X4―7 ヤンデレと宿敵 その7
「わたしが出てきた理由ですか。それはですね」
途中まで言いかけてリーちゃんは言葉を止めた。
口が半開きのままなので、まるで一時停止でもかかっているみたいだ。
何か見つけたのかと思って後ろを振り返ってみたが、何の気配も無い。
もしかして、言い淀んでいるだけなのか?
「リーちゃん?」
「失礼。取り乱してしまいました」
「取り乱すとそうなるんだ……」
狼狽してるようには見えなかったが……まあコンピューターも処理が追いつかないとフリーズしたりするしな。それと似たようなものか。
「わたしも、乙女なので」
「えっ……どういう意味だ?」
「あまり詳しく解説はしたくないですが」
コホン、と一つ咳払いをしてリーちゃんはこちらをまっすぐ見据えた。
なんだ? 急に改まって。
「ナガさんから『話がある』と言われたので、ほんの少し期待してしまったのです。流れ的にありえないとは思ったのですが」
「期待って?」
「そこまで言わせますか。ド鬼畜ですね。わざとですか」
なんとなく恨めしそうなリーちゃんの口調で、ようやく彼女の言わんとするところがわかってきた。
つまり、彼女は俺に告白されるかもと期待していたのではなかろうか。
彼女自身が言っていたように不自然な展開ではあったが、それでも万が一の可能性に期待せずにはいられない。
それほどまでに、彼女は切実に……
「リーちゃん、俺は……」
「ああ、返事は結構です。受け入れられようがフラれようがストーキングは続けるつもりなので」
「な、なんで」
「愛しい人を四六時中眺めていたいと思うのは、まったく自然な感情でしょう」
気のせいか、リーちゃんの口の端が軽くめくれ上がったように見えた。
それにしても今のセリフ、どこかで聞いたことあるような……
いや、どこかなんて自分にとぼけても仕方ない。
そのセリフは、俺のよく知る人間が吐きたがる口上で……
「なあリーちゃん、『自覚』はあるか?」
「あります」
「そうか……それならいい。加減はしてくれよ」
「Yes,sir.」
やけに滑舌のいい了承を受けて、俺はほんの少し安心した。
リーちゃんのヤンデレ化は椿ほど深刻ではないらしい。
しかし浅井先生、リーちゃんと続けてこうなってしまっているということは……
「村瀬や千佳もヤバいかもな……」
「ヤバいというか手遅れでしょうね。ナガさん、諦めて現実を受け止めましょう」
「だよなあ……」
リーちゃんはポン、と肩に手を置いてくる。まるで他人事のような態度だが、この子も当事者側なんだよな……
「ちなみにお二人の様子はどうですか」
「まだギリギリセーフだと思うんだけどな。村瀬が自作の演劇に付き合わせてくるぐらいで」
「ちなみに内容は?」
「女の子として育てられた女装少年が、女領主にイケナイコトを教えられる的な……」
「明らかにアウトでは」
「うん……俺も薄々気づいてた」
村瀬の変態性は日に日に増しているが、どうもかなり重症化しているようだ。
毎日のように付き合っているためか俺はアイツの変化に鈍くなってしまっていたが、リーちゃんが俺から一歩半距離を取ったところを見るに、相当なのだろう。
「ちなみにちーちゃんさんはどうですか」
「割と普通だよ。たまに淀んだ目で『やるしかない……やるしかない……』ってブツブツ呟いてたりはするけど」
「やっぱりアウトでは」
千佳の変わったことと言えば、先述の不穏な呟きと、以前ほど露骨にアプローチをかけてこなくなった点ぐらいだ。
それ以外は良好な関係を保てているように思っていたが、なんだかそれも怪しくなってきたな。
俺に対する態度が変わっていないからといって、まったく安心はできない。
椿と会った瞬間に積年の恨みが爆発する危険性だってあるのだ。
椿の無礼な態度は反省すべきだが、だからといって目の前で毒殺されるのは気の毒なような……
それにしても、これで俺と親しい女の子が全員ヤンデレ化してしまったわけか。
明らかに椿の影響ではあるけど、これも奴のシナリオ通りなのか?
責任の一端は俺にもあるし、ちょっと罪悪感あるな……
椿が前に言っていたことも気になる。「もうすぐ終わる」ってのは何の終焉を指すのだろうか。
アイツ、ちょっと複雑そうな顔してたけど、まさか俺の命の終わりとかじゃないよな……
ありえないと言いきれないのが恐ろしい。
「それで、ナガさんはこれからどうされますか?」
「どう、って……」
「『どう』というより『誰』と言った方が適当ですかね」
リーちゃんはためらいがちに俺の袖を掴んだ。
俺を逃がさないためというよりは、何かに縋っているような姿だ。
……申し訳ないな。リーちゃんにもずいぶん心労をかけてしまっているのだ。
「誰を選ぶべきか」、ね。以前喜多村さんにも指摘されたな。
優柔不断な俺は今日までずっと悩み続けている。
これは言い訳なのだが、きっと椿以外の誰と結ばれても俺は幸せになれるのだろう。だからこそ迷ってしまうのだ。
椿を除く四人は、俺には勿体ないくらい素敵な女性なのだ。多少癖はあるものの、みんな俺のことを深く思いやってくれる人ばかりで。
なんて贅沢な悩みなんだろうと自分でも思う。
これがいわゆる「モテ期」ってやつなのか。そしてこのモテ期は、今を逃したら二度とやってこない気がする。
しかし、俺は誰と幸せになりたいのだろう。あまりに難題で、一朝一夕では答えは出せない。
そうやって思考放棄するからこんな複雑な事態を引き起こしてしまったのだが。
全員を幸せにできる方法があれば、なんて思ってしまうのは傲慢な考えなんだろうか。
「何かを選ぶということは他の選択肢を捨てるということ」なんて格言があったような無かったような。
こんな風に俺がダラダラ迷っているから四人がヤンデレ化してしまったというのに……
未だ責任も取らず悩み続ける自分が情けない。
まあ、甘っちょろい自己嫌悪に浸っている暇はないか。
改めてじっくり考えて、本気でそれぞれの気持ちと向き合おう。それが今の俺にできる最善策なんだ。
「すまんリーちゃん、もう少しだけ考えさせてくれ」
「もろちんです。ただ、早めに決めておいた方がいいでしょうね。さもないと」
「どうなるっていうんだ?」
「もげます」
「何が? 何がもげるの? なあ答えてくれよリーちゃん! 立ち去らないで!」
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