第45狐 「修学旅行は恋の予感」 その1

「静さん。その腕に巻いておるリボンは何じゃ?」


「あら、これでございますか? 航太殿に頂いたのですよ」


「何じゃと……いつの話じゃ!」


「今朝がたお家の前で……首輪代わりに付けて頂いたのですよ」


「首輪代わりじゃと?」


「ええ、『野良と間違えられない様に』と。可愛いと言って頂きましたわ」


 最近わらわと入れ違いで、夜中に航太殿の家に行くようになった静さん。

 寝所には入らぬと言う約束は、ちゃんと守っておるのじゃろうな……。


「静さん。よもや寝所になど行ってはおるまいな」


「ええ、そのお約束は違えたりしておりません。お部屋の外で朝まで大人しく番をしておりますわよ。朝にハグして頂くのが唯一の楽しみでございます」


 ハグじゃと……。航太殿にモフモフして頂けるのは、わらわだけで十分じゃのに。口惜しいのう。


「へっ! 静様は大人しいなぁ。床を共にしてこその愛だろう!」


「紅! 床を共にするじゃと? お主まさか……」


「おっと、航太殿が起きぬように忍んで添い寝してるだけだ。まあ、時々胸の谷間で幸せそうに眠っておるがな!」


「おのれ紅め! いかがわしい真似をしおって。許さぬぞ!」


「ちっぱいのお二人は、モフモフだけ提供していれば良いじゃん!」


「ちっぱいでは無いわ!」


「紅ちゃんにはちょっと負けるけど、航太殿はこのくらいがきっと……」


「美狐様、静様、紅様。朝っぱらから何の話をしているのですか! ほら、航太殿が登校して来ましたよ!」


「咲よ。今日からわらわはこれで行くのじゃ! 紅になど負けておれぬ」


「なりませぬ。前から申し上げている通り、急に胸を大きくされてはなりませぬ! 航太殿の御為にも、変化へんげを悟られては……」


「うーむ。煩い奴じゃのう」




 結局いつも通りの容姿のまま航太殿と挨拶をして、いつもの様に授業を受け、お昼になってしまったのじゃ。

 航太殿は白馬と鳥雄と一緒に学食に行ってしまわれた。寂しい限りじゃ。

 わらわといえば、社務所で朝ごはんを食べたのと同じ顔ぶれで、お弁当を囲んでおる。

 静さんが作ったお弁当が美味しいから文句は無いがの。


「美狐様、よろしいかしら?」


「うん? 静さんどうされた」


「ちょっと妖術の練習に付き合って下さいませんか」


「わらわがか?」


「ええ、他の方では強すぎるかも知れませんから」


「なるほどのう。構わぬぞ」


「それでは失礼します」


 静さんが目の前に立ち、何やら変な手つきをしながら妖術を掛けて来ておる。

 何が起こるやと思うておったが、何も起こらぬ。

 しばらく待ってみたが、何も変わらぬままじゃ。


「静さん。何も起こらぬぞ。一体何をしたのじゃ?」


「おかしいですわねぇ。この前の文化祭で、蛇奈のお父さんが使った妖術を、父が習って来て教えてくれたのに。何か間違っているのかしら」


「おお! 大山楝蛇オオヤマカガチの妖術か」


「そうなのです。おかしいですわねえ」


「静さん。それはもしかして人族にしか効かぬのでは無いのかのう」


「あ……。確かにそうかも知れませぬ」


「ほほ。静さんらしくもない。もう良いか?」


「ええ、失礼しました」


「良いよい。そう言えば、午後の一限目はホームルームに変更になっておったのう。何じゃろう」


「美狐様、今頃なにをおっしゃっているのですか、修学旅行の説明会でございます」


 咲が目をまん丸にして、わらわを見ておる。別に大した事では無いではないか……。


「木興様が大反対なさるはずです。しっかりと話を聞いて対策を考えなければなりませぬ!」


「おお、なるほどのう。それならば真面目に聞くとしようかのう」




