B6 極限値B
どうも。わたしです。
もうすぐ学部を卒業して大学院に進む予定の竜田川莉依です。
ナガさんと付き合ってから3年が経ちました。マキマキさんの「手の目」が治って以来、平和な日々が続いて……
と言いたいところですが、現実はままならないもので、この3年の間にボシさんが死にかけたり、マキマキさんの「手の目」が復活したり、「ヒトリマ事件」という厄介な出来事に遭遇したりと、まあ色々ありました。
それでもナガさんとは変わらず良好な関係を続けられているので、わたしとしてはそれなりに満足した暮らしを送っています。
ナガさんとは、わたしが学部を卒業したら入籍する予定です。
そんなわけで一度父の浩一郎と会ってもらったのですが、当の浩一郎は「こんな変わった娘を受け入れてくれてありがとう」と泣きながらナガさんに頭を下げていました。
実の娘相手とはいえ失礼な父だな、と一瞬思いましたが、わたしが変わり者なのは事実なので責める気持ちは起こりませんでした。色々心配もかけましたしね。
よく頑張ったぞ、浩一郎。
ちなみにナガさんは教員採用試験に受かったのですが運悪く働き口が見つからず、結局別の公務員試験を受け直して市役所で働いています。
実はマキマキさんも同じ市役所で働いてるらしいのですが、ナガさんが就職浪人をした関係で同期入社になったようです。
それも隣の部署で働いているらしく、意外に優秀なマキマキさんによくお小言をもらっているとか。
働くというのも大変そうですね。まあ、わたしはモラトリアム延長組なのですが。
ただ、マキマキさんのギャンブル癖は直ってないらしく、安定した給料がある割にはモヤシばかり食べているようです。大丈夫かそこの役所。
椿の姐さんとはすっかり顔を合わせなくなりました。
噂ではベトナム留学から帰ってきてひっそりと大学を卒業したとか。
マキマキさんはあの方とたまに会っているようですが、藪蛇をつつきたくはないので敢えて現状は訊かないようにしています。
ボシさんはと言えば、「世界各国のメスの尻を追いかけるんだー」と意気込んでさすらいのメスシリンダーとして活躍しているようです。嘘です。メスシリンダーではなく会社員です。
海外出張の多い企業に就職しているとはいえ、結構関西にも帰ってくるので、時々ご飯をおごってもらったりしています。
相変わらず女癖は悪いらしく、出張のたびに現地の女性と浮き名を流しているようです。大丈夫かその会社。
さて、今日はナガさんと付き合ってからちょうど3年が経つ日です。
お祝いと言っては大げさですが、レアチーズケーキのでっかいやつを手にナガさんの家へ向かいます。
路肩に寝そべる猫に挨拶しながらテクテク歩いていくと、何やらナガさんのマンションの前から言い争う声が聞こえてきます。
喧々諤々と言い争っているのはナガさんと、見たことの無い綺麗な女性でした。
あの女性はいったい何者でしょう。薄絹のように滑らかな肌に、黒真珠のように光沢のある黒髪、そして艶やかな細い目。
凛としながらも穏和なおりょうさんや、華やかでお人形さんのような姫がイメチェンした姿とは思えません。
強いて言うなら雰囲気がちーちゃんさんに少し似ている気もしますが、あの子は声を張り上げるようなタイプでもないですし、やっぱり別人のような。
まさかの新キャラでしょうか。最終回にしてNTR展開など、長女とはいえ耐えられる気がしません。
罵り合う二人に気づかれないようこっそり近づいてみると。
「だからしつこいって! 誰なんだよアンタは!」
「見てわかりませんか! 私ですよ私!」
「アンタみたいな美人は見たことねえよ!」
「やだ美人だなんてそんな……」
「顔を赤らめるな気色悪い!」
……ナガさんは本当に気づいてないのでしょうか。このテンポ感でナガさんとレスバトルできる人間はお一人しかいないような。
隠れるのが面倒になって真正面から近づくと、美人さんが鋭い目でこちらの姿を捉えました。背中に懐かしい悪寒が蘇ります。
