一途な剣と勇者だったもの

@stenn

短編1

 ――前世は『剣』でした。なんて誰が信じるだろうか。人が剣になってしまうことはあっても剣が人に成ることなんて絶対にないだろう。そもそも魂があるのかも怪しい。ただ、そうなってしまったのだから仕方ない。


 私は前世で意志を持つ剣だった。『魔剣』と呼ばれていただろうか。特殊な製造の剣で家事やが作るものでは無く錬金術師により作られた剣であった。魔力――つまり世界に満る『精気』を取り込み、魔剣を扱う者の力に変換するという役割を持つ剣だ。あまりにも特殊過ぎる剣であるために、その本数は当時世界に五本と無く、現在においては一本たりとも残っていない。恐らくこの世界において作れるものなど誰一人いないだろう。


 もう世界の脅威などというものは存在しないのだから。


 そんな訳で。前世『剣』でした。多分――記憶が正しければ、最初の一振り。どうしようもなく役立たずで最後まで引き抜かれることのなかった剣だ。


 私は鏡の前ではぁっと溜息一つ漏らした。魔剣は人の形を取ることができた。持って歩くよりは自走する方が便利だという理由だ。当時は銀色の髪と目。抜けるような白い肌でモデルのような美女だったのにどうしてこうなったのか分からない。


 ヒナ・ウェンストン。十六歳。実家の貸本屋を手伝い。


 ゴワゴワした赤毛と黒い大きな双眸が輝いている。身長は低く十六になったというのに未だお子様料金で演劇に行けるという悲しんでいいのか喜んでいいのか分からなかった。貸本屋の両親の元ですくすく育った私は今日も帽子を目深に被っていそいそと家を出る。


 目指すは近所に住んでいる少年の家だ。


 何を隠そう私たち魔剣は主を選ぶ。そして選んだあとは何が何でも離れないし守るための盾となり剣となる。それは主が死しても同じだ。これが特殊過ぎる剣と言われる一つの理由に当たる。つまり使えなくなるのだ。……まぁ細かい話は置いておいて。私の前世にもそう言う人はいる。約千年前に存在した救国の英雄と呼ばれてる青年だった。


 ぱたぱたと通りを駆け抜けて私は近くの木の陰に隠れる。一瞬町行く人が不審そうな顔を浮かべたが『またお前か』と言うような顔をして通り抜けていく。


 視線の先には小さなカフェ。その先で箒を持って軒先を小柄な少年が履いている。ピンクゴールドの美しい髪がフワフワと揺れている。整った顔立ち。新緑を映しこんだかのような双眸。どこをどう見ても美少年は偶然通り掛かった――おそらく――女の子たちにあいさつされて嬉しそうに微笑んだ。誑しではない。多分、恐らく天然だ。黄色い声を上げられて小首を傾げながら掃除を再開する。


 名を――カム・ローゼス。十六歳。近くの高等学校に通いながらこの店でアルバイトをしている少年だ。因みに学校へは裕福な子供と才ある子しか行けないので私は通っていない。カムの才は当選のように『剣』の才だった。


 救国の英雄。その生まれ変わった姿は以前と変わらずに変わらず美しかった。


 にしても本日も美麗なのはどういう事だろうか。カムからの距離は遠いのだけれど鼻の香りがただよつてくるようだ。観察日記にはきっと本日も『美しい』から始まるだろう。そう言えば観察日記は何冊目だっただろうか。両親にドン引きされて燃やされかけたのはいい思い出。あれは宝石だ。燃やさないで欲しい。


 私はこうしてカムを八歳の頃から観察している。見つけた時は歓喜した。まさか同じ時代に生まれているとは思わなかったからだ。再び主に使える幸せは言葉に表せるものではなく……。いや、ごく平凡な子供がごく庶民の子供に使えるのもおかしい。そう言う結論に至り、影から見守ることになった。


 そう。陰ひなたとなり、守護するんだ――と。私が忙しくないときはこうして見守っている。おかげでお店と彼の自宅周りの人たちとは顔見知りだ。主に不審者な子供として。


 因みに言えば私たちは喋ったことなんてない。そう言えば千年前に何か放した記憶もあるけれど……細かいことはまったく覚えてない。昔過ぎる。おまけに知り合いでもないし視線すら合ったこともなかった。ただおかしいのはこれだけ周りが私に気づいているのにカムはそんな素振り一つ見せないという事だ。私が凄いのかカムが鈍いのか。どちらかも知れない。勇者もかなり鈍い――おっとりとした――青年だった。その青年がなぜあんな偉業を成し遂げたのか、未だに謎だ。世界の七不思議なのではないだろうかとすら思う。


