第21話 美少女委員長の憂鬱
その事実に教室は凍りつき、生徒たちが声にならない悲鳴を上げる。
リヒトはひとまずその場を制すと、魔力切れで動けないピエールを担いで保健室へ急ごうとする。しかし、それをピエールが止めた。
「はぁっ……まだ、犯人が近くにいるかもしれません……僕のことはいいです。リヒト先生は、生徒の傍に……」
「だが……!」
「魔力切れ、です……証拠に、ほら……横になっていれば喋れるくらいにはなってきた。不意を突かれたとはいえ、咄嗟にガブリエーレを盾にしてしまいました……彼女は負傷し、急速回復の為に魔力を渡したらこのザマです。今は自室の安息結界に籠るように指示を出しています……」
「そこまでなのか。ッ誰がこんなことを……」
「わかりません……一瞬だったので、姿も顔も見えませんでした……」
渋面を浮かべていると、ピエールは周囲に聞こえないよう、耳元で囁く。
『おそらく、
「……!」
「リヒト先生、僕が回復するまで、生徒たちを……うっ……!」
今にも意識を手放しそうなピエールの肩をぐっと掴み、リヒトは強く頷いた。
「――任せろ。必ず、守り切る……!」
◇
――勘違いなんかじゃなかった。
今朝、トイスのところのベルフェゴールが姿を消したこと。五、六年のSSR召喚獣の同時多発的怪我と欠席。そしてシュエリー、もとい白澤への襲撃……
おそらくだが、何者かが、強い召喚獣に狙いを定めて何かしらの攻撃を仕掛けてきている。
しかし、それがエヴァンスを殺害した暗殺犯と同一とは限らない。
暗殺犯の狙いは学院の『扉』だ。だとすれば、二つ目の鍵となる女神の秘力を求めて、リヒトを狙って来るはず。だが、リヒトはまだ犯人に対し女神の力を仄めかすことはしていないし、勘付いていたとしても他の生徒と召喚獣に手を出す理由がわからない。
いったい、誰が。何の目的で――
護衛の名目でシュエリーを寮まで送っている最中、艶やかなツインテールを揺らしてシュエリーが振り返る。
「リヒト先生。その……私だけ、部屋まで送ってもらっていいんですか?」
申し訳なさそうにもじもじと指を弄る姿が年相応で愛らしい。先日入学したばかりの彼女はまだ十四。遠い東から出て来てこちらの文化にも慣れていないだろうに、不安を抱えつつも他者を気遣うところがなんとも彼女らしい。本当に真面目で、正義感に厚い生徒だ。
「他の者には守護のまじないをかけて帰宅するよう促した。何かあればすぐにわかるし、事態が事態だ。こんな日に寄り道をする命知らずはさすがにいないだろう」
「そう、ですか……」
しかし、その瞳にはもうひとつのくすんだ感情が浮かぶ。
「自分にだけ俺が付いているのは不満か?」
尋ねると、少女はこくりと申し訳なさそうに頷いた。
「心配してくださっているのはわかるんです。でも、どうして私だけ……?」
「本来であれば全ての生徒に教師を付けて下校させるべきだが、急な非常事態だったからな、今は俺しか護衛に回れない。男子寮は反対方向だし、メアリアとスノウホワイトの部屋はこことは別の西回廊だ。女子寮の東回廊はお前ひとりだから」
それらしく理由を述べたところで、聡い彼女には無意味だったようだ。シュエリーは何を思ったか不意に立ち止まる。木漏れ日の刺す真昼の寮。他の生徒が授業で出払っているせいか、日常の喧騒とはかけ離れた静けさが異様な雰囲気を纏わせる。
離れに赤煉瓦の西回廊を望む見晴らしの良い廊下で、埃がきらきらと舞う中、彼女は問いかけた。
「私が一番……弱いから、ですか……?」
「…………」
否定はしない。
ピエールの予感が正しければ狙われたのはシュエリーと白澤だ。だから、と正直に告げることもできるが、五人の生徒の中で彼女が一番魔法に秀でていないのもまた事実。いたずらに否定し慰めたところで、余計にプライドを傷つけてしまう。
何も言えず、ただまっすぐに見つめ返していると、シュエリーは黒い髪をしなりと垂らして俯く。
「はは……やっぱり、そう、ですよね。自分でもわかっているんです。私は西(ここ)より魔法の発達していない東の国の出身で。皆よりも魔法が苦手です。いくら拳法や体術でカバーしても、皆が生まれた時からマナに触れていたみたいな、魔法や魔力を空気のように扱う感覚は私にはまだわからない。こういう、姿の見えない脅威を相手にしたときに、一番弱いのは私ですから」
「シュエリー……」
「メアリアは――傍に居ればわかります。彼女は強い。いつも飄々としているけれど、彼女の魔力は澄んでいてどんな刃よりも鋭いです。攻撃魔法を使わせれば、彼女に敵う子はクラスにいない。
フィヨルド君は、誰よりも召喚獣――アリアさんとの信頼関係が築けている。幼い頃から知らない間に彼女と学んで来たんでしょう、呪術の腕は先生方にも引けを取らないかも」
ぽつり、ぽつりと漏れる言葉。ふたりきりのせいか、それともこの寂しい廊下がそうさせるのか。誰にも言えなかった感情が、溢れて止まらない。
「カイン君は言わずもがな、上級天使であるサリエルちゃんの力をあそこまで引き出せるのは驚きです。本人は不真面目極まりないのに悔しい。
スノウはぶっきらぼうで、何を考えているかわからないこともあるけど、姿の見えない七体もの召喚獣を上手に扱いこなしてる。本人は『こんなの疲れるだけ』なんて言っているけど、私、こないだ見たんです。女子寮の中庭で朝早くに召喚獣たちと対話している彼女を――
すごかった。属性も個性もバラバラな彼らに、振り回されずに会話の中心になって……」
俯いた視線の先で、シュエリーはスカートの裾をぎゅうっと握った。
「私だけ、です……私、魔法のことも召喚獣のことも、まだ何もわかっていない。白澤は優しいから私を守ってくれるけど、私は、このままだと彼の望む『立派な主』になれないかもしれない……!
