第4話 召喚の儀と白衣の女医


 いよいよお待ちかね。召喚の儀が始まった。

 本来であれば強力な召喚獣を呼び出すには事前に媒介や生贄などの準備が必要だったりするわけだが、なにせ相手は十三、四歳の新入生。最初は略式で十分。

 それでも筋の良い者や血筋に恵まれた者、所縁ある者は強力な召喚獣を呼び出せるものだ。

 これがいわゆる運命ってやつなんだろう。何が出るかはお楽しみ。だから召喚術はやめられない。


「では、召喚の儀を始めよう。来たれ――」


 ――【召喚サモン


 リヒトに続いて新入生が唱和する。すると、広間に並んだ召喚陣から次々に煙が上がり、召喚獣が続々と姿を現した。

 小妖精ピクシー小悪魔インプ羽の生えた猫エンジェルキャット、妖狐に半竜人ドラゴニュート。中には天使や淫魔サキュバスを喚び出した優秀な者もいるようだ。多種多様な召喚獣の出現に、リヒトは忙しく指を振る。


「N! R! N! N! SR! SSR!」


 指示されるまま、生徒と召喚獣はクラスの席に着く。これからの学院生活を共に送る相棒と仲良く座る者が多い中、ふとある生徒に目が留まる。

 制服の下に和装を着こんだ黒い髪の少年だ。胸元のバッチを見るに招待された特待生らしい。東の国出身であるのは恰好からして一目瞭然だが……

 彼は苛立たしげに足を揺らしながら、隣で申し訳なさそうにそわそわとしている妖狐に舌打ちをした。


「なんで俺がNなんだ……ちくしょう。俺は、こんなところで止まるわけには……」


 召喚の結果に機嫌を悪くする少年。リヒトは内心愉快でたまらない。だって、特待生であるのはあくまで少年自身の実力だ。召喚術に関してはこれから学ぶド素人。そんな敗北感に打ちひしがれた底辺生徒こそいじめ甲斐――いや、鍛え甲斐があるというもの。

 口元に歪んだ笑みを浮かべつつテキパキと指示を出していると、ある生徒が目の前で止まった。


「あの、先生……」


 おずおずと伺う声に視線を向けると、少年は陣に乗っていないにも関わらず召喚獣を連れていた。まだ成長しきっていない彼の細腕にご満悦の笑みでお姫様抱っこされているのは、上体が半裸の美女で下が魚の――歌人魚セイレーンだ。


「どうした? 水辺が無いと困るなら台車付きの水槽を――いや、そもそもセイレーンはその気になれば半身をくねらせて陸でもある程度活動できるはずだ。そのように抱っこして、最初から甘やかすものじゃないぞ。

 いや待て、その透き通る蒼に七色を散らしたような鱗は……もしや女王プリンセスの遠縁か? うむ、文句なしのSSRだな」


「そ、そうじゃないんです。クラスがSSRなのはわかりました。ただ、この子は僕が召喚したわけではなくて、親が召喚したんです。僕の家は代々漁師の家庭で、この子とは幼い頃から一緒で、それで入学を――」


「ああ、連れ込み入学か」


 つまり彼は、自分の実力で召喚していないのにそのクラスで良いのかと気にしているらしい。なんて真面目な奴なんだ。リヒトはその心根に感心しながら首を縦に振る。


「SSRで構わない。キミの実力で呼び出していないのは百も承知だが、そのセイレーンはこちらの世界にかなり馴染んでいるうえ、魔力の質、量も優秀だ。最上位クラスでないと退屈してしまうだろう。そんな彼女がそこまで懐いているだけでも、キミはSSRに相応しい有望な魔法使いだよ」


「……!」


 そう伝えると、少年はぺこぺこと頭をさげてSSRクラスの席に向かっていった。『文句なし』と言われたSSRの指定に沸く広間。嫉妬と羨望の眼差しが一斉に彼に注がれる。


(ふ。これでいい……)


