仲の良い幼馴染はもう居ない
月之影心
仲の良い幼馴染はもう居ない
「「
「あ!
「公園行こうぜ!」
「分かった!」
「もうすぐ小学生だね!」
「うん!小学生になっても3人で遊べるかなぁ?」
「当たり前だろ?俺たちずっと3人一緒だぞ!」
「そうだねっ!」
「中学校でもずっと一緒でいられるかな?」
「当たり前だぜ!」
「俺たち3人で1セット!」
「高校入っても……」
「大学……」
**********
新しいカーテンの隙間から、昇ったばかりの朝日が射し込み、寝ていた俺の顔を直撃していたようで眩しい。
枕元に置いたスマホに手を伸ばして画面を点けて時間を確認した。
《5:40》
休みの日に限ってどうしてアラームが鳴る前に目が覚めるのだろうか。
それにしても、嫌な夢を見た。
忘れたいのに忘れられない、変わる事のない過去の現実。
ギリギリ忘れられそうになるたび、夢に出て来る惨めな思い出……。
**********
高校2年。
11月初旬。
話は汐里からだった。
「今年も勿論行くんでしょ?」
「当然だな。祐也も行くだろ?」
「訊くだけ無駄だ。来るなと言われても着いてってやる。」
「あははっ!」
俺と英紀と汐里は、中学生の頃から毎年3人だけで冬休みに入ってから2泊ほどの旅行に行くようになっていた。
旅行は、汐里の父親が『可愛い子には旅をさせろ』をそのまま受け取り、そのクセ可愛い娘の一人旅は心配過ぎると、幼馴染であり常に一緒に居る俺と英紀をボディガードに任命して実現した。
「今年は何処にする?」
「箱根とか熱海とか……」
「温泉!いいね!」
「温泉なぁ……年寄り臭くないか?」
「じゃあ祐也は何処がいいんだよ?」
「ん~、有馬?」
「温泉じゃん!」
以前、俺の意見が通って富士急ハイランドに行って、ジェットコースター系の苦手な英紀が初日にダウンしたのは良い思い出だ。
結局その年は熱海の温泉街に行く事になり、例年の如く、英紀が予約を入れ、汐里が会計を担当し、俺は行程表の作成と交通機関の確認を受け持った。
毎年のように旅行は楽しく、毎年のように幼い頃からの思い出話で盛り上がり、毎年新しい思い出を持ち帰っていた。
**********
高校3年。
2月。
「ついにこうなっちゃったか……」
深刻そうな顔で汐里が呟いた。
「まったくだ。予想していなかったわけでは無かったが……」
机の上に置かれた紙に目線を置いたまま英紀が呟いた。
「目の前に現実があっても俄かには信じがたいな……」
俺も同じく机の上の紙を凝視したまま呟いた。
机の上には3枚の紙が、それぞれ入っていたであろう茶色い封筒から出して広げられていた。
3通の封筒と3枚の紙はまったく同じ様式、同じデザインだった。
それぞれ一部分だけ文字列に違いがみられた。
「「「合格!おめでとぉぉぉ!!!」」」
3人それぞれの前に置かれた大学の合格通知。
俺は経済学部、英紀は理工学部、汐里は法学部……学部は違うが3人共同じ大学に合格していた。
「また3人一緒だな!」
「あぁ。しかし祐也頑張ったよな。2学期最後の模試でもギリギリだったんだろ?」
「あれ見た時は真剣に焦った。でも英紀と汐里が支えてくれて……」
「あははっ!祐也くん涙目になってるぅ!」
「うるせぇっ!これ見るまでホントに夜も寝られないくらい不安だったんだからなっ!」
俺たちは、幼稚園から大学まで、ずっと一緒に過ごせる事が決まったこの日の晩、3人の親も集まって近所迷惑になるんじゃないかと思うくらい盛大にお祝いをした。
**********
大学4年。
夏。
就職活動も順調に終わり、俺は地元の事務機器を扱う企業の営業に、英紀は医療機器メーカーに、汐里は法律事務所に、それぞれ内定を貰っていた。
「さすがに就職先までは一緒にはならなかったな。」
「そこまで一緒だと反対に怖いぞ。」
「でも周りの友達とかまだ一次すら通らないって子もいる中で3人揃って就活終わってるなんてのは凄いよね。」
「それは言えてる。」
就職先が違うという事は、当然生活のリズムが変わるという事で、さすがに今までのように『ずっと一緒』という事にはならないんだろうなとぼんやり考えつつ、俺は少し沈んだ顔になっていたようだ。
「まぁ働くところは違っても3人で遊びに行く時間くらいは何とかなるだろ?」
俺の表情を読み取ったのか、英紀が明るい顔でそう言ってきた。
もしかしたら、英紀も俺と同じような不安を感じていたのかもしれない。
「ねぇ、今年の冬も旅行いくでしょ?」
汐里も同じように思っていたのだろうか。
いつもより少し暗めの声が気になった。
「俺はそのつもりだけど英紀は?」
「え?何で訊くの?行くに決まってるじゃん。」
ようやく3人にいつもの笑顔が戻った気がした。
その年の冬は、確か3人とも初となる北海道に行って『北海道の寒さナメてた!』『北海道ごめんなさい!』『でも次は完全防寒装備でリベンジだ!』とか言って盛り上がったのを覚えている。
