C1―3 エスカルゴ その3

 俺がフリルまみれのロリィタ服を試着するだと? 公共の場だぞ? 何らかの法もしくは条例に引っ掛からないか?


「おいおい村瀬、冗談だよな? ほら、お店の人も困るだろうし……」


「心配してなくてもいい。お店には事前に許可を取ってある。今時は性的志向に寛容なところが多くて助かるね」


 助からねえよ、俺は。ただデートがしたかっただけなのになんで突然羞恥プレイが始まるんだ。


 周りを見渡すと、俺たちの他にも買い物客がウロウロしている。公衆の面前で女装だと? 勘弁してくれ。

 さすがに試着室は店の奥だし、店外の客からは見えないが、裏を返せば店内の客から十分見える場所なわけで。


「さすがにここで着替えるのは……」


「嫌なのかい? せっかく店に事前連絡して、キミに合うサイズも用意してもらったんだが……」


 村瀬ががっくりと肩を落とす。さっきまで上機嫌だったところを見ると、俺にロリィタ服を着せるのがよっぽど楽しみだったようだ。

 しかしここで折れるわけにはいかない。俺にだってプライドというものがある。

 こんなところで女装だなんて……


「武永くんとお揃いの服、着たかったな……」


「よし、やろう。でも着方がわからない着付けはやってくれよ」


 我ながらチョロすぎる。


 でもお揃いだぞ。ペアルックを着るってそれはもう実質付き合ってるみたいなものじゃないか?

 世間一般で言うペアルックに比べるとかなり特殊な気はするが、お揃いには違いない。


 それにここで無茶を聞いておけば、今後俺の方からも色々と要求しやすいしな。

 それにそれに、ロリィタ服の村瀬と街を闊歩する時点でちょっとした羞恥プレイなのだ。プレイ内容が一つ二つ増えたくらいでガタガタ抜かすなんて男らしくないだろう。

 そう、俺は男として、男の威信にかけて女装をするのだ。言わばこれは名誉の負傷だ。


 苦しい言い訳を頭の中で浮かべつつ、村瀬とともに試着室へ入る。

 四方がピンクの壁に囲まれていて、立っているだけで目眩がしてきそうだ。

 正面の鏡に映る俺はごくごく普通の成人男性で、今の服装ではあまりに場違いである。


 どうしよう。今すぐ逃げ出したくなってきた。


「なあ村瀬、やっぱり……」


「そうだね、まずはこっちのダーク系の色合いで……黒ロリも似合うとは思っていたが……ん? 何か言ったか武永くん」


「あっ……いや何でもないです……」


 帰りたいなど、とても言い出せる雰囲気ではなかった。

 それにしても、こういう店の試着室って結構広いんだな。二人も入れるなんて。服自体に横幅がある分、あえて広く作ってあるのだろうか。

 あるいは、今みたいに着付け担当の人間が入るためのスペースを確保するためなのか。


「よし、脱ごうか」


「え!?」


「何に驚いてるんだキミは。初めてじゃないだろうが」


 確かに村瀬に裸体を見られるのは初めてではない。しかしあの時と違って俺は村瀬を異性として強く意識しているのだ。どうしても羞恥心が勝ってしまう。

 別に見られたからって、何がどう変わるわけでないんだが……


「いや、俺たちも男女なんだしさ、不健全というか何というか」


「大丈夫だ。ボクはキミの身体には興味が無いからね。ヌードデッサンみたいなものさ、やましいことは何もない」


「そう、か……」


 それきり俺はもう村瀬の手を止める気にならなかった。


 別に、村瀬の理屈に納得したからじゃない。


 彼女が俺に全然意識してくれていないという事実に、少なからず落胆したからだ。

 そんな風に言われるなら、いっそ変態的な趣向で俺を脱がせていると言われた方がマシだった。


 村瀬は俺を貴重な着せ替え人形としか見ていないのだ。

 真剣な顔で俺の腰にコルセットを取り付けている村瀬の様子からは、そうとしか思えなかった。


 そりゃそうだよな。ただでさえ友達の少ない村瀬なのだ。こんな妙な趣味に付き合ってくれる男友達なんて、それだけで希少な存在だ。

 彼女にとっての俺の価値なんてそんなところだろう。俺自身の人格が認められたとか、そんな立派な理由ではないのだ。


「うむ、可愛い。やはり宗子ちゃんは最高だな」


 村瀬の満足そうな声でハッとして鏡を見ると、黒いカーテンに飲み込まれたかのような己の姿があった。

 化粧も何もしていない男の顔と、やけにフリフリした黒い意匠がちぐはぐで違和感を覚えてしまう。


 自分では到底似合っているようには思えない。何も知らない人が見れば、ただの罰ゲームか悪ふざけにしか見えないだろう。

 もし俺が可愛い女の子に生まれていたら、こんな奇妙なマネキンじゃなく、村瀬の恋人になれたのだろうか、なんて無意味な仮定を考えてしまう。


「本当ならメイクも施したいところだけれど、今日はただの試着だからね。うん、イメージは掴めた。武永くんはイエベの秋だからな……アイシャドウを薄めにしても……」


「なあ村瀬。これ、楽しいか?」


「そりゃあもう! 不服そうな顔をしながらも付き合ってくれる武永くんには本当に感謝してるんだ。愛してるよ」


 俺が不機嫌な理由も知らず、村瀬は軽口を叩いてみせた。

 その言葉に対して苦笑いしかできない自分が情けなくて、恥ずかしくて、嫌になってくる。


 男らしくもなれず、女にもなりきれない俺はいったい何なんだろうな。


 こんな半端者だから村瀬に好かれないのだろうか、なんて考えてたらだんだん鏡が曇ってきた。

 湿気のせいか? いや、違う……これは、俺の涙か。


 俺の異変に気づいた村瀬が肩を掴んで揺さぶってくる。


「どうした武永くん!? 泣くほど嫌だったのか!?」


「ち、違うんだ……! 目にゴミが入って、ほら、繊維とか……」


 慌てて取り繕うが、そんな自分が余計に情けない。


 人目も気にせず堂々と好きなファッションを着る村瀬に比べ、俺は好きな子に本音を伝える度胸も無い。

 今すぐ伝えるべきではないなどと言い訳をしながら、核心に触れるのを避けているだけ。


 どうすれば俺は物言わぬ着せ替え人形から変われるのだろうか。

 手がかりすらわからない。でもこのままじゃダメだよな……


「おい武永くん。鼻水も出ているぞ。聞いてるか武永くん。おーい」

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