第22話 打倒生徒会長


「私が、生徒会に……?」


 まさかの提案に、シュエリーは琥珀色の大きな瞳を見開き震わせる。


「そうだ。お前ほど高潔で志の高い生徒であれば、他の生徒の良いお手本となるだろう。実は、現在の生徒会長を快く思っていない者が少なからずいてな。あの者に任せていては後々学院の品位を貶める結果になりかねない。そこで、是非ともお前に打倒して欲しいと――」


「そんな……! あのヴラド会長を倒すだなんて、恐れ多くて――!」


 ぶんぶんと両手を振って後ずさるシュエリー。確かに、彼の召喚獣、吸血姫ヴァンピエーレはどう甘く見積もってもそこらのSSRとは格が違う上級種だ。だが、召喚師の強さの全ては召喚獣の格で決まるわけではない。

 召喚獣の強さに見合ったクラス編成などしておいてどの口が、と思うかもしれないが。召喚師の強さとは召喚獣との絆や信頼、どれだけの力を引き出せるのか、という点が非常に重要になってくる。その上で術者の戦闘スタイルとの相性や魔法の得手不得手を加味すれば、初めに定めたクラス編成など実力の十分の一も評価しきれていないだろう。


 ジャン=ドゥ=エヴァンス召喚学校の生徒会長は例年、自他の推薦による立候補と投票で決まることが多いが、何故あのようないけ好かない男がその座にふんぞり返っているのか。教師として一か月を過ごして、旧来の悪い癖が学院のそこかしこに潜んでいることが分かった。


 まず、魔法使いの社会においては、血統を重んじる傾向が強すぎるということだ。

魔法という便利な文明が、資本主義と産業革命によって機械に大半の役目を取って代わられたのは恐らくそのせい。

 魔法使いは魔法という神秘を尊重し過ぎるが故に、『魔法使い』という職を必要以上に神格化、技術を秘匿し、血脈による代々の伝授により個々に発展してきた文明だ。それは他者との競争を激しくさせる反面、足の引っ張り合いであるともいえる。当然その分生産性は落ちるし、技術向上のスピードも落ちる。


 まぁ、そんな風に他者を妬む文化のおかげで呪術が目覚ましく発展を遂げたことは評価に値するかもしれないが、そんな歴史と淘汰を繰り返してきたせいで、魔法使いというのは総じて根暗な籠りが多いというイメージが染みつき、事実、そういう人物が多いと言えるだろう。否定はしない。性格も、暗くて何が悪いんだ。

 しかし、技術的側面でいえばその文化は賞賛できないだろう。


 血統――ヴラドには、吸血鬼の始祖を従えたヴラド一世に始まり、二十四代にわたる名門純血魔法使い同士の婚姻の歴史の粋とも言える最高峰のソレが備わっている。

 魔法使いの名家として歴史を長く持てば、それだけ他の魔法使いに対し繋がりや借りができてくるものだ。故に、その血が周囲を従わせる。


 怠け者のカインに言わせれば、奴こそ生まれながらの勝ち組というものなのかもしれない。しかし、だからこそあんな性格、あの品位。誇り高く麗しい召喚獣を『血』という強権のみで端女のように従わせるその性根が、リヒトは心底気に食わなかった。


「シュエリー。次期生徒会長の選び方は知っているか?」


「え?」


「通常、生徒会長は毎年の選挙によって選ばれる。候補者は、自他の推薦による立候補者の中から成績の優秀な上位五名に絞って選挙が行われるわけだが、なにも一年生が立候補してはいけない決まりはない」


「え。ちょっと待ってください、まさか……!」


「成績は三か月毎に行われる前期中間、期末。後期中間、期末の平均点で審査されるが、シュエリーはどれもこれから受けるばかり。秋の選挙に向けて、ふたつこなせばいいだけだ。なに、心配するな。誰より真面目で努力家なお前であれば何の問題もない」


 淡々と説明するリヒトを前にして、シュエリーは驚きに目を白黒させるばかり。思考が情報に全く追いついていない!


「そして、選りすぐりの上位五名のうち会長になれるのは、『最も強い者』だ。実にわかりやすくていいな。いくら公約だなんだと崇高な志を掲げたところで、力無き者に実践することなど不可能。そういう観点から生まれたのが、『生徒会決戦』だ。生徒会長候補者は、友――もとい、共となる一名の副会長候補と組んで、他の候補者と模擬戦を行う。トーナメント形式で勝ち残ったペアが見事、次期会長と副会長となるわけだ」


 次第に状況を飲み込み始め、一層震えを大きくさせるシュエリーの肩を、ぽんと叩く。


「頼む、シュエリー。俺、あいつ嫌いなんだよ」


「……!?」


「ははは。こう言っては教師失格だな? だが、一目見た俺ですらそう感じたんだ、他の生徒はさぞかし気に食わなかっただろう。なのにこの数年苦汁を飲まされてきた。そろそろ解放してやりたい。