「あら莉依ちゃんお久しぶり。先輩とまだ別れていなかったんですか? いつ別れます? 明日ですか? むしろ今日?」
見目うるわしくなっても粘着質な声と話し方は変わらないようで、ようやく気づいたナガさんは目を白黒させながら姐さんの全身を眺め回します。
「お前……椿か? 本当にあの椿なのか?」
「ええ、貴方の椿ですよ。己を完成させるのに3年かかりました。しかしこれでようやく、先輩好みの女性に近づけたかと」
「いや、だって、完全に別人じゃねえか……整形でもしたのか……?」
「整形だなんて! 健康な食事と十分な睡眠、本場のヨガにエステ、あとはまあ……生き血とかで私は生まれ変わったわけです」
なるほど。ナガさんが危惧していたように、椿の姐さんの留学はやはり呪術の勉強が目的だったようです。
まあ、その効果のほどは斜め上の方に向かったようですが。
「どうですか? ちんちくりんの莉依ちゃんをクーリングオフして、美しくなった私に乗り換えませんか?」
「お前がヤバいのは見た目よりも中身なんだよ! 昔から!」
「見た目よりも中身が美しいと!?」
「ヤバいってのは誉め言葉じゃねえんだよ!」
ナガさんが生き生きしているところを見ると、きっと姐さんもナガさんと相性は悪くないのでしょう。
星回りとタイミング次第ではナガさんと結ばれる運命もあったのかも。
しかし、です。
「わっ、リーちゃん!? 急にどうしたんだ!?」
「コラ! 離れなさい!」
わたしがナガさんの腰にしがみつくとお二人の声はいっそう大きくなったように聞こえました。
自ら荒れ狂う嵐に飛び込むなど、我ながら合理的じゃない行動だと思います。
しかし今のわたしは、論理だの合理だのを超えてナガさんの隣にいたいのです。
こんなタイミングでナガさんに抱きつくだなんて、火に油を注ぐようなもの。
不合理で、不条理で、非効率的な行為。でも、わたしにはどうしても言いたいことがあるのです。
「ナガさんはわたしのです。姐さんには渡しませんよ」
「は?」
「まあまあ、落ち着け椿! 久しぶりに会ったんだしな! 積もる話は今度時間のある時に、な?」
「いいえ、今やるべきでしょう。3年前のあれで決着がついたとは思っていませんよ私は。これは戦争です。どちらかが死ぬまで終わりません」
「中身だけはマジで成長してねえのなお前……」
深くため息をつくナガさんを見て、わたしは内心で笑みを浮かべてしまいました。
懐かしいな、この感じ。
「久しぶりの再会ですから、姐さんも上がっていきますか」
「いや、俺の家なんだが……」
「そうね。莉依ちゃんがそう言うなら室内で決着をつけましょうか」
「頼むから暴れるなよ? フリじゃないぞ?」
三人仲良くマンションの階段を昇っていきます。後ろから刺されるのは怖いので、背後に注意を払いながら。
しかしノコノコ敵地に乗り込むとは、やはり姐さんはまだわたしのことを見くびっているようです。
ここは一つ、ナガさんとわたしの記入済み婚姻届を鼻先に突きつけてやりましょうか。
たぶん破られるような気がしますが、その時は書き直せばいいでしょう。何度でも、何枚でも。
わたしの愛するナガさんならきっと、呆れながらも付き合ってくれるでしょうから。
【あとがき】
どうも。あとがきです。
ナガさんとわたしのめくるめくラヴ・ストーリーはお楽しみいただけたでしょうか。
もうこれで完結でいいんじゃないですかね。ダメですか? そうですか。
次回からはまた別の方がナガさんとアバンチュール的なアレを起こすようです。妬けますね。
やっぱりここで完結にしません? ダメですか。
さて、ここまでのお話を楽しんでいただけた方は評価とかヤジとかで応援していただけると喜びます。主にわたしが。
では、こんなところで。またお会いしましょう。
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