 それからも召喚の儀は続き、クラス編成は完了した。結局SSRのクラスは全体の十分の一にも満たない五名となってしまったが、まぁそんなものだろう。

 これから彼らは歓迎会を兼ねた立食パーティーに向かい、上級生に連れられて寮に入ることとなる。上級生のクラス分けに関しては今までの成績などからシャポンが選別を進め、あとは結果を貼りだすだけだ。


 入学式はこれにて閉幕。役目を終えたリヒトは自分も昼食を取ろうと職員に解放されている食堂へ向かおうとしていた。すると、大広間と中央棟を繋ぐ渡り廊下でふと声をかけられる。


「こんにちは、リヒト先生♡」


 食堂へまっすぐ向かう道はこの一本。どうやら待ち伏せされていたらしい。

 やたら目立つ演説を生意気にも新任教師が行ったのだ、そういうこともあるだろう。それ以外でも俺を面白く思っていない奴なんてこの世にごまんといるからな。なんだ、やるのか? 学内の権力闘争なら興味が無いが、売られた喧嘩は買うタチだ。だってその方が面白い。

 久方ぶりにわくわくしながら声の主に視線を向ける――


 が。想定外にも柱の影からすらりと姿を現したのは白衣の美女――もとい、露出狂の女教師だった。ええと、名前は確か……


「私、養護教諭をやっているマリィ=ベルっていうの。よろしくね♡」


 くすり、と妖艶な笑みを浮かべながら前かがみに谷間を見せびらかすマリィ=ベル。

 白衣のボタンがはち切れそうなあの膨らみは、目算によればGかH。一体なにを食えばそんなになるのだか。ウチの女神よりデカい奴は久しぶりに見たな。別に巨乳はキライじゃないし、無いよりあった方良い派だが、思わず舌打ちが出そうになるのをぐっと堪える。


 ちくしょう、なんでよりにもよって声をかけてくるのがこいつなんだ。

 俺は清純派の美少女が好きなのに。


「それにしてもさっきはびっくりしたわ。急にクラス編成をシステム変更したうえに、新入生を見ただけでパッパッと選別しちゃうんですもの。あれだけで、あなたがとても魔法に精通していることがよくわかる。私、優秀な男ってとっても好きよ♡」


「それはどうも」


 見る者を惑わし蕩けさせる笑み。自分はさっそく籠絡させられようと狙われているらしい。

 そりゃあ、これだけの美女にこんな笑みを向けられた日にはそこらの男はイチコロだろう。が。俺とて伊達に美女女神を飼っていない。こんな、どう見ても金か権力目当てですり寄って来る女に絆されるほど容易くないぞ。


 それに、さっきからなんだ、この違和感は――

マリィ=ベルからは、蠱惑的な見た目に反して卑しい女特有の邪気がさほど感じられなかった。


(変装魔法で上手く隠しているのか? だが、ヒトの纏う邪気や薫りを隠せるとなると相当の使い手……そんな優秀な魔女が金目当てで近づくか? ちょっと凄い速さの【鑑定眼ディテクト】を披露しただけの俺に? 目的はなんだ?)


「これから食事に行くんでしょう? よければご一緒させていただけないかしら。ウチの食堂はテイクアウトも受け付けてるから、保健室ならふたりきり……♡」


 くそ。こいつ、白昼堂々俺をテイクアウトするつもりらしい。

 今は勤務中だぞ、なんて教師としての態度云々を語るつもりは毛頭ないが、こいつに会うのは初日の挨拶以来の二度目。そんな相手と保健室でふたりきり……昼飯どころか下半身まで食われそうな関係に発展するなんて無理だ。


「ねぇ、どうかしら♡」


 警戒しつつ、紛らすように視線を庭に向ける。

 渡り廊下の周囲はガラス一枚隔てて中庭に囲まれており、学院の中心に佇む大樹をはじめとする多種多様な植物を望むことができた。

 チューリップ、スイセン、アネモネ、スズラン……妖精たちが好みそうな色彩豊かな花の数々。春ということもあって、そこには絵画のように鮮やかな光景が乱れ咲く。

 ふと、その木陰の向こうにいる魔法生物と目が合った。


(あれは、一角獣ユニコーン……?)


