第16話 体育の授業。見えそうで見えない女子のアレ
クラスの全員が初めて揃った授業。開始は大分遅れてしまったが、せっかくピエールが体育館の用意していたこともあり、二限目に予定していた算術を取りやめて皆で体術をすることとなった。
「カイン君! 遂に来る気になったのか!」
「ええ、まぁ。無理矢理ですけど」
嬉々として両手を広げるピエールに、カインはこそばゆそうに頬をかく。なんだかんだでピエールの熱意はそれなりに伝わっていたらしい。胸を綻ばせつつ、リヒトはジャージに着替えた一同に向き直った。
「揃ったからといって急に団体で球技でもしろというのは無理があるだろう。宣言通り、今日は刃物の模型を交えた『武器ありの訓練』を行う。先日同様、俺とピエール先生が一対一で指導するので、残りの者は動きを観察して順番に備えるように。
では、最初は――そうだな、メアリアとシュエリーから」
指名されると、メアリアはピエールの前に。シュエリーがリヒトの前にやって来た。
「よろしくお願いします!!」
きりりと一礼。シュエリーは少しいい子ちゃん過ぎるところがあるが、なんとも心地の良い生徒だ。
それに、故郷では拳法を習っていたらしく、体術はクラスでトップ。丈の短い運動用のショートパンツから程よく筋肉のついた白い脚をのぞかせて、たんたん、とやる気十分にステップを踏む。
リヒトはジャケットを脱ぐとナイフの模型を手にしてくるくると遊ばせた。
「シュエリー、自分の戦闘スタイルについて理想とする形はあるか? 魔法主体、召喚獣のサポートにまわる、などの様々な技法があるが、お前ほどの体捌きなら得意の拳法を主軸に自身で戦うスタイルも視野に入って来るだろう。
白澤も強靭な肉体を持つ戦闘型の神獣だ。うまくコンビを組めば、将来的には警察や軍の組織などで活躍できる期待が持てるぞ」
その言葉にシュエリーは顔を輝かせる。なにせ彼女の両親は軍の幹部であり、将来は『人を守る仕事がしたい』と考えているからだ。正義感に厚い彼女に軍や警察はまさにもってこいかもしれない。
「私、自分で戦う技術を身に着けたいです! 召喚士だからって召喚獣にばかり戦わせるのは嫌。一緒に強くなりたいの!」
「なんと我が主よ……白澤は感動で髭が打ち震える想いですぞ……!」
「素晴らしい心がけだな。カイン、爪の垢を煎じて飲ませてもらえ」
「はいはい、委員長サンは随分と崇高な志をお持ちなようで。ボクには天地がひっくり返っても真似できませんわ~来世でがんばりま~す」
これでもかというくらいねじ曲がった根性に、隣でサリエルが楽しそうにくすくすと笑う。その笑みは、まるで「でも、私がいるから大丈夫」とでも言いたげだ。
……アレも一種の才能か。
まったく、天使たちの『ダメ人間好き』っぷりには困らされるものだ。おかげで、ときにああいった、やる気と実績の相関関係をぶち壊すバランスブレイカーが現れる。
「シュエリー。あんな奴に負けるわけにはいかんだろ」
「もちろんです!」
闘志に燃えるシュエリーを相手に、リヒトは組み手を始めたのだった。
目にも止まらぬ速さで繰り出される手刀の数々を、リヒトは最小限の動きで止めていく。受け止めるのではなく、攻撃の勢いを殺して、流すだけ。たとえ武器を持った相手であろうと、勢いが死ねば刃も死ぬものだ。それを体現するかのような攻防に、番を待つフィヨルドとカインは思わず感嘆の息を漏らしていた。
「……すごい。あんなに激しく動いてるのに、ふたりとも息ひとつ乱さないなんて」
「まぁ、センセの方は魔法で身体を強化してるっぽいから若干反則だと思うけど。それに正面から挑んで渡り合ってる委員長はいったいどんな運動神経オバケなんだか。っていうよりさ、あの短さで全然見えないの、どうなってんの?」
「え。待ってカイン君、どこ見てるの?」
「え。そりゃあ、脚だよ。太股と……その付け根? あの健康美は、目を見張るものがあるな」
ちらりと顎で示した先には、シュエリーが動く度に激しく揺れるショートパンツの裾が。
「見えそうで見えない……のもまたイイけど。やっぱりフツーに見えていいと思うんだが?」
「え~、見ちゃダメじゃないのソレ? シュエリーさんに怒られるよ?」
「見えてないんだからノーカウントだってww」
「うわ、ほんとだ。見えそうで見えない……」
「残念極まりないですなぁ」
「あ。白だ。今、一瞬見えた」
「うそ。フィヨルド動体視力いい系?」
「違うよ。ほら、足を高く上げると……ほら、踵落としと、回し蹴りの――」
「あ~、ほんとだ。委員長、中身までお清楚なんだ。キャラそのまんまって感じ。あ、でもあれフリル付いてんじゃね? フリルはポイント高いすなぁ。個人的にはリボン、縞より高い」
「か、カイン君見過ぎだよ……! さすがにバレるって……!」
「なに、赤くなっちゃって。先に見つけたのフィヨルドでしょ? そもそも、あんなおっぱいに貝殻しか着けてない人魚連れてて、何を今更恥ずかしがるわけ?」
「おっぱいとパンツは別モノだってば……!」
