D4―6 蛇に見込まれたカエル その6

 ご褒美をくれる、だって? 別に俺は感謝されることをした覚えはないのだが……

 いや、褒美というよりはむしろ太一さんなりの償いなのかもしれない。

 加々美家にとって必要なことだったとはいえ、いきなり人を試すような真似をしたのだ。

 実際俺の感情はかなり揺さぶられたわけだし、その謝罪の意を示してくれるのだろう。


 しかしご褒美、ねえ……俺は千佳と結ばれるならそれで十分なのだが、貰えるものは貰っといて損は無いか。

 まさか家宝を渡されるようなことは無いと思うが、加々美家が豪邸なだけあってちょっとだけ期待もしてしまう。

 太一さんはお手伝いさんを呼びつけるとその人に耳打ちを始めた。


 用を命じられて1分も経たないうちにお手伝いさんは戻ってきて、太一さんに封筒を渡す。


「ほなこれで一つ」


 太一さんは俺に向かって封筒を差し出したが、おいそれと受けとるわけにはいかない。

 厚い封筒ではなかったが、普通に考えれば金一封か小切手でも入ってそうな雰囲気だ。さすがにそれは固辞した方がいいだろう。


「いえ、そんな受け取れないです」


「ええからええから」


「しかし……」


「お兄、受け取って。どうせ大したものは入ってないから」


 千佳まで勧めてくるし、ここは断る方が失礼か?

 こういう心付けを貰った時の作法がわからない。後日お礼とかした方がいいんだよな?

 受け取った封筒には金額も何も書いていないが、どのくらいのお返しをすればいいのやら……


「開けて、お兄。大したものじゃないし」


「千佳、それはさすがに失礼なんじゃ……」


「じゃあウチが開ける」


 千佳は俺の手からスルリと封筒を奪うと、無造作に中身を引きずり出した。


 そこに入っていたのは……


「地域振興券……」


「しかも3,000円分。ケチでしょ?」


「やかましなあ。貰いもんにケチつけるもんちゃうで」


 太一さんは自身のオールバックの撫で付けながら苦笑いを浮かべた。

 千佳の「大したものじゃない」が社交辞令でなかったことには俺も思わず苦笑いしてしまったが。


「加々美家は神社の他に観光業やら農作物の販売もやっとるからな。地元に金落としてほしいんや」


「言い分はわかるけど、お兄に対する謝罪としてはセンス無いと思う。そういうセコいところがモテないって言ってるのに」


「お前今日はほんまに辛辣やな! 愛しの武永君がいじめられてそんなにご立腹か?」


「うるさい」


 千佳の指示でショコラが太一さんの首に巻きつく。

 彼が苦しそうにもがく様子を見て、千佳はクスクスと笑った。

 ……当主の割に立場弱くねえか?


 太一さんのお付きの蛇、ヒバカリはオロオロとその様子を見守っているだけだった。なんとなく加々美家の力関係が見えてきた。

 彼が当主としてショボいというより、千佳が規格外すぎるんだろうけど……


 目のやり場に困るので、改めて券面事項をじっくり読んでみる。

 この券はどうやら田辺市内でしか使えないようだが、母に渡せばちょっとは喜んでくれるかもな。


「ゲホッゲホ……冗談通じへんやっちゃな……」


「面白い冗談なら聞くけど、太一くんのは笑えないから」


「なんや機嫌悪いなあ……」


 太一さんの言うように、今日は千佳らしくない攻撃的な姿勢だ。

 不本意とはいえ俺を騙した罪悪感なんかもあるのかもしれない。

 あまり引きずってほしくはないので、何か気を逸らせるような話題を出してみるか。


「ところで、ヌカヅキさん?にはそのうち挨拶に行った方がいいんですよね」


「せやなあ……事情説明しとかなあかんし。武永君、今度の土日は空いてるか?」


「日曜なら大丈夫です」


「せやったら日曜にしよか。千佳も空いてるな」


「うん。ヌカヅキさん久しぶりだけど元気そう?」


「おう。相変わらずゴッツイわ。何食うたらあんななるんやろな」


 ふう……とりあえず険悪な雰囲気は回避できたようだ。

 落ち着いたら腹が減ってきたな。もうすっかり外も暗いし、そろそろお暇しようか。


「そうだ。お兄は今日泊まっていくよね?」


「おい待て千佳。武永君といかがわしいことするつもりちゃうやろな。大学も卒業してへんのに、まだ許さんぞ」


「すぐそういう想像ばっかりする。お兄は太一くんと違って紳士的だから大丈夫なのに」


「あのなあ、仮になんもなくても世間体ってもんが……」


「人の心配する暇があるなら自分の心配すればいいのに」


 太一さんは俺の方を振り返って肩を竦めた。千佳の生意気な態度にはお手上げ、といったところか。

 この刺々しい感じが二人のちょうどいい距離感なのかもしれないな……


「あ、これからはまたお兄の家で暮らすからよろしく」


「それもやめろ言うてんねんけど、僕の言葉なんか聞きゃあせん。武永君からも言うてくれへんか」


「いやあ、ハハハ……」


 正直に言うとまた千佳と暮らせるのはとても嬉しいのだが、太一さんのメンツもあるしここは曖昧に濁していくか。

 あれこれ画策したところで、結局また千佳は押し掛けてくるだろうしな……


 千佳のそんな強引なところも、実は嫌いではないのだが。






 そしてヌカヅキさんと会う日が来た。しかし太一さんが急用で来れなくなったとかで、いきなりサシで会うことに。


 モヤモヤした不安を抱えつつ加々美邸の玄関で待っていると、がっしりした体躯の若い男性が手を挙げて現れた。


「どうも額月ぬかづきです! 千佳ちゃんがお世話になってるみたいですね! いやあよろしく!」


「あっ、どうも……」


 爽やかな笑顔で握手を求められたが、彼の握力で俺の手は軽くしびれていた。

 まさに体育会系。ラグビーか何かやっているのだろうか、筋肉でシャツがパツパツに張り詰めている。


「事情は聞いてますよ! いやあ貴方も大変ですね!」


「いえ、俺は別に……それよりいいんですか?」


「んん? 何がですかな?」


 額月さんからすれば婚約者を知らん男にかっさらわれたのだ。それも並大抵の女性ではなく、相当な美人の千佳を。

 普通に考えれば俺に悪感情を抱いてもおかしくないような……


「その、千佳……さんに対して思い入れがあったりとか」


「あーなるほど! ご心配なく、僕ぁ女性には興味が無いもので。ハッハッハッ!」


 あっけらかんと笑う額月さんに対して、俺はどうリアクションを取っていいやらわからなかった。

 そんな明るくカミングアウトしていいことなのか、それ。


「千佳ちゃんは美人さんですが、まあ僕にとってはどうでもいいこと! 親も結婚しろしろとうるさかったもんで、偽装結婚させてもらえるなら有り難いですわ」


「失礼ですが額月さん、初対面の俺にそんな繊細なこと話していいんですか?」


「信用できませんか!? ならもう少し、僕の性癖を開示していきますか!」


「結構です……」


「僕ぁねえ……13歳くらいの男の子の鼠径部に惹かれるタチでね」


「聞いてないし聞きたくないんですが……」


「貴方と千佳ちゃんの間に男の子が生まれたら紹介してください! いやあ、きっと美少年が生まれるんでしょうねえ」


「えぇ……絶対に嫌です……」


 とりあえず千佳との仲を認めてもらえたのは良かったが……

 なんだろう……思ってたのと違う心配事が増えてしまったような……


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