得意な体術だけは誰にも負けない! って頑張っているけど、それすら成長すれば男の子には敵わない。私、それが悔しくて……でも、どうすればいいかわからなくて……!」
ぽろぽろと零れる涙が廊下に差す光に反射して瞬く。傍で聞いていた白澤は大きな身体をすり寄せて、その雫を尻尾で優しく拭い取った。
リヒトはこういうとき、人を慰めるのが苦手だ。昔から女心がわからないとか、人でなしとか、サイテーとか。色んな罵声を浴びてきた。だが――
「シュエリー。お前には誰より才能があると、俺は思う」
「……!? 下手な慰めはよして――!」
「本当だ。俺はこういうときに、泣いている女を更に泣かせた試ししかない。だが、今まで一度も嘘をついたことはないぞ。これだけは神に誓える。
お前が今泣いている、悔しいという気持ち……負けたくない、強くなりたい。そう願う向上心において、お前はクラスの誰よりも秀でていると俺は思う。そして、最後に一番強くなる人間に限って、そういう奴が多いんだ」
懐かしむように目を細めると、彼女の涙がぴたり、と止まる。
「悔しければ泣け、シュエリー。想いの発露はときに感情を加速させる。堪え、抑えるな。そして、泣いた分だけ強くなりたいと願えばいい。
俺も昔はよく泣いたよ。泣いて、縋って、喚いて、キレて……ときに与えられた力と幸福の使い方を間違えた。そうして悔やんで、また泣いて……お前と同じ年の頃、俺の方がよほどガキだったと思う。それが、将来の目標となりたい自分を思い描けるだけ、お前は立派な人間だと思うぞ」
幼い自分に向けるように苦笑すると、シュエリーは信じられないといったようにぽかんとする。
「先生、が……? 泣いて、キレて……?」
「ああ。まるで赤子のように、理不尽にな」
「うそ……」
「ほんとうだ」
「なにそれ……そんなことって……」
「あるんだよ、人間だからな。ったく、恥ずかしい。これ以上言わせないでくれ……!」
ふいっと顔を背けると、窓の外で誰かがくすり、と笑った気がした。
シュエリーは胸の内で溢れる感情がはじけたかのように、ころころと笑い出す。
「そんな……あはは! おっかしい! 先生にも、思い出したくない恥ずかしい思い出とかあるんですね! 人間みたい!」
「……人間だ。まったく、俺を何だと思って……」
「だって、先生ってばいつも真っ黒でバカみたいに強いんだもの! まるで魔王みたいだねって、みんなと話していたんですよ!」
「魔王でたまるか。アレなら五百年前に苦労して倒し――」
「――え?」
「……倒されただろう、数百年前に。以降は息子が細々と魔界を統治している。前魔王の配下である七柱は存命のようだが、内乱だらけで他の世界に侵略に出かける隙もないとか。
おかげで人間界と天界は安泰と。妖精界は王を失って以降永世中立だし……そうして今、世界は均衡を保っているわけだ。前回の『魔界学』でそう教えなかったか?」
「『魔界学』……そんなこと言ってましたっけ?」
「じゃあ別の学年の学習範囲だったかな。すまん、勘違いしていた。いい予習になったな?」
にやり、と誤魔化すとシュエリーは素直に「はい!」とはにかむ。
そんなシュエリーに、リヒトはとある提案をする。
「シュエリー、生徒会に入る気はないか?」
「……え? 生徒会、ですか?」
「あのいけ好かない生徒会長――ヴラドの奴をぶちのめし、鼻を明かして欲しいんだ」
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