第27狐 「巫女様、美狐様」 その2

 美狐様が航太殿の家からやっと帰って来られました。

 今日は随分と遅い時間でございましたので、少し心配しておりましたが、大丈夫だった様でございます。

 ですが、いつもの白狐のお姿ではなく、何故か巫女装束で帰って来られました。

 どうなされたのでしょう?


「美狐様、お帰りないさいませ。今日は随分と遅か……えっ?」


「美狐様、遅かったじゃん! 巫女姿で帰って来るとか珍しいな。もしかして、航太殿を誘惑……あっ!」


「少し遅くなったから航太殿が送って下さったのじゃ。わらわは幸せなのじゃ」


「み、美狐様……」


 私と紅様は、その場で固まってしまいました。

 なんと、美狐様の後ろから、航太殿が境内けいだいに現れたのです。

 こんな時間に、私達が巫女装束で会ってしまうなど一大事です。

 唯一の幸運と言えるのは、紅様が空を飛んでいなかった事でしょうか……。


「あれ? 何で咲ちゃんと紅ちゃんがここに居るの? 何で巫女さんの格好?」


 早速、答え難い質問が飛んで来ました。

 どうしましょう……。

 何となく浮かれた感じで様子が変な美狐様。

 航太殿に余計な事を言い出す前に、先ずはこの場から下がって頂かねばなりません。


「べ、紅ちゃん。そちらの巫女さんを、お部屋にお連れして下さいますですか?」


「あ、ああ、分かったぁ。美狐さ……ミコちゃ……巫女さん……ああ、同じじゃな。お部屋に行きましょう」


 美狐様は事の重大さが分かっていないのか、航太殿にうやうやしく挨拶をすると、嬉しそうに部屋へと向かわれました。

 さて、どういたしましょう……。


「こ、航太君こそ、ど、どうしてここに居るの?」


「ああ、俺の家、この神社のお隣なんだ。いつもここの飼い犬のこむぎ……これは俺が勝手に付けてる名前だけど、こむぎがいつも遊びに来てくれるんだよ」


 もちろん、その事は良く存じ上げております。

 問題はそこではありません。


「へ、へぇ。そ、そうなんだ。で、でも、あの巫女さんと何で一緒だったの?」


「うん。俺も良く分からないけど、横に寝てたんだ」


「えっ? ええええっ!」


 余りの驚きで、動揺が抑えきれません。

 美狐様、いったい何事ですか。

 まさか……。


「あ、いや、寝てただけだよ。多分こむぎを迎えに来て、そのまま寝ちゃったんだと思う。こむぎは先に帰って来たでしょう?」


「あーそうなんだー。うん、そうだねー。帰って来てたねー。ははは、ありがとう」


「でも、何で咲ちゃんと紅ちゃんがここに居るの? 何でこんな遅くに巫女さんの格好してるの?」


「あーーー、そうだよねーー、不思議だよねーーー。うーんとねぇ、それはねぇーー」


 更に動揺が隠し切れなくなって来ました。

 本当にどうしましょう。


「これこれ! 咲はサボっていないで、早く境内の片づけを済ませぬか」


 慌てて振り向くと、木興様がおいででした。


『……咲よ。ここは儂が何とかする故、下がって良い……』


『……木興様、ありがとうございます……』


 木興様が念話で指示を下さいました。

 航太殿のお相手は木興様にお任せして、私は境内の掃除を始める事に致しました。


「ご、ごめんね航太君。ちょっと急いでお仕事を済ませないといけないから」


「あ、うん。仕事なんだ……」


 木興様が航太殿の前に歩み出られました。

 私は掃除をする振りをしながら、会話に聞き耳を立てます。


「おお、これはこの前のお隣さんじゃな? 航太殿といったかのう」


「はい。この前はありがとうございました。海楽しかったです!」


「それはよろしゅうございましたな」


「はい」


「実はのう。咲と紅は実家が他県での。この神社に下宿をしながら高校に通っておるのじゃ。巫女としてアルバイトをしながらな」


「なるほど、そういう事なんですね」


 私はドキドキしながら、事の成り行きを見守っていました。


「左様じゃ。だからこの時間に神社の仕事を手伝って貰っておる」


「それで巫女さんの格好をしているのですね!」


「ああ、そうなのじゃよ。おー、そうじゃ。航太殿はもう遅いから早く帰りなさい」


「そうでした。それでは帰ります。咲ちゃんまたね! 紅ちゃんに宜しくー!」


「あ、うん。またねー!」


「気を付けてお帰り」


 航太殿が手を振りながら帰って行かれました。

 木興様の機転で、何とか上手く誤魔化せた様です。

 妖術で航太殿の記憶を無くさせると言う方法もございましたが、どの様な影響が出るか分からないので、ひとまずはこれで良しと致しましょう。

 しかし、美狐様は一体何を考えて航太殿を連れて来られたのでしょう。本当に冷や冷や致しました。


 しかし、ほっとしたのもつかの間、建物の中から美狐様の叫び声が聞こえて来たのです。


「大変じゃ! 戻らぬ! 体が変化出来ぬぞ!」


 またまた一大事が起こった様でございます……。




 今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。

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