05 野犬騒動③

 それは普段の業務ではまず経験しない荒業だった。毒蛇などに咬まれ出血量の多い患者には、治癒師がふたりつき作業を分担する。数ある魔装具の中でも治療に関するものが最も負担がかかるためだ。

 夜風は意を決して、まず往診かばんから赤紙を出した。そこに黒鳥こくちょうの結晶から生まれた万年筆型通信魔装具で、ここから一番近いローレライ治癒団第三支部あてに増援要請の手紙を書く。

 書き上がった赤紙はハヤブサの形へと折り畳まれ、本物の鳥のようにひと声鳴いて飛び立った。

 これで私が力尽きても誰かが繋いでくれる。

 その安堵で緊張をほぐし、夜風は小花と蝶の解毒魔装具を小指から外し右手に持ち替えた。左手で治癒、右手で解毒と役割を切り離すことで混乱軽減を図る。

 ふたつの魔装具を同時に発動した夜風の頭には二種類の映像が流れ、それぞれ異なる景色を映すそこから情報を読み取っていくような技能が要求された。特に毒のほうは目まぐるしく情景が変わり、全体が見渡せない。

 そこでまずは魔法範囲を広げて進行を抑える。その際治療がおろそかになりかけ、慌てて発動を維持した。そして最も毒による損傷が大きい核を見つけ出し集中処置をおこなっていく。

 細い細い針のように研ぎ澄ました魔力を、患者も気づかないうちにそっと差し込むイメージで。と、教えてくれたのは職場の先輩だ。

 高い魔力は患者に様々な拒絶反応を引き起こす副作用がある。魔力は人間に備わっている力ではなく、あくまでも精霊のものだからだ。人体は高魔力や、長時間魔力にさらされたり使用したりできる構造になっていない。


「治療は慌てず、リズミカルに、着実に」


 研修中何度も習ったことを口ずさみながら、夜風は鼻先を伝っていく汗にも気づかず治療行為に没頭する。


――きっと助けるからね。


 声に出したか、ふとそんな自分の声が耳に響いて、故郷での懐かしい記憶が脳裏に浮かんだ。

 まだ十歳になる前だったと思う。家の近所で泣いていた見知らぬ男の子を助けたことがあった。その頃の夜風は人見知りがちで一度は通り過ぎたのだけれど、どうしても気になって戻ったことをよく覚えている。

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