**********
社会人2年目。
夏。
相変わらず俺たち3人の幼馴染の付き合いは続いていた。
さすがに毎日顔を合わせる事は無かったが、ほぼ毎日、俺のLINEには英紀か汐里どちらかのメッセージが結構な頻度で届いていた。
『今日何時に終わる?ご飯行こうよ。』
「今日は定時に上がれる。18時に○○駅前でどう?」
『(了解!のスタンプ)』
『おつかれー。今晩家行くわー。』
「さっき残業決まって抜け殻になってる。勝手に部屋で寛いでて。」
『わかったー。待ってるぜー。』
こんな調子。
俺は、もしかしたら本当にこの3人はこれからもずっとこんな感じで付き合いが続いていくんじゃないかと思った。
しかし、俺も英紀も汐里も、いくら仲が良くても各自の人生というものがあり、それが全てでは無いにしても会社の同僚や同窓生から届く『結婚』の声が聞こえてくると、否応にも自分の将来を意識してしまう。
相手は?
当然そう考えるわけだが、汐里以外の女性と仲良くつるんだり何処かへ出掛けたりというイメージすら湧かないレベルで、相手なんか頭に浮かぶ筈も無い。
そうなると汐里を結婚相手と考えてしまいそうになるが、それはそれで20年以上の時間が最早汐里を家族同然と思わせていて、それ以上の関係を考える事すら憚られていた。
(そのうちなるようになるか……)
結局、瞬間的に将来について考える事はあってもそれが何日も何週間も考え込むなんて事はなくて、気が付けば3人で揃って酒を飲みに出ていたり、英紀か汐里のどちらかと飯を食ってたりして、相変わらずの関係が本当にいつまでも続く雰囲気しかなかった。
**********
社会人3年目。
春。
英紀の仕事が忙しくなったようで、英紀とは滅多に会えなくなっていた。
その分、あまり仕事量に変動の無かった俺と汐里は必然的に二人で会う機会が増えていた。
「英紀、忙しそうだけど大丈夫かなぁ?」
「何か新しいプロジェクトのメンバーになったんでしょ?そのサブリーダーとか言ってたね。」
「え?それってマジで大変じゃん。」
「でも英紀くん、『少しずつ仕事任されるようになってきて楽しくなってきた』って言ってたから大変だけど頑張れるんじゃないかな。」
「元々頭のいいやつだし、俺たちの中でも一番努力家だしな。」
「そうそう。英紀くんなら大丈夫だよ。」
昔から英紀は一番頼りになるやつだった。
俺が英紀や汐里と同じ大学に行けたのも、実際は英紀が俺以上に真剣になって教えてくれたからだと思っている。
「汐里は仕事大丈夫なのか?」
「仕事?全然大丈夫だよ。何で?」
「いや、深い意味は無い。英紀も忙しくて汐里も……なんて事になったら俺一人暇になっちまうからな。」
「あはは。うちは土日祝日休みの優良企業だからねぇ。」
「不定休の労働時間曖昧なブラック企業ですまなかったな。」
家に帰って風呂に入り、部屋で夕方汐里と交わした会話を思い出しながら寝転がっていた。
最近汐里と2人で話していると、今までには無かった『汐里に対する好意』が以前と変わってきていると感じるようになってきていた。
汐里のことが好きなのは以前からそうだし、多分同じ感情は英紀も持っているだろう。
だがその『好き』はあくまでも『幼馴染』『親友』という枠の中だけで、『異性』として好きだという感情は正直持っていなかった。
それが最近になって変わったのは、恐らく、英紀には申し訳ないが汐里と2人だけで会う機会が増えた事が一番の要因だろう。
俺はベッドから起き上がり、机の上に置いたスマホを手に取ってLINEを開いた。
『明日飯行こうぜ。』
相手は汐里。
いつも通りの簡単な一言を送信した。
『ごめん!明日用事あるから行けないんだ。』
少し肩透かしをくらったが、今までにも無かった事では無いし、俺だって汐里の誘いを断った事もあり、
『分かった。頑張れよ。』
とだけ返してスマホを机の上に戻し、そのまま眠りについた。
**********
社会人3年目。
夏。
英紀から『話がある』と呼び出されたのは8月に入って間もない休日。
ようやく来週には夏期休暇がくると、予定を立てようとしていた時だった。
俺はまた3人で遊ぼうとかいう打ち合わせかと思い、軽い気持ちで待ち合わせ場所へと向かった。
効きすぎるくらいエアコンの効いたホテルの1階にある喫茶店に、俺を呼び出した英紀と、少し緊張したような顔の汐里が待っていた。
表情はともかく、3人で遊びに行くなら汐里が居ても不思議じゃないと安易に思った俺は、汐里に右手を挙げて『よぉ』とだけ言って2人の前の椅子に座った。
汐里はちょこんと頭を下げただけだった。
「俺たち、結婚することにした。」
開口一番、英紀の口からそんな言葉が出て来た。
俺は椅子に座ったままの表情で固まっていた。
「結婚?俺……たち……?」
「あぁ。汐里と結婚する。」
結婚?
