕事?」

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