 一角獣は、頭に一本の角を生やした純白の体毛を持つ美しい魔法生物だ。一説によれば飛ぶことを諦めた天馬ペガサスとも言われているが、実のところそうではない。

 彼らは戦うことに注力した結果、翼でなく角と脚に魔力を蓄えるように進化した個体なのだ。元は天馬で、生まれたときは背に小さな翼を持っている。しかし成長の過程でそれらが失われた者が一角獣と呼ばれているだけだ。


 彼らの特色は正義感に厚く高潔であること。おまけに賢く、誰かを守ることを誇りに思っている。門番にするにはうってつけの召喚獣なのだが、なによりも特徴的なのは、雄しかいないことだ。

 普段は門の付近で番をしている一角獣がどうして中庭に。それになんだかうずうずとして、こちらの様子を伺っているようだ。

 見れば見るほど様子がおかしい。しかも、一頭だけじゃない。複数の一角獣がゆっくりと距離を詰めて近づいて来る。尻尾を振りながら。


「ちょっと、聞いてるぅ?」


 マリィ=ベルは気が付いていないのか、するりと寄っては俺の顔を覗き込む。距離が近い。吐息が頬にかかってくすぐったい……

 そこで、気が付いた。


「お前――処女か?」


「……ッ!?!?」


 女の顔が一気に火を噴いたように赤くなる。ゼロ付近まで詰められた距離が急に遠退き、白衣の裾で口元を隠すようにしてマリィ=ベルは視線を逸らした。


「そっ……んなわけ、ないじゃない……!」


 変装魔法で邪気が隠せるほどの魔女が、動揺ごときで顔を赤くし後ずさるわけがないだろう。

 こいつはおそらく、本当に邪気がないのだ。


「ははぁ、なるほど」


 一角獣が誘われるように集まっていたのもそのせいか。

 一角獣は元々人に友好的な種だが、何かを守りたいとする本能が強いせいか特に処女に懐くのだ。

 とりわけこんな、処女のくせに虚勢を張って無理に売女ぶろうとする、精神的に不安定な奴。白騎士の異名を持つ幻獣からしてみれば、心配で心配で仕方がないのだろう。


「くっ。ふふふ……!」


「な、なにが可笑しいのよ!?」


「いや、だって……ふふ、ははは……要らぬ見栄を張るだけでなく、一角獣に影ながら見守られているのにも気が付かないとは……」


「……ッ。そもそもどうして私が処女だと? 何の根拠があるっていうのよ」


「 匂いで。 」


 まっすぐに向けられる目には一点の曇りもない。

 ああ、こいつ。本当に匂いでわかるヤツなんだ。

 マリィ=ベルはあからさまにドン引いた顔で「う、そ、でしょ……」と頬をひくつかせた後、さっきまでとは異なるおずおずとした素振りで耳元に近づいた。そして、少女のような小さな声で。


「う……だ、……誰にも言わないで…………」


「そもそもどうして常日頃、あんな態度を?」


「そ、それは……」


「その恰好も、実は恥ずかしくて堪らないのに無理に装っているのでは?」


「あ。う……」


 下を向いてみるみる赤くなる頬と耳。薄水色の髪を弄り、もじもじと大きく露出した太股を隠そうとする姿がいじらしい。


「今更隠すのか?」


「――言わないでっ……!?」


 どうしてこんな露出狂の女教師が声をかけてきたのかと思ったが。話すうちに合点がいった。

 白衣の胸ポケットから覗く銀の鎖には見覚えがある。あれは確か、昔エヴァンスが大切にしていた懐中時計――


「エヴァンスと、親しかったのか」


「……ええ」


「だが恋人ではないだろう? あいつには、忘れられない妻がいた」


「……私が、一方的に憧れていただけよ……」


 寂しそうに、悔しそうに。伏した眼差しで悟った。

 こいつはおそらく、俺と目的を同じくする者――


「仇が、討ちたいのか」

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