英紀と汐里が?
何の冗談だ?
驚きで声が出なかった。
まるで自分が自分で無くなったような感覚に陥った。
俺は汐里の方へ視線を移したが、汐里は申し訳なさそうな、それでいて不安気な顔で俺を見ている。
その目を見た時、俺は現実に引き戻された。
「……おめでとう。」
自分でも分かるくらい引き攣った笑顔でそう言った。
「今まで黙っててすまなかった。」
英紀は微妙な顔でそう言った。
「いや、気にすんな。けど全然気付かなかった。いつから付き合ってたんだ?」
「あぁ……大学卒業してすぐの頃だったかな。」
「そうかぁ……」
つまり3年以上も俺は蚊帳の外だったってわけで、英紀が忙しくなって汐里と過ごす時間が長くなって気持ちが盛り上がっていたのは俺だけだったという事か。
思い返せば汐里は英紀がプロジェクトのメンバーになった事や仕事が楽しくなってきたと言った事など、俺が暫く会えなかった時期の英紀の事をあれこれよく知っていた。
汐里から英紀の事を聞いた時は不思議には思わなかったが、今思えばそういう事かと妙に納得出来た。
辛うじて引き攣りながらも笑顔を保ってはいたが、喉はカラカラに乾き、瞬きすら出来ないほどに俺の感情は消え去っていた。
俺は出された水を一気に飲み干した。
「また細かい事決まったら教えてくれ。」
何とかギリギリ平静を保ったまま、俺はそう言って席を立った。
「悪い。ちょっと用事思い出したんで帰るわ。」
背後で英紀が呼び止めようと声を掛けてきたが、俺は聞こえない振りをしてそのまま2人の前から走って逃げた。
どのルートで家まで帰って来たのか覚えていない。
気が付けば外は暗くなっていて、俺は自室のベッドに倒れ込んでいた。
手に掴んでいたスマホのランプがピカピカと点滅していた。
不在着信か、メールか、LINEか……スマホの画面を開くと、その全ての履歴が画面を埋めていた。
俺はどれも確認することなくスマホの電源を切って机の上に置くと、部屋の中を呆然と眺めていたが、いつの間にか頬を熱いものが流れていることに気付いた。
俺は、家を出ることにした。
**********
社会人3年目。
実家を出て半月。
両親に『俺の連絡先は英紀や汐里を含めて誰にも教えないでくれ』と言って家を出て半月が経ったある日、仕事から帰ってマンションの自室で寛いでいると、マナーモードのままにしてあったスマホが振動する音が聞こえてきた。
仕事用のスマホは当然そのままだったので多くの人間が知っているが、個人持ちのスマホの今の番号を知っているのは会社の数名と両親くらいなものだ。
スマホの画面に出ていたのはアドレス帳に登録されていない番号だったが、下4桁を見て英紀の番号と同じだったような気がして、そのまま放置した。
マナーモードの振動が止まると、スピーカーからメッセージを残してもらいたい旨の電子音声が小さく聞こえてきた。
『祐也……話がしたい……』
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声が耳を撫でた。
恐らく、英紀の根気に折れた母親が俺の携帯の番号を教えたのだろう。
別に母親を責めるつもりは無かった。
俺はスマホを手に取ると、掛かってきた番号へ掛け直した。
相手は1コールで出た。
『祐也?祐也か?今何処にいるんだ?会って話さないか?そっち行くから時間空けてくれ。何処に行けばいい?』
酷く焦ったような声だったが、間違いなく英紀だった。
俺は無言でスマホを耳に押し当てていた。
『なぁ祐也。黙っていたことは本当にすまないと思ってるんだ。だからちゃんと会ってこうなった経緯を説明して謝りたいn……』
「何で謝る?」
『え?』
酷くかすれた声で英紀の言葉を遮った。
俺はスマホを少し離して咳払いをした。
「謝られる筋合いなんかないだろ。」
