第9話 実習その一 地獄の番犬
――【
唱えた瞬間。召喚陣は闇の深淵に繋がった。
「あ。やば」
リヒトは思わず本音を零す。
「伏せろ――!!」
陣から炎が舞い上がり、闇の獣が姿を顕す。漆黒の体毛に三つの頭の――
「「「
「知っているのか。優秀、優秀」
にやりと笑う教師の横で、生徒たちは全身から汗が吹き出した。
召喚術を学ぶ者は勿論、魔法使いで知らない者はいない。冥府の死者が抜け出さないかと、その六つ目で獄中を見張る地獄の番犬だ。
その力量、凶暴性は計り知れないが、これだけは一目でわかる。眉間に深く刻まれた不機嫌な皺に、低くて熱い唸り声。口の端から舌と炎がはみ出して――
こいつは、素直に言うことを聞く奴なんかじゃない……!
「ああ。大人しくしろ――【
短縮詠唱で鎖を出すも、獣は容易く噛み千切る。頭を抱えて伏せる生徒たちの前にピエールが立ちはだかると、見えない何者かが彼と生徒を火の手から守った。
「チィッ。仮にもSSR級か。拘束するにも鎖が足りない……!」
リヒトの持つ鎖の大半は、女神に占有されてしまっている。
「仕方ない。身勝手で誠に申し訳ないが、願いを聞く前にお帰り願おう……! あの様子じゃあせいぜい『食わせろ』くらいの返事しか期待できなさそうだからな。ピエール、生徒たちを守るよう教室を半分に分ける防護障壁を張れ!」
「え?」
業火に掻き消される声をピエールが聞き返す間もなく、最上級の防護障壁が教室に展開した。
(つくづく過保護な天使だな……! なんとも羨ましい!)
周囲の安全を確認したリヒトは、この場で最も効果的と思われる魔法を唱えた。
――【
「ガッ……!」
床と天井より次々と出でる漆黒の杭に、三対の巨大な上顎と下顎が縫い留められた。
「グルゥッ……! ウゥゥウ……!」
牙の隙間から炎を漏らす巨狼を前に、最後の一撃を。
「開け――【
――【
牙さえ封じればこちらのもの。残った鎖で三つ首を纏めると、ケルベロスは鎖ごと深淵に引きずり込まれていった。
教室にはくすぶる炎の残り香と、異様な静寂が満ちる。
「あー。まぁ、その、なんだ……」
正直――大失敗だ。
本当は、実演で召喚獣を従えて円満に契約を交わす姿を見せるつもりだったのに。こんな横暴な姿を晒すことになるなんて……
だが。
「凄い……」
呆然と呟いたのは、腰を抜かしたフィヨルドだった。続いて、メアリアも口を開く。
「やばっ。まじやば。超こわい……! あんなん、下手したら一瞬で食われるじゃん!」
「白澤ぅ……!」
『大丈夫です、我が主。私はあのような野蛮な獣とは違いますから』
教室中が恐怖一色に染まる授業――
それが、リヒトの初授業となった。
「ええと。ごほん。このように、召喚術とは命の危険と隣り合わせの魔法であるので、ゆめゆめ彼らを怒らせたり、裏切る真似の無いように……では。気を取り直して次へ行こう。ピエール!」
詭弁と苦笑いで誤魔化したリヒトが、ピエールに無茶めのパスを出す。
「これより始まるのは、この春よりSSRの諸君の為に特別に用意された新設講座。『凄すぎる召喚獣と契約してしまった場合の上手な付き合い方』だ。よろしく頼むぞ、ピエール先生」
(うわっ。この流れで振る? 最悪だ……)
と。紹介されたピエールがげんなりとした表情でリヒトを見やる。
しかし、ピエールとて伊達にこの一年間上司から無茶な要望を押し付けられてきたわけではない。白シャツの襟をビシッと正すと、彼は笑顔で教壇についた。
「ええ、まぁ。魔法使いであれば誰しもこういう経験はありますよね。はい、じゃあここからは僕が皆さんに召喚獣との円満な過ごし方をお教えしますので、相棒の召喚獣と仲良く聴いてくださいね!」
にこっ! と指示されるも、生徒たちの中のピエールは先程までのおどおどとした印象がどうにも抜けきらない。何故こんな、二年目の若い教師がSSRの担任に? 訝しげに細められた視線が一斉に注がれる中、見かねたリヒトは一喝する。
