04 野犬騒動②

 驚き固まる夜風の目の前で男は野犬の上から転がり、胸をあえがせる。

 男が手を伸ばした肩からは血が流れていた。


「動かないでください! 今治療します!」


 夜風はすぐさまかたわらにひざをつき、傷を診るためパーカーのファスナーを引き下ろした。往診かばんから止血ガーゼを取り出して、肩の傷口にあて圧迫をかける。


「う……っ!」


 男は噛み締めた唇からうめき声をこぼし身を仰け反らせる。脂汗が浮かんだ痛々しい表情に、夜風は眉をひそめた。


「だいじょうぶです。私はローレライ治癒団の治癒師です」


 安心させるために呼びかけながら、夜風は患部を押さえる手に意識を集中する。中指を人魚のひれが抱き締める意匠を凝らした指輪が青く輝きはじめた。その光は男の傷口を包み込み、癒しの魔力をもって患部周辺の細胞を活性化させ、自己治癒能力を高める。

 それが精霊の結晶体加工技術を確立し、精霊の不思議な力を宿す魔装具を作り出したエクラの奇跡だった。


「……なに。なにかが邪魔してる……?」


 突然、治療の手応えが掴めなくなった夜風は、ガーゼを外して傷口を凝視した。本来ならもう止血できていいはずだ。しかし絶えずにじみ出てくる血を拭ってみると、牙が突き刺さった痕が緑に変色していた。

 この反応は毒だ。夜風は近くに転がる野犬の亡骸に目を移す。繁殖期や獲物が減る冬など、人里に迷い込んできた野犬の被害に遭った人々の話は毎年少なからず耳にする。しかしそれで毒を負った例など夜風の知る限りではない。

 にわかには信じがたいことだが、夜風は治癒の魔装具をいったん止めて、輝蝶きちょうの結晶から作られた小花と蝶の指輪に手をかざす。


「まず解毒をしないと傷が塞がらない」


 すると傷口から血があふれてきた。夜風は慌てて新しいガーゼを取り出す。毒の回りが早過ぎる。まるで野犬の牙が体内で暴れ回っているようだ。治療を止めて解毒に専念していたら赤髪の男は失血死してしまう。


「治療と解毒を同時にするしかない……!」

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