 (今日も麗しい)


 ぐへへ。と年頃の女子とは思えぬ笑顔を浮かべた私に呆れた声が背中から響く。振り向けば、これもまた整った顔の少女が突っ立っている。ただ少女というには身長が高く、どこか冷徹な印象だったけれど。


 私と、カム。共通の友人アイシク・ハーゼンだ。年の頃は十七。セピアの髪とアイスブルーの両眼が印象的だった。呆れた様に口を開く。


「いい加減声をかければいいじゃないか」


「え。嫌だよ。私ごときを目に入れたくないわ」


 カムの目が汚れるじゃないか。と大真面目に抗議する。『ああ、そう』と引きつったような顔で溜息一つ。持っていたコーヒーを私に手渡した。カフェで買ってきてくれたらしい。入口なんて見ていないから気づかないのは仕方ないね。と考えながら素直に受け取った。


 甘いコーヒーを口の中に流し込むとふぅっと息を付く。


「好きとか、そう言うんじゃないし」


 好き嫌いで言えば好きだ。多分すごく好き。ただこれは恋なのかと聞かれれば分からなった。カムが好きな人と結ばれれば全力で応援する用意がある。現にカムが初恋をしたときに全力で応援したものだ。例えばさりげなく連絡先を置いてみたり、彼女さんにカムとしてプレゼントを用意してみたり。『破局になったのは全部お前のせいじゃない?』などと言われたのは解せない。頑張ったのだが。


「あ。カムと付き合わない? アイシク。アイシクならきっとカムを幸せにできるよ」


 パチンと頭を叩かれたのはなぜなのか。


 カムとアイシクはお似合いだと思うのに。美男美女。私は子供を育てる用意がある。両親も泣き叫ぶと思う。


「なんで俺がアイツを幸せにしなきゃなんないんだ。というか……」


「そうなんだ」


 澄んだ声だった。どこまでも通りそうな。一瞬何が起こったのか分からず顔を上げれば緑の双眸と目が合った。


 あ。


 キラキラ光る美貌。なんか星のエフェクトが出てないだろうか。ふとそんな事を考えたが、私は声にならない声を上げて固まってしまった。


 息をしていいのかすら分からずぐ、っと押し黙る。


 (息したらダメだろう。これは。私の汚い呼吸があの人に触れては行けない。というかなぜここに――いや、逃げないと。逃げ……)


 なぜ、腰をしっかりつかまれているんだろうか。それが分からなかった。お目汚しもしては行けない。息すらしては行けないというのに。これでは逃げられない。何のつもりだとアイシクを見れば『観念しろよ』と言う言葉が降ってきた。


「僕とアイシクがお似合いだと?」


 なんだろう。いつもとは違う迫力がする。笑顔なのに怖いとは一体どういう事なのだろうか。私がこくこくと頷けばさらに怖く笑顔を深めた。


 (ああ、でもそれでも素敵なんですが。それは。この辺に髪の毛一本落ちていたら貰って帰らないと)


 現実逃避気味に考えてしまう。というかそろそろ呼吸が限界だ。


「……そう。アイシク。付き合う?」


 衝撃的な言葉に私ははっと息を思わずしていた。死ぬかと――いやもしかしたら姿を見られた以上死んだ方が良かったのかもと考えたが、それは兎も角置いておく。


「なんでっ」


 悲鳴のような言葉を放ったアイシクにカムはにっこりと微笑んだ。ああ。最上級の笑顔だ。何、あれ。尊い。心のシャッターを切らなければ。




 良かった。本当に良かった。釣り合う女性と付き合うことになって。釣り合わなければ――と考えて私は小首を捻った。別に釣り合わなくてもいいのだけど、なぜそう思ったのだろう。よくは分からない。兎も角どうやって幸せになって貰うかだろう。