 ホームルームが始まると、見知らぬ女が現れ、何やら説明を始めおった。

 どうやら旅行を計画した業者の様じゃ。面白くもない説明が続いておる。暇じゃのう。

 それにしても、午後の日差しが差し込み、何とも心地よい暖かさじゃ。

 勝手にまぶたが落ちて来るのう……。




「美狐起きろ!」


 誰かに背中を叩かれて飛び起きたのじゃ。

 どうやらホームルームの途中で居眠りをしておった様じゃ。


「おお、済まぬことじゃ。ホームルームは終わったのかのう」


「ホームルーム? 美狐は何を寝ぼけてんだ?」


「紅様。どうされたのですか?」


「美狐がさあ『ホームルームは終わったのかのう』だってさ! 寝ぼけるにも程があるよなぁ」


「ホームルームでございますか? いったいどんな夢を観られていたのかしら」


「じゃから、修学旅行の行先ついての話を聞いておったのじゃが……」


「修学旅行の行先の話でございますか? 今更そんな夢を観られて。美狐様は面白いわぁ」


「今更じゃと?」


「なあ、美狐。外を見てみなよ!」


 紅に促されて窓の外を見たのじゃが、日差しが眩しくて良く見えぬ。

 ん? 教室の窓はこんな形をしておったかのう。

 それから次第に目が慣れて来て、外の景色を見て驚いたのじゃ。


「何じゃこれは!」


 美しく透き通った海に、遠くまで広がる水平線。雲一つない青空が何処までも続いておった。

 汽笛の音に驚いて前を向くと、海の上にぽっかりと浮かぶ岩山の様な島に、真っ白い建物がびっしりと建ち並んでいるのが目に入ったのじゃ。


「な、なんじゃ……」


「綺麗だろう! あれが目的地のトリイサンニ島らしいぞ」


「トリイサンニ島じゃと?」


「何だ美狐。まだ寝ぼけてるのか。ゲレイシアのトリイサンニだよ! 修学旅行の目的地を忘れたのか?」


「お、おお。そうじゃった。ちょっとボケておったのう。そうじゃ、トリイサンニじゃったな!」


「そうだよ。しかし本当に綺麗だな! 早く上陸したいな」


 そうであった。修学旅行の行先はゲレイシア国のトリイサンニ島じゃった。

 変な夢を観て記憶がおかしくなっておったようじゃ。

 当の昔に出発して、客船で現地に向かっている途中だったではないか。

 今更、ホームルームでの説明会の夢を観るなど、恥ずかしい限りじゃのう。


 船内放送で何か言っておるが良く聞こえぬ。

 どうやら、もう直ぐ到着すると言っておる様じゃな。

 遠くに見えていた島が近づいてきておる。

 漆喰しっくいで塗られておるのか、真っ白の美しい建物が所狭しと並んでおるのう。


 美しい海に晴れ渡る空。強烈な日差しに映える真っ白な建物。

 何と美しい場所じゃろう。航太殿と一緒に歩いて回りたいのう。

 いや、何が有っても二人で一緒に過ごすのじゃ!

 わらわの恋をこの美しい島で成就させねばならぬ!

 美狐、頑張るのじゃ!




 今宵の話しは、ひとまずここまでなのじゃ。

 今日も誰よりも見目麗しい、わらわなのじゃ!




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 いつも読んで頂きありがとうございます!


 久しぶりの更新となってしまい申し訳ありません。

 今話の『ミコミコ』は修学旅行の前編になります。

 美しい景色の中で繰り広げられる美狐ちゃん達の『恋のわちゃわちゃ』を楽しんで頂けたら幸いです!


 皆さんの「♡応援する!」や「応援コメント」、☆評価にフォローが本当に嬉しいです!

 これからも『ミコミコ』を可愛がって下さい。


 いつもありがとうございます。


 磨糠 羽丹王(まぬか はにお)



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