「ピエール先生を、馬鹿にするな」
「「「……!」」」
その言葉に一番驚いたのは他でもないピエールだった。まさか、リヒト先生がそんなことを言うなんて。この数週間一緒に頑張ってきて、彼はそれなりに自分のことを信頼してくれているみたい。
「彼はこの学院、いや、大陸でも随一の召喚獣の主で、尚且つ崇高なる彼の存在と長く生活を共にする、全ての召喚術士の手本となるべき存在だ。俺と彼がSSRクラスの授業を担当するのにはそれなりの理由がある――いや、説明するより見せた方が早いか」
ちらり、と目くばせをされ、ピエールは背後の存在に頷いてみせた。
半年前。授業の最中危険に見舞われた生徒を守る為、何の策もなく飛び出した彼を召喚獣は守った。その際に彼が怪我を負ったのを見た召喚獣は怒りに狂い、吹雪を起こして雹を降らせ、巨大な氷柱で校庭ごと敵を串刺しにしたのだ。
あまりの怒気と霊気に並みの生徒と召喚獣は失神し、学院に棲みつく下級の悪魔は塵と消えた。以来、彼女はピエールの命で姿と霊気を隠すように言いつけられている。
この世で知らぬ者はない。神の使徒たる四名の大天使。その一柱――彼女の名は、
「出ておいで。ガブリエーレ」
瞬間。一陣の氷風と共に純白の天使が姿を顕した。
輝く光輪。艶やかな六枚の白翼。麗しい見目と肢体に、全てを包み込むような笑み。
その姿に、場にいた召喚獣の全てが絶句する。
なにが、SSRの先生か。このような存在はまさに超級SSR――いや、格付けるも無礼極まりないことだ……!
『こんにちは。ピエールの可愛い生徒たち』
天使が口を開いた瞬間。サキュバスが尻尾を巻いて逃げ出した!
「無理! 無理無理! あんなの無理だよ! 同じ空間にいたら焦げちゃう! もうダメ、わたしチビりそう……!」
「あっ。待ってよリィス!! ちょ。センセ。え~っと、トイレ失礼しま~す!」
「あっ。メアリアさん……」
追いかけようとするピエールを、またもリヒトは制止する。
「あれはまぁ仕方ない。慣れるまで少し時間が必要だ。大目に見てやってくれ……」
「そういうもんですかね……?」
「それほどまでにお前の召喚獣が凄まじいということだよ。そうして、彼女をここまで手懐けるお前もな」
「……!」
こころなしか、ピエールの目に炎が灯る。
その場を任された彼は、召喚獣との日々の過ごし方や接し方、いかに強大な存在と言えど真摯に接すれば必ず応えてくれることなどを丁寧に説明した。話から滲み出る誠実さと謙虚な姿勢に、生徒たちは徐々に認識を改めていく。
(ピエール先生、めっちゃいい人……)
だからなんだろうな。こんな天使に好かれているのは。
結局、今回の話ではピエールは天使との出会いや共にいる理由を語って聞かせることはなかった。彼の過去が気になっていたリヒトは生徒たち同様ほんのり肩を落としたが、特に問題もなく授業を終えようとしていた頃――
「ぎゃぁあああ……! 腕が! 俺の腕がぁあ!」
戦慄するような悲鳴が校舎に響き渡る。
(あの方向は、Nクラスか……!?)
だが。術者の腕をもぎ取るような危険で野蛮な召喚獣はいなかったはずだ。だとすれば――
「泡がっ! 消えっ……俺が、消える……!」
瞬間。リヒトは教室を飛び出した。
(しまった……! ケアする順番を間違えたか!)
「じゅ、授業はこれにて終了ですっ! あとは自習してね! 教室からは絶対に出ないこと!!」
すぐさま後を追うピエール。だが、その言いつけを守らない生徒がひとりだけ――
フィヨルドは呆然と廊下に立ち尽くし、悲鳴の先の『彼女』に問う。
「嘘だ。そんな……こんなはずじゃあなかったのに……! どうしてなの……?」
――『アリア……』
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