第3話 絶望に沸く入学式


 入学式当日――

 ぴかぴかの制服とローブに身を包み、夢と期待に胸を膨らませた生徒たちは、花の雨を降らせる妖精たちに誘われて続々と大広間に集っていた。


 これから始まる学院生活。見知った顔もいれば見知らぬ顔も、中には見慣れない恰好の者もいる。

 あのローブの下の羽織は和装か? だが、世界でも召喚を専門に扱う学校は多くない。優秀な人材は推薦枠が用意されることもあるというので遠方の国からやって来る生徒もいるのだろう。


妖精ピクシー蝙蝠ヴァンプ人語を理解するチェシャ猫に、遠くの木陰にいたのは守り番の一角獣ユニコーンじゃないか!? すごいなぁ! 学院中が見たことの無い幻獣でいっぱいだ!」


「さすがは魔法動物園の異名を持つエヴァンス召喚学校ね。私の故郷も酪農に従事する労働力確保の目的で召喚術が盛んに行われているけど、トロールやハウンドドッグ以外の魔法生物をこんなに沢山見るのは初めてだわ」


 新しい出会い、新しい生活、新しい友人。どの生徒も一様に制服と同じくらいぴかぴかの表情で入学式を心待ちにしていた。特に、自分の相棒を決めることとなる――召喚の儀を。


「ああ、儀式が待ちきれない! 僕の呼びかけに応じてくれる召喚獣はどんなのだろう! 可愛くて素直な天使様とかがいいなぁ!」


「ちょっとぉ、可愛いからって主従関係を理由に手を出すのは反則よ? 『契約違反』で魂を食べられたって知らないんだからね」


「強いやつ強いやつ強いやつ……」


 同じ志を持つ同年代の子どもたち。それだけでこうも和気藹々と打ち解けられるものなのか。リヒトは驚きに目を丸くしつつそのコミュ力に脱帽した。そして、内心でほくそ笑む。

 呑気に笑っていられるのも、今のうちだ。


 入学式が始まり、新校長の挨拶と前校長のへの黙祷。上級職員の紹介が終わって、長話に痺れを切らしていた生徒たちのざわめきが次第に大きくなる。

 そう。いよいよ次は、召喚の儀だ。

 ピエールに小声で「よろしくお願いしますよ」と釘を刺され、リヒトは不敵に笑ってみせた。


 真新しい教職員バッチの光る外套を翻し、大手を広げて壇に立つ。新入生と在校生の視線が釘付けになる中、リヒトは言い放った。


「召喚獣とは、古来より界を跨いでこの地に呼び出される異邦の存在だ。彼らは術者である魔法使いと絆を紡ぎ、ときに強大な力、恩恵を我らに齎してくれる。

 しかし忘れてはならない。彼らは単なる便利屋などではないのだ。界を超えてやってくる彼らには各々叶えたい悲願がある。願いがある。目的がある。それらを叶える為に、彼らは我らの呼びかけに応じるのだ。もしキミ達が彼らの望むその報酬を与えられなければ、それは『契約違反』となって、キミ達は代償を支払うことになるだろう」


 会場に、先程までとは正反対の暗いどよめきが満ちる。リヒトは構うことなく続けた。本当は焦らすのも焦らされるのも好きじゃないんだ。女神は放置プレイするがな。


「さぁ、込み入った話はここまで。これより、召喚の儀を始める」


 わぁあ! と歓声に包まれる会場で、リヒトは奇術師よろしく大仰な動きで生徒たちを召喚陣へと促す。


「並べ、並べ! ここは優しい学校だからな、最初の機会は誰にでも平等に与えられるものだ。だが、その先は――言うまでもないだろう? 精々精進するがいい、少年少女よ。我々教師一同は励むキミらにあらゆる形で手を差し伸べよう」


 ずらりと横一列に、幾つもの陣が並んでいる。生徒たちは胸の高鳴りを抑えられないといったように足早に列を形成する。運よく先頭となった生徒たちが全員陣の上に立ったのを確認し、リヒトは高らかに宣言した。


「これより、召喚の儀及びクラス編成を同時進行で行う! 例年とは異なる段取りだが、上級生らも含めて、我が学校は今期より一学年四クラス制とすることにした」


(((…………????)))


 教職員席に座る大半が顔を青くして言葉を反芻する。

 だって、誰も何も聞いてない。

 一斉に注がれる視線に、新校長のシャポンのみがてへぺろ、とウインクを返す。教師一同、全員冷や汗が止まらない。


 あいつは、何をするつもりだ?