 で、今日も観察している訳だけど。いい加減に家の手伝いしなければ観察日記を燃やすとか言っていたが、大丈夫。前回からの反省で二冊書いて一冊は隠している。


本日は学校も休日。仕事も休み。ということで、近くの博物館にデートらしい。カムは文化の変容とかが好きだ。昔人々が何をしていて、どう生きていたかとか――滅んだ生物がどうだったかなど。剣士よりは多分そちらの方が向いているし幸せそうだ。


 ただ、アイシクは幸せそうではないが。真っ青な顔でカムの隣を歩いている。どことなく顔が引きつっているのは気のせいではないだろう。緊張し過ぎだ。きっと。


 (笑顔。笑顔)


 エールを送るが届くはずなどない。後で一人になったときを見計らって励ましをしよう。緊張するのは分かる。付き合って初めてのデートなんて緊張するしかない。いや、よく知らないけど所蔵の本に書いてあったし。と持ってきた厚めの本を握りしめていた。『彼女の心を掴む10の方法』と言うタイトルだ。


 ……これはカムには必要なかった気がする。むしろ必要なのはアイシクだけど……まぁいいか。今度なんか見繕って渡そうと考える。『彼氏の前で緊張しない方法』だろうか。


 後を付けながらとぼとぼ歩く。まぁ楽し気なので少し目を外しても問題はないだろう。考えて視線を近くの展示物にずらした。


 (あ――)


 古びた剣に一度心臓が収縮した。どこもかしこもボロボロで折れた銀の刀身が微かに見えるだけだ。はめ込まれていた筈の宝石は無く、どこか寂し気に横たえられた小さな、子供用の剣だ。


 『最初の一振り』


 そうネームプレートには書かれている。


 私だった。本当に私は剣だったのだなと改めて思い出す。最後まで主と共に歩めなかった愚かな剣だ。もうどう朽ちたのかすら覚えていない。そんなものがまだ残っていたとは驚きだ。ボロボロだけど。


 私はペタンとガラスに手を付けていた。ひやりとした感覚が掌に伝わってくる。


 何の役にも立てなかった。幸せになって欲しかったと思う。後悔の念しかない。だから今があると私は顔を上げていた。


 あの二人を幸せにすればきっと『私』は報われるはずだ。その筈ではあるんだけど。なんでこんなにどこか空しいのか分からない。


「ここはどこ?」


 なぜか私は博物館で迷子になるという失態を犯していた。いや。広いのが悪い。悪いと思う。おまけに美術館と水族館併設で暗い。鏡張りの部屋を抜ければ。なんとまぁどういう事でしょう状態だった。魚が楽しそうに泳いでいる水槽が並んでいた。


 私の観察対象が……。貴重な時間が。今頃進展していたらどうしよう。どうしようとぐるぐる回る頭。半べそでうずくまっていると、するりと白い手が見えた。


 スタッフの人だろうか。ここは道を聞かなければと顔を上げれば固まるしかない。


「大丈夫?」


「……つ」


 カムだ。いや、カムだった。何度見ても美麗な少年が心配そうに覗き込んでいる。おまけに屈んで目を合わせてくれているとはどういう了見だ。


 (息――止めないと。いや、まって、まって。隠れないと)


 でも逃げるのは避けたようで傷を付けるかもしれない。ぐるぐると混乱した頭で考える。ようやく出た答えは、目深に被った帽子を顔の前に持って行って隠れる事だけだった。


 隠れているというのはちょっとおかしい気もしたが背に腹は替えられない。


「いないから心配したんだ」


「え。え。あの」


「――いつも後ろにいるからいないと心配するんだけど」


「……」


 これ。バレてますか。もしかして。ストー……観察していたのが。鈍いのは私だったと項垂れたい気分に駆られたが今は固まる事しかできない。というか――近い気がする。心臓がありえない程早く鳴っていた。顔が見せられないくらい紅潮している。帽子と暗さに感謝するしかない。


 (どうしよう。どうしよう。あああ)


「し、しって?」


 カムは不思議そうに小首を傾げた。


「知ってるけど? そんなことより、君に聞きたいことがあるんだけど、いい?」


 これは早く謝った方がいいやつかもしれない。かといってストーキングは辞めるつもりなんてないけど。これはライフワークだし。カムの幸せを見届ける会なんだから、諦めるわけにもいかないのだ。


