X5―5 本庄椿と武永宗介 その5
「なんですか、ワラワラ集まって……みんなで私をいじめるつもりなんでしょう……うぅ……」
椿は全員の顔をチラチラ見ながら卑屈な嘘泣きを始めた。
見事な被害者しぐさ。元はと言えば椿が加害者で、それに対して反撃しているだけなのだが。
「違うの本庄さん。私たちはあなたを止めたかっただけで、罰してやりたいわけじゃなくて……」
「ウチは噛み殺してやりたいけど」
「ちーちゃんさんが言うと迫力がダンチですね。漏らすかと思いました」
「莉依ちゃん、武永くんにそっちの趣味は無いから失禁はよろしくないよ」
「膀胱の尽力によりギリギリ堪えました」
「暴行!? やっぱり私に暴行するつもりなんじゃないですか!?」
ダメだ……変わり者がこれだけ揃うと収拾がつかない。
しかし黙っているわけにはいかない。意図的ではなくとも俺が惹き寄せた女の子たちなのだ。その責任は取らないと。
「えー、みんな聞いてくれ」
俺が口を開いた瞬間、全員が口をつぐみサッと俺の方を向いた。なんなんだこの連帯感……
いや、連帯なんかじゃないか。それぞれが想いを俺に向けていて、それがピタリと揃っただけ。
しかし5人分の重い想いがのしかかってくると「圧」がすごいな……
「椿のやったことは横暴で愚かでハタ迷惑極まりない。そこに議論の余地は無いと思う」
「否定はできないわね」
「アグリーです」
「写真でもわかるくらいボクの部屋が悲惨なことになってるしね」
「お兄に止められてなければ絞殺して毒 殺して斬殺したいぐらい」
なんか一人過激派がいるけど、椿のやったことが迷惑行為である点はみな同意のようだ。
「ただ、浅井先生や村瀬は椿を罰してほしくないと主張してる。俺はその意志を尊重したい」
「それでいいの? お兄自身の気持ちを正直に聞かせてくれたらウチが始末をつけるけど」
千佳は憎々しげな視線を椿の首元に向けた。
俺を危険な目に遭わせたことがとにかくお気に召さないようだ。
一方の椿は千佳の鋭い目つきを物ともせず俺の反応を待っている。
「俺自身も……椿を罰するのは得策じゃないかなって」
「どうして?」
「あんまり認めたくないけど、椿の性格は一番俺がわかってるからな。コイツは下手に追い込むともっと過激な手段に出る気がするんだ。『懲役で先輩に会えないくらいなら自爆テロしてやる』とか考えるタイプだし」
俺の言葉を受けて椿はニヤッと笑った。囲まれているとは思えないほどの不敵な態度。そう、コイツは多少の困難でへこたれる奴じゃないのだ。
というかさっきの嘘泣きはどこにいったんだ。
「だけど……」
「千佳の言いたいこともわかる。ただ、今回の椿の凶行は俺の責任でもあるんだ」
「なんで?」
「俺がいつまでも付き合う相手を決めないからな……まあ、今だって決めきれてないんだけど」
「いっそ全員と付き合ったらどうだい?」
「そんな無茶苦茶な……」
反射的に村瀬の軽口を窘めようとしたが、どうもみんなの反応がおかしい。
浅井先生は優しく微笑んでるし、リーちゃんは指で○印を作っている。村瀬は真面目な顔をしているし、千佳もしぶしぶといった表情。
椿だけがすさまじく不満げに顔を歪めてはいるが、多数決なら「全員派」の圧勝だ。
しかし、いくらなんでも不道徳じゃないか。二股どころか五股だなんて。
「えっと……もしかして俺が聞いてないだけで椿除く4人で話し合ってた?」
「そうです。ナガさんを5等分にちぎる案もありましたが、誰がどの内臓をもらうかで揉めまして、生きたままシェアする方向で妥結しました」
「リーちゃんの発想が猟奇的すぎて怖いんだが!?」
「ちなみにわたしの案ではなくおりょうさんの案です」
「えぇ……」
浅井先生のヤンデレ化が想像の千倍深刻で泣きそうなんだが。当人は照れくさそうにはにかんでるし……
俺の憧れた完璧ガールを返して……
しかし百歩譲って多股を受け入れるとして、何股でも椿とは付き合いたくないんだが。
「ちなみに椿だけ除外するのはアリ?」
「ナシですね。ナガさん死にたければ話は別ですが」
「だよなあ……」
椿を除く4人とだけイチャつくなんて、それこそ許してもらえるはずがない。
たぶん一週間も経たずに椿に殺されるだろう。
「ちなみに、ウチらと付き合ってくれるならお兄の身の安全は保証する。いくら幽霊さんが狡猾でも、今回みたいに複数人がかりなら止めれるだろうし」
「武永先生さえ良ければ、悪くない案だと思うのだけれど」
確かに彼女らの提案は最低なものだが最悪とは言えない。
これを受け入れてしまった方が俺は楽なのかも。
椿はともかく、他の子たちはそれぞれ魅力的な女性なのだ。
諸星あたりには「マジでハーレム作りやがったのか! ヒャヒャヒャ!」って笑われるだろうが、世間体を考えなければ案外幸福かもしれない。
「待ってください。私はそんな不埒な関係認めませんよ」
椿がゆらりと身体を起こして一座をぐるりと睨む。
完敗してなお心が折れないとは、流石と言うべきか残念と言うべきか。
「まだわからないかな、幽霊さん。アナタがどう思おうと知ったことないの。お兄の気持ち次第だよ」
「そんな都合のいい話……」
「『誰にとって』都合のいい話かよく考えた方がいい。私たちの妥協案を飲めないなら、二度とお兄に近づけなくなるだけだよ」
千佳が腕に巻きついた蛇を差し向けると、さすがの椿も一歩身じろぎした。
おそらく、椿が退いていなければ本気で蛇に噛ませるつもりだったのだろう。
「う、うまいこと言って私を丸め込むつもりでしょう。平等に見せかけた不平等条約なんて、歴史上ありふれていますからね」
「そんなことないわ、本庄さん。私たちはみんな平等よ」
「嘘です信じません。たとえば私が先輩の睫毛からヘソの汚れまで舐めたら追放されるんでしょう?」
「いいえ、私もやろうと思ってたから大丈夫よ」
「浅井先生!?」
待て待て、やられる本人の意思を差し置いて大丈夫とは何事だ。
「朝から晩、いや寝てる時でも先輩の生活音を盗聴し続けたら怒るんでしょう?」
「すでにわたしがやっています」
「リーちゃんまで!?」
どんどん話が不穏になってくる。知らん間に俺の人権とかプライバシーが蹂躙されてないか?
「あえて先輩を怒らせて罵倒されるプレイも許されませんか?」
「プレイの範疇ならボクは問題無いと思うね。むしろ推奨したい」
「勝手なことを言うな、村瀬!」
「それから、この5人以外で先輩に近づく女がいたら陰湿な嫌がらせをしまくるのもダメですか?」
「ダメな理由が無い」
「止めろよ千佳!」
俺の了解も取らずに「セーフ」の基準が勝手に作られていく。
今まで述べたやつ全部アウトにしたいんだが……
「大丈夫。懐の深い武永先生ならきっと許してくれるわ」
「神に感謝」
「武永くんの男気には参っちゃうね」
「うんうん。これからもよろしくね、お兄」
「うるせえ! 誰がお前らと付き合うかよ!!」
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