C1―4 エスカルゴ その4

 結局、村瀬とのデートは大した成果もなく終わってしまった。

 ロリィタ服のショップを出た後は、距離を詰めるどころかヘタクソな笑顔を浮かべるだけで精一杯で。

 家に帰ってからも自己嫌悪の波にほとんど飲み込まれかけていた。


 あの時もっとこうすれば良かった? いや、そんな枝葉の問題じゃなく、根本からやり方を間違っていたのでは? なんて答えの無い反省会を繰り返しては、枕に顔を埋めているだけ。


 いつだったか諸星に言われたことを思い出す。


「お前のクソ真面目なところは嫌いじゃあないが、恋愛では苦労するだろうなあ」


 口の軽い諸星にまともなことを言われると笑えないな……

 別に俺は真面目ってほどじゃないと思うんだが、頭が固いことについては否定できないし。


 誠実さを恋人に求める人は多いだろうが、そういうのは付き合った後に求められる要素だ。そもそも土俵に上がれなきゃ意味が無い。


 じゃあ突然諸星みたいにフットワークの軽い男になれるかって言えば、それも無理だろうな。

 その方向に舵を切ったとして、村瀬からかえって不評を買いそうな気もする。

 そもそも突然俺がイメチェンしたら痛くないか? 浅井先生あたりからは本気で心配されそうだ。


 それなら今のままの俺を受け入れてもらうよう努力するか?

 現状維持じゃ「いいお友達」の枠から出られないことはわかってるのに?


 家で一人、コーヒースプーンをかき回しながら思案にふけっていると、グルグルグルグルと同じところばかり巡っているような気がしてくる。

 気づいたころにはコーヒーがぬるくなっていて、香りも味も物足りない。

 舌に残るのはざらついた苦味だけだ。こんなんじゃ沸き立てのお湯で淹れた甲斐がないな。




 うーん、ダメだ。これ以上狭い部屋で悩み続けても益が無さそうだ。

 無い知恵を振り絞るくらいなら、人を頼った方がマシな気がする。でも誰に助けを求めればいいのやら。


 諸星はあんまり乗り気じゃなかったし、浅井先生やリーちゃんに相談できる話じゃないし。

 椿の友人たちはいまひとつ信用できないけど(特に伊坂)、じゃあ他に俺や村瀬のことをよく知ってる人がいるかというと……







「だからってさー、なんでみぃを頼るのかなー」


 テーブル越しに薄目でこちらを見つめるのは喜多村先輩。

 いつも眠そうだしイマイチ頼りないが、教育学部の先輩なので俺と村瀬のことはよく知っているはずだ。


「他に知己がいないので……だいたいの人は面倒事は避けるでしょうし」


「みぃも面倒は嫌なんだけどなー」


「お気持ちは察します。貴重な睡眠時間を削ってもらったお礼に、つまらないものですが」


 俺は脇に置いていた袋を掴み、喜多村さんからよく見える位置に掲げた。

 中身は使い捨てのアイマスク。香りはバラ、柚子、ラベンダー、カモミールの4種類がそれぞれ5枚ずつ入ったバラエティパックだ。

 万人受けするプレゼントじゃないが、だからこそこれを選んだのだ。


「ふーん。話だけなら聞いてもいいけどねー」


 喜多村さんはチラチラと包みを盗み見ながら、モコモコした自分の髪を触っている。

 いつもぼんやりしている彼女らしくない、落ち着かない雰囲気だ。あまりにソワソワしすぎで怪しい取引みたいになってるから、ちょっと大人しくしてほしいくらいだが。


 とにかく土産物攻撃は効果てきめんらしい。割とチョロい人で助かった……


「でも村瀬ちゃんとはねー。そういう可能性もゼロではないと思ってだけど、まさかねー」


「自分でも不思議ではあります。なんでこんなに村瀬に惹かれるのやら」


「ちなみに村瀬ちゃんのどんなとこが好きなのー?」


「そりゃ性格ですよ。ああ見えて情に厚いところありますからね、アイツ」


「そういう建前はいいからさー、本音のところを教えてもらわないとー」


「やっぱ、足首……ですかね。あれはもう身体の一部というより芸術作品に近いですから」


「あはは。気持ち悪ー」


 ……相談相手じゃなければ激昂してコップの水をぶっかけていたところだ。足首フェチは一般性癖だろうが、まったく。

 まあ今は喜多村さんと論争をしている場合ではない。

 どんな些細なアドバイスでもいいから、泥沼を抜け出す手がかりがほしいのだ。


「それで、村瀬の話に戻るんですが……」


 俺の言葉をちょうど遮るタイミングでロールケーキとコーヒーが運ばれてきた。

 出端をくじかれた格好だが、腹も減ってきていたので悪くはないか。

 喜多村さんのはティラミス風、俺のは抹茶味のスイーツだ。この店のものは値段も大きさもちょうどよくてありがたい。


「後輩君におごってもらえる日が来るとはなー」


「今日は特別っすよ。それにしても意外ですね、睡眠好きの喜多村さんがコーヒーを頼むなんて」


「んー? 夜中にカフェイン取っても普通に眠れるからねー。特異体質ってやつじゃないかなー」


 全然役に立たない特異体質だな、と一瞬思ったが、いつでも眠れるってのも案外便利なのかもな。

 喜多村さんがしょげている様子は思い浮かばないし、しっかり睡眠を取るのは精神の健康に良いことなのだろう。


 最近は考えすぎで気づけば深夜になっていることも多いし、少しくらい彼女を見習った方がいいのか……?

 進路希望が「ニート」の先輩から学ぶことがあるとは、人生はわからないものだ。


「それで、何を聞きたいのかなー。自分で言うのも何だけど、みぃはあんまり役に立たないと思うよー?」


「何でもいいんで、好きな相手を振り向かせるコツとかありませんかね?」


「んー……そういうのは相手の性格次第だからねー。ちなみに君から見て村瀬ちゃんはどんな人かなー?」


「男友達を女装させて喜ぶ変態ですね。変な服着てて、気取り屋で、結構短気だし、地味に扱いが面倒くさいっていうか」


「ええ……メンヘラじゃん」


「急に真顔にならないでください」


 確かに要素だけ並べると村瀬の性格には色々問題もある。

 美人だけどモテてる感じがしないのは、いわゆる「地雷物件」と見なされているせいかもしれない。

 まあ俺には何の支障も無いことだが。


「君はなんでそんな人が好きなんだろうねー」


「でもアイツ、悪い奴じゃないんですよ。面倒なことでも付き合ってくれますしね。こっちが振り回されてることもありますけど、それも案外楽しかったりして」


「愛だねー」


 小首をかしげてニマニマ笑う喜多村さんを見ているとなんだか恥ずかしくなってくる。

 どうにも居たたまれなくなってカップを掴み、まだ半分以上残っているコーヒーを一気に飲み干してしまった。


「意外と村瀬ちゃんのこと想ってるんだねー」


「そりゃあ、まあ……」


「足首が好きなだけの変態さんかと思ってたよー」


「失礼な! そもそも足首は一般性癖でしょうに!」


「そーかなー」


「だいたい何なんですか、俺だけ変態みたいに言って。喜多村さんも変わった性癖くらいあるでしょう」


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