 だが。ここは人間的に謝らないと。私にだって少しぐらい罪悪感はある。


「つ――ごっ、ごめんなさい。いや。あの。言い訳するつもりではないんですが――ああ。喋ってごめんなさい。臭いですよね。でも少し我慢をしていただくと――あの。決して変な理由からストーキング……いや、見守り――ストーキングしていた訳では無いんです。あの。その。ろ、ローゼス様にお幸せになって欲しく。それを見届けたいと……いや。あ、いや。私みたいなものが何をいつてもあれなんですが――兎も角。すいませんでした。これからは」


 ばれないようにします――とは口に出しても言えない。一呼吸で言い切ってはあはあと息をする。緊張で心臓が爆発しそうだ。いや、今すぐに爆発してください。お願いします。ああ。でも『幸せ』が見られなくなるから嫌だ。顔を見れない。きっと軽蔑に染まっている表情を想像して項垂れる。笑って欲しかったのだけれど。ただ、笑っていて欲しかったのに。


 情けなくて涙が出てくる。


「……君に気づいたのは随分昔だったかなぁ。友達に揶揄われてね。赤毛で地味な女の子がこっちをじっと見ているって」


「うぐぅ」


 消え去りたい。地味って。地味だけど。


「でも近づくと逃げるし。君。それからも何度かそんなことがあったんだけどやっぱ逃げるから。別に害はなかったんで放置していたんだけど――」


 それはもう。目が合う前に全速力で逃げた。不審者のそれだ。いや。不審者だった。自覚はある。軽蔑する気持ちはよくわかる。


 というか。放置良くない。いや、私的には良いんだけど、良くないです。いくら優しいとは言え。でも、その優しさもここまでかもしれない。



「あぅう。――ごめんなさい」


「どうして謝るのが分からないんだけど。昔から君と友達になりたかったんだし。」


 は。


 意外な言葉だった。友達。友達ってなんだろう。などと考える。いや、いや。知っているけれど――ありえない。おこがましい。そんな。何を言っているんだろう。この人は。


「とも、だち?」


 思わず顔を上げてバチバチと目を瞬いた。


 ああ。奇麗なご尊顔。こんな近くで見ることができるなんて行幸……いや。じゃなくて。私の顔も見られていると言うことで。


 持っていて良かった鍔広帽子。盾のように翳そうとしたがあっさり抜き取られた。なんで隠すんだよ。と少しだけ拗ねた顔はとても可愛い――ではなく。


 もしかして、このまま死ねば本望じゃないか。などと謝罪中に思ってしまうからダメなんだろう。なにか。そう人として。ではなくて。


 私は常識的な思考を必死に手繰り寄せる。


「――へっ、変態と友達になろうとする人がどこにいるんですかっ」


「自分で言う? それ」


 言って悲しくなったのは間違いない。私はただ、危機感を持ってほしいと。カムは優しい。本質的に、昔からそうなのだ。フワフワして誰彼構わず引き寄せる力があるというか――狙われているというか。心配というか。


 心配だ。


 いじめっ子に絡まれて金銭を奪われそうになって、闇討ちしたのはこの私だけれども。大丈夫。顔なんて見られていない。時効だし。


「ぐ。自覚は、あるんです。でも――止められなくて。そんな事より。私みたいな人間は迷わず警察にですね」


 やっぱり悲しい。接近禁止令とか出そうだし、本格的に両親から外出禁止とか言い渡されそうだ。ま、家出する気は満々だけれど。


 そして私はなにを全力で説教しているんだろう。


「はぅ。も、申し訳けありませんっ」


 我に返り、謝ると困ったように笑う。


「ええと。何を謝っているのかは分からないんだけど――ああ。ええと心配してくれる感じでいいの?」


「凄く心配しているんですっ。もー。危ないというか何というか。なんですか? 人を信じて疑わないその顔は。いや、そう言うところが……は!」


 またやってしまった。項垂れているとようやく救いの神が舞い降りる。


「あ――いい加減にしろよ。お前ら。注目の的ってご存じないか?」


 どこかに消えていたアイシクだった。





 未だかつてなく、こんなにアイシクを親友だと思ったことはない。背後霊のように背中に絡む私を『うっとおしい』とか言いつつ運んでくれる優しさである。なぜだかカムもいて笑顔にアイシクは凍り付いていたが。