「呪文の詠唱、召喚獣の顕現と同時に私がクラスを指定する。召喚を終え次第、各自言い渡されたクラスの席に着くこと。無論、呼び出した召喚獣も一緒にな。

 与えられるクラスは四種。NノーマルRレアSRスペシャルレアSSRスーパースペシャルレアだ。それらは全て術者ではなく召喚獣の潜在能力による上下関係を表す。最も強い者を示すSSRのクラスは当然人数も少なくなるだろうが、その分授業も特別なものを受けることができるだろう。あらゆるものが強者を崇拝し、弱者は弱者なりの学院生活を送ることとなる」


 召喚陣に立つ生徒たちの顔色が一瞬で白くなった。みるみるうちに、期待が緊張と恐怖で塗り替えられていく。

 説明を受けた上級生たちも、隣に参列している彼らの相棒――召喚獣と冷や汗を浮かべながら視線を交わした。


「え。だって、クラス編成は例年、属性や実力のバランスがよくなるようにって……」


「そんな! じゃあ今のクラスはどうなるの?」


「いや、どの道春は毎年クラス替えがあるけど、それってつまり……」


 リヒトは、阿鼻叫喚三秒前の上級生に向かってにやりと笑みを浮かべる。


「上級生諸君、みんな仲良くぬるま湯に浸かっている時代はもう終わりだ。

 この学院が最下位で、召喚術が世に寄与できていないと陰口を叩かれるのは何故だ? それは力が。競争が足りないからだ。

 召喚獣は個々に属性、能力、性質が異なる存在。そんな彼らに優劣をつけるのは可哀想だって? みんなで仲良く暮らしましょう? ここは動物園じゃあないんだぞ。そんなんだから、お前らは万年最下位の烙印を押されるんだよ」


「「……ッ!!」」


「悔しくないのか? 大陸に七つある学院同士の交流祭、体育祭、文化祭……壇上でトロフィーを受け取りメディアに取材を受けるのはいつだって一位のあいつらだ。大企業へのコネも、地位も、名誉も、世間からの羨望の眼差しも。全て『自分らには関係ない』と思っていないか? 会場でどこか居心地悪そうに、同じ学校の生徒同士で固まっていないか?」


 指摘され、上級生らはバツが悪そうに視線を左右させる。何も知らない新入生の眼差しが痛い。


「それに、一口にバランスの良いクラス編成などと言っても、結局はクラス毎の総戦力を均一にならしただけ。実際は実力に応じたクラス内格差が存在するはずだ。目には見えない……いや、見えてもどうにもできないスクールカースト。それを私が無くしてやると言っているんだよ」


 生徒たちは意味が分からない。勿論、スクールカーストの存在は学校に通う者なら誰もが目にする問題だろう。しかし、あの教師はたった今、『潜在能力別にクラスを分ける』と言ったんだぞ? そんなの、スクールカーストを助長するだけ……

 そう眼差しで訴える生徒たちに、リヒトはわざとらしくため息を吐く。


「……わかっていない。本当に何もわかっていないな。いいか? 実力に応じたクラス編成――それはすなわち、下位の者が努力し這い上がる為の最も明確な指標となりえる。要は下剋上だ。

 六年間の学校生活、年に一度のクラス替え。運も実力の内とは言うが、潜在能力による格差を埋めるには並大抵の努力ではいかないだろう。

 だが! それらを乗り越え、生まれながらの勝者を超越してこそ全ての経験が自信に変わるのだ。

 今、キミたちに何より不足しているのは、その『自信』だ。上を目指す者がいる限り、教師は生徒を導くのが役目。クラスの学友と切磋琢磨し上を目指せ。そこにスクールカーストなど生まれる余地もない。そして、上の者は下の者に追い抜かれないよう精々努力してくれたまえ。それらのプレッシャーに打ち勝ってこそ得られるものもまた『自信』だからな。では、召喚の儀を始めよう」


 その言葉に、会場が熱気に包まれた。燻っていた劣等感に火が付き、奢る者はその火で尻を炙られる心地がしていることだろう。


 ……素晴らしい。やはりシャポンは出来る女だ。なにせこの演説を考えたのは彼女なのだから。


 学院の方針について話し合ったとき、彼女は言っていた。今の世は魔法使いが必要とされない時代。科学の進歩と共に生徒たちは年々活気を失っているのだと。それが何より悲しいと。魔法は、夢を叶えるために。夢を支えるために在るべきものだと。


 それを聞いて、リヒトはこのシステムを思いついた。多少荒療治にはなるが、まずは何より改革だ。たるみきった生徒と教師の根性を叩きなおす。そうでなければ、いつまで経っても一位のあいつらの鼻は明かせない。

 それに、クラスを実力順に分けることはリヒトにとっても都合がよかった。自分には、教師としてこの学院を救う以外に為すべきことがあるから。

 強者をひとところにまとめ、一括で監視できる体制が欲しかった。


 だって、もしかするとその中に、

『校長を殺した犯人がいるかもしれないじゃないか』。


 どよめく会場を見下ろしながら、リヒトは胸の中で目を閉じる。


(エヴァンス……古き友の名に懸けて、お前との約束はきちんと果たそう。だがその前に……)


 俺は、お前ではなく、俺のために。


 ――少しくらい復讐したっていいよなぁ?

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