「別かねぇ?」
「全然別でしょ!」
「あはは。フィヨルド、滅茶苦茶免疫高そうなのに。案外初心なんだ?」
「そういうカイン君こそどうなの? サリエルちゃん、滅茶苦茶可愛いじゃん。天使の魔力補給は肌と羽根への皮膚接触でしょう? ぎゅうって抱き締めてあげるんじゃないの?」
「あ~、サリーは可愛いけどエロくないからなぁ」
「そうなんだ?」
「お人形だよ。慣れれば一週間で勃たなくなる」
「でも正直羨ましい」
「あげないよ」
「僕だって」
懸命に一本取ろうと励んでいるシュエリーには聞こえていないが、リヒトには丸聞こえだ。楽しそうな男子の様子に内心でほくそ笑む。
感謝しろよ、わざと見えるように脚上げさせてやってるんだから。まぁ、おかげでふたりは瞬く間に親交を深めたようだが。
と。リヒトが見えそうで見えない……と見せかけて見えるように訓練に励んでいると、遠くから白衣の女医が箒に乗ってやって来た。リヒトの名を呼び、体育館の窓をコンコン、と叩いている。急用のようだ。
「シュエリー、一旦ここまで」
「はぁ……は、はい……」
「指摘すべき点はいくつかあるが、概ねお前の体術は素晴らしい。アドバイスを素直に受け入れ、次の授業には必ず直してくる努力家なところもな。
この調子だとそのうち俺では不足になるだろうから、代わりが務まる相手を見繕っておく。少し席を外すので、待っている男ふたりにはお前から基礎を指導してやってくれ。手取り足取り教えてやると喜ぶかもな? はは」
「ばっ……!? そんなことしませんよ!?」
「しないんだぁ? 委員長サービス精神足りないすなぁ。メアリアならやってくれたかもしれないのに。手取り足取りさ」
「カイン君!? メアリアだってしないわよ、そんなの!」
「わかんないよ~? なにせサキュバスのマスターですし」
「色っぽいよね、メアリアさん」
「フィヨルド君まで!?」
「あ。ごめん、大人っぽい、の間違いです」
「うそつけ、本音だろww」
「~~っ! 先生! ふたりがセクハラまがいの――」
振り返ると、すでにリヒトはいなかった。
◇
「なんの用だ? 授業中に」
体育館を出て裏手。ひと気の無いところに来るとリヒトはマリィに向き直る。
マリィは急いでやって来たのか、ところどころ跳ねた薄水色の髪を手櫛で直しながら「授業で人が出払ってる今だからよ」と神妙な面持ちで告げた。
「犯人探しのヒントが見つかったかもしれないわ」
「……なに!?」
すぐさま防音と姿隠しの結界を張り、耳をそばだてる。
「シャポン様に頼まれて、エヴァンス様のいらっしゃった寮の整理をしていたの。ほら、私は一応エヴァンス様の弟子で、付き合いも長いじゃない? それに、養護教諭って怪我人いないと仕事ないから」
「身も蓋もないな。で、わかったこととは?」
眉をひそめて尋ねると、マリィは声を一層小さくし、
「……無かったの」
「なにが?」
「――鍵よ。七つの学院にある扉――そのうちのひとつ、『召喚学院の扉』。校長であるエヴァンス様が、その長たる証として持っていたはずのその鍵が、どこにも、無いのよ。シャポン様がお持ちなのかと思ったら、そうでもないみたいで……」
「……!」
告げられた事実に、背筋がぶわりと鳥肌をたてる。
――ようやくだ。ようやく、犯人に繋がる手がかりがひとつ。
『召喚学院の扉』――その鍵がないということは、犯人の目的はエヴァンスの殺害でなく鍵の奪取だった可能性が高い。エヴァンスは元より温厚で人の恨みなど買うはずもないとは思っていたが、これでひとつ、前進だ。
鍵を欲する者は、当然『扉』を使いたがる。早く手を打って、扉に近づく者や近づいた者を探し出さねば。あの『扉』を、使われる前に。
焦りはあるが、今は期待と勝算の方が大きい。何故なら、リヒトは扉の使用条件を知っているし、鍵だけではそれが開かないことを知っている。
それに何より、もうひとつの『条件』を、リヒト自身が手にしているのだ――
「ククク……!」
思わず嗤いが込み上げる。
「ああ、素晴らしい。お手柄だマリィ=ベル。今日はなんて良い日なんだろう。すぐに『扉の間』に探索用の結界を張る。立ち入った者の魔力を記憶し、一定範囲内を追尾するものだ。あんな廃れた開かずの扉、事情を知らぬ者には何の価値も無い。近づく者すら少数だろう。
それに、犯人の目的が『扉』なら、この学院のが開かぬと分かれば他に手を出すかもしれない。残る六つの学院の扉――監視できるよう早急に策を打つ」
「でも、他の学校を監視なんて……」
「どうするの?」と尋ねる瞳に、リヒトは。
「――刺客だよ」
「……刺客?」
「他校で『扉』を嗅ぎまわる犯人に対し、刺客を送るんだ。『扉』が狙われている以上、使用条件を知る俺も狙われる可能性がある。が、それはあちらも同じだと、この俺が思い知らせてやる……!」
そう、これ以上ないほどにほくそ笑んだ。
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