 併設のカフェ。いや、私は帰りたい。というのは許されなかった。べりべりと擬音が聞こえる様にアイシクは私を剥がすとカムの対面に座らせる。対面……対面……いや、私は奥の責に行きたいんだ。みたいな視線を流したが『諦めろ』と一蹴された。そのアイシクはなぜかどこかに行ってしまう始末で。


 神では無かった。


 どうしろというんだ。私は――私には話すことはない。そうだ天気か。天気を話せばいいのだろうか。いやいや、でも私ごときが口を開くわけにもいかず。堂々巡りの思考。


 相変わらず美しい顔を凝視できずうろうろと視線を宙に漂わせるしかない。


 尊死するわ。


「それで?」


 どうして友達になってくれないのかと不満そうに付け加えた言葉に内心悲鳴を上げる。なぜそこに戻るんだろうか。意味が分からなかった。


「何も――こ。恋人になってほしいとは言っていないし。まずはって」


 まずは? よくわからないけど。


「いや。申しました通り、へんたい――をですね友達に据えるのはどうだかとおもうのです。私は、このままで――」


 泣くぞ。それに――私は相応しくもないのに。


「じゃあ。ストーク止めようよ」


 なに。その悲しいお言葉。私は固まってしまう。これはライフワークだ。そんなことをしたら死んでしまうかも知れない。見られない。死ぬ。死ぬ絶対。


 ……。


 もしかして友達の結論はそれなのだろうか。絶望で歪んだ私の顔に『そんなに? 』とカムが困ったように零している。


「いや、ね。友達になればストークしなくていいし。ま。毎日見てればいいし――僕の顔が好きなんだよね?」


 さすがに自分自身で言っていて恥ずかしくなったのだろう。視線を大幅にずらされた。耳が軽く赤くなっている。


 (なにこれ、かわいい)


「存在がすきなんです」


「はい?」


「魂が。生きていてくれるだけで嬉しいてわかりますか?」


「……ええと? なに?」


「空気を吸って動いているだけで尊いんです」


 だって以前は私は見届ける事が出来なかったから。ごめんなさい。と以前の私が言う。主を独りで死なせてしまって。


 だから。今回は。


「……」


「生きて、動いて――笑って」


 そこで私の頭は軽く叩擦れた。何するんだと見てみればアイシクが呆れた様に立っている。見捨てたくせにと睨んでみるとアイシクは大きな溜息を吐き出した。


「重い。重いってヒナ。絶句してんだろうが」


「あ、え?」


 どうしよう。固まっている。え。意識あるの。これ。いや――どうしよう。とアイシクに助けを求めれば『知らん』と言われてしまった。そのまま私の隣に座るアイシク。その存在に気づいたように、カムの目に光が灯る。


「いや。ごめん」


 固まったことに謝る必要があるのか不明だったが謝るカムに死んだ魚のような目を向けるアイシク。


「あ……つまりは愛しているってことだろよ? 良かったな」


 何がだろうか。自分で言うのもなんだけど、ストーカーに愛れる被害者可哀相とは思う。止めないけど。


 そしてアイシクが来たのでもう帰っていいですか。とは言い出せない。


「いや、違う気がするんだけど――あの。ヒナ?」


 (名前っ)


 心臓が一瞬で跳ねあがるのを堪えて『はいっ』と返事をしていた。


「君と、僕が友達になればきっと楽しいと思う。ね」


「――だから。私は相応しくないと」


「それは誰が決めるの? 他人? 僕ではなくて。君が変なことは知っているし。それでいいと言っているんだ。――アイシクもいるし。ね? 」


 真摯な目が真っ直ぐに私を見つめていた。


 ……ふと、過ぎ去った過去が蘇る。沢山の仲間に囲まれて笑い合っていた勇者。その中に入りたいと願っても私には叶うことが無かった。願っても、叶わないのなら――見ているだけでいいのだ。


 幸せを願うことが、幸せで。私なんかが……。側に。


 でも。


 ぽたりと。涙が落ちる。少しだけ困惑したように『え』とアイシクの声。それに構わずに顔を上げていた。


「いいんですか? 私――重いのに」


 捨てないで。側で。一緒に。笑って。


 ――生きたい。


 そんな願いも知らずにカムは優しく笑う。


「もちろん。宜しくね。僕らは友達だよ」


 でも。ストークは止めてね。と笑うカムに笑顔で返すことしかできなかった。



 そう言えば。友達って何をするんだろう――とそこから恋愛に至るのはまた別の話。

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