『祐也……』
英紀の声が耳に届いた時、俺は随分と苛立ちを覚えていた。
「それとも、俺に詫び入れなきゃいけないやましいことでもあるのか?」
『そういうわけじゃないが……祐也に黙っていたのは事実だし……』
「だったら尚の事、謝られる筋合いは無いし会って話をする理由も無い。」
『俺にはあるんだよ!頼む祐也……会って話を……』
電話の向こうの英紀は涙声だった。
だが俺は、英紀の声を聞けば聞くほど苛立ちが大きくなっていった。
これ以上は何も聞きたくなかった。
「もう……これ以上俺に惨めな思いをさせないでくれ……」
『ゆ、祐也っ……!』
俺はスマホを耳から離すと、スピーカーから聞こえる英紀の声を無視して通話終了をタップした。
電話を切ってすぐ母親に電話をすると、『ごめん』とだけ言われた。
俺は『こっちこそ無理言って悪かった。』とだけ言って電話を切った。
それから数日の間、何度も英紀の番号から電話やショートメールがあったが、その悉くを無視し続けていたある日、またアドレス帳に登録していない番号から着信があった。
この番号にも微かに見覚えがある。
恐らく汐里だろう。
「はい。」
『祐也くん?』
やはり汐里だった。
俺は大きく深呼吸をした。
『どうしても会ってもらえないかな?』
俺と英紀の話は汐里の耳にも入っていて当然だろう。
「あぁ。」
『そっか……』
恐らく汐里は、もう俺が英紀と会わないという意思を固めていると諦めていたのだろう。
電話の向こう側からは、時折鼻をすすったり大きく息を吐いたりする音が聞こえていた。
『じゃあちょっとだけ……電話でいいからお話してもいい?』
「何の話?」
『昔話。』
「昔話?」
そう言って汐里は俺と出会った頃の話を始めた。
最初は俺の目付きがキツくて怖かったこと。
話すと色んな事を知ってて凄く為になったこと。
色んな事を知っているのに勉強はあまり得意じゃないのが不思議で仕方なかったこと。
小学校の運動会の徒競走で俺が1等になったとき自分の事のように嬉しかったこと。
中学生の時に初めて行った旅行で熱を出して看病してもらったこと。
高校で通学中に変質者に追い掛けられた時に守ってくれたこと。
大学の学食で残していた唐揚げを俺に取られて喧嘩したこと。
俺は黙って聞いていた。
汐里は俺が何も言わないのに延々と昔話を続けていたが、一通り話し終えたのか『ふぅっ』と息を吐いた。
『楽しかったね。』
「あぁ。」
汐里の沈黙を受け、もうあの頃には戻れないんだと実感するにつれ、鼻の奥がツンと痛くなって涙を溢れさせてしまっていた。
『聞いてくれてありがとう……』
「うん。」
『もしも……祐也くんが会ってもいいって思えるようになったら……いつでも連絡してね……』
俺は(多分……無いだろうな……)と思いながら、
「分かった。」
と短く答えて電話を切った。
電話を切った後、俺はベッドに突っ伏して声を上げて泣いた。
**********
社会人5年目。
夏。
主任に昇進した俺は、その後も順調に仕事をこなしていた。
大きい契約もいくつか取り付け、社内での評判も上々だった。
一度、上司から見合いの話を持ち掛けられた事もあったが、『彼女が居ますので』と嘘を吐いて断った。
未だ記憶から消えてくれない惨めな思い出……消えそうになる頃に夢となって現れ、再び惨めな気持ちにさせられている内は、結婚なんかしても余計にしんどくなるだけだと思った。
あれから英紀にも汐里にも会っていない。
連絡もしておらず、今どこでどんな生活をしているのかも知らない。
仲良く過ごしていた3人は、もう居ない……。
仲の良い幼馴染はもう居ない 月之影心 @tsuki_kage_32
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