 それに、入学式で俺は言ったはずだ。下剋上――この世で人を真に強くするのはそれを成しえた『自信』なのだと。それは何もクラス編成に限った話ではない。一年生が会長を倒して何が悪い? これ以上に他の生徒を奮い立たせる理由があるか? 俺は、そんなバカみたいな英雄譚をシュエリーなら作れると思っているんだよ。誰よりも努力家で、正義感の強いお前だからこそ、な」


「先生……」


 顔を見ればわかる。未だ驚きが勝っているようだが、その瞳には確かに火が灯りはじめた。返事を待つ。焦らず、ゆっくりと。彼女が自らやる気と答えを導き出せるように。しかし、次に口を開いたのは、彼女ではなく隣の召喚獣だった。


『やりましょう、雪麗シュエリー――我が主よ』


「白澤……」


『良い機会です。あなたは、私の望む『立派な主』の形が見えずに苦心していた。召喚獣の望みを叶えられなければ、術者は報いを受けるかもしれない――その言葉に、少なからずあなたは動揺しましたね。無理もない。私の望むカタチが至極曖昧なものでしたから。

 どうすればいいのか、何がダメなのかもわからない。そんな不安な中でも、あなたはまっすぐに努力し、私に報いようとしてくれた。日の昇るよりも前に起き、朝の鍛錬のあとは欠かさず散歩に連れて行ってくれましたね。かつて私が見た世界とは異なるが、この世界も変わらず素晴らしいものだと、あなたなりに伝えようとしてくれた。共に知ろうと言ってくれた。

 その心だけでも私は嬉しかった。この方となら共に在りたい――今度こそ、最期まで。その行く末を見届けたい。それこそが我が望み。しかし、生徒会長とはまた……これもまた時代でしょうか。これ以上ない『立派な主』ではありませんか!』


 ひぐまほどある巨躯を揺らし、白いライオンがもふりと体毛を震わせる。にんまりと細められた瞳は、まるでお日様の下の猫のように満足げだ。そうして、とても誇らしげ。


『我が主よ。私は、白澤は。人を導く神獣です。もしもあなたが嫌でなければ、私は、あなたが人をより良き方向に導く姿を見てみたい……!』


 その言葉にシュエリーの顔がぱぁっと明るくなる。それはまるで、霧から抜け出したような。掴めないままでいた白澤の望み。それに応えられているかわからない不安から、彼女は今まさに抜け出したのだ。

 迷いのない者は、強い。そうして、前を見ている者も。


「……決まりだな?」


 にやりと見やると、シュエリーもまた楽しげに口角を上げた。


「……やります。いいえ、やらせてください! 私、ヴラド会長を倒して生徒会長になります!」


 なんとも熱く、眩い闘志。輝くその瞳に、白澤は何を思うのか。

 かつて導いた王朝の為政者たちもまた、彼女のように輝く闘志を持っていた。だが、戦乱の激しい時代は、神獣に彼らを最期まで導くことはさせてくれなかったのだ。志半ば、戦や病で彼らは命を落としていった。最期に浮かべたのは笑みでなく、後悔の色ばかり――


『ああ、私にもっと、力があれば……』


 いくら白澤が強く賢くとも。時代の流れと運命には逆らえなかった。


 ――今度こそ。最期に浮かぶ笑顔が見たい……


 白澤もまた、決意を秘めて主に寄り添う。

 リヒトはふたりの様子に満足そうに眺めると、ぽん、と明るく手を叩く。


「そうと決まれば、組んでくれる優秀な副会長候補を見つけないとな!」


「――あ。でも、私と組んでくれる子なんて……」


 自信なさげに逸らされた視線が、「私が一番弱いのに……」と瞳で悲しく告げている。

 そんな彼女に、リヒトはこれ以上ない名案を思い付いた。


「今まで内緒にしていたが……実は、俺には弟子がいるんだ」


「お弟子さん……ですか?」


「ああ。色々あって弟子にしたのだが、彼も中々に伸び悩んでいてな。どうにか強くなりたいと足搔いている。その志は誰にも――シュエリーにも負けないかもしれない」


「……!」


 その一言に、シュエリーは再び炎を燃やす。

 努力で、自分以上にだって? それこそ聞き捨てならない。負けられない。

 いったい、どこのどいつなんだ――


「同じ東出身だし、なんだかんだで相性良いと思うのだが――」


 「よければ……」と口にする前に、シュエリーは胸元に縋り付いていた。


「会わせてください! 会いたい! てゆーかどこの誰ですか!?」


 興奮気味に爪先でぴょんぴょんと背伸びをする。これではまるでダダをこねる子どものよう。だが、そんな素直なところも彼女のいいところだろう。年相応の愛らしさに白澤とリヒトは目を合わせ、


『『可愛いなぁ……』』


 と。心の中で呟いたのだった。

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