第28狐 「巫女様、美狐様」 その3

 稲荷神社の一室では、朝から大わらわ。

 私は美狐様の胸にさらしを巻いている最中でございます。


「咲ー! それは締め過ぎじゃ、息が出来ぬぞ……」


「いいえ、美狐様。たわむれを申してはなりませぬ。まだいささかも締めておりませぬ」


「いやいや、このくらいで十分なのじゃ!」


「なりませぬ。胸を大きく見せたいお気持ちはわかりますが、なりませぬ」


「良いではないか。変化が出来ぬのじゃから、このままで……」


「なりませぬ。只でさえ、昨夜の事で航太殿に怪しまれるかも知れぬ時に、いきなり胸が大きくなった美狐様をお見せする訳には参りませぬ」


「ふっふっふ。さらし如きで、わらわの胸が収まるかのう?」


「美狐様。ご覚悟を!」


 美狐様の挑戦的なお言葉に、しっかりとお答えする事に致しました。

 ギュウギュウにさらしを巻いて差し上げます。


「苦しいかも知れませんが、これで辛抱して下さいませ」


「うむう。しっかりと押さえつけよって……。咲は意地悪じゃのう」


「美狐様! どなたの為とお思いでございますか!」


「……い、いと済まぬ事じゃ」


「次は髪でございます!」


 美狐様の髪にハサミを入れて、おかっぱにして行きます。

 床に落ちて行く髪の毛を見て、美狐様が悲しそうな顔をされていますが、これも仕方が無い事なのです。


「また伸ばせば良いではないですか」


「うむ……それはそうなのじゃが……」


 変な眼鏡を付けて、いつものミコちゃんの完成です。


「意外とやれば出来るものなのじゃな……」


「はい。意外にも、いつも通りで御座いますわね」


「咲よ。これは喜んで良い事なのか?」


「……美狐様。学校に遅れますわよ」


 いったい私達は何をしているのかと言いますと、実は美狐様は昨夜から巫女のお姿から変化が出来なくなってしまわれたのです。

 色々と手を尽くしましたが、変化が出来る様にはなりませんでした。

 朝になっても状況は変わらないままで御座いましたので、致し方なく巫女のお姿の麗しい美狐様を、いつものミコちゃんの姿へと変装させる事になったのでございます。


 木興様を含め、気狐達も総出で原因と解決方法を調べておりますが、今のところ何も分からないままでございます。

 もしかすると、先日の体育祭で静様の妖術が当たった事が原因かも知れませんが、それもこれから調べるしかございません。

 いったい、どうなる事やらでございます。


 ――――


「ミコちゃん、おはよう!」


「おお! 航太殿。おはようなのじゃ!」


「咲ちゃんと紅ちゃんもおはよう! 昨日はびっくりしたよ」


「航太君おはよう! 家があんなに近いと思って無かったね! 驚いたね!」


「うん。これからは、時々二人の巫女姿を見に行くよ!」


「あ、う、うん……。お仕事中はあまり話が出来ないけどね」


 『何とも困った事に……』と思っていると、話を聞いていた美狐様が、私を押し退けて航太殿に話し掛けられました。


「おお! 航太殿は巫女装束がお好きなのか? 巫女姿がお好きなのじゃな!」


「あ……いや、その……嫌いじゃないと思う」


 航太殿が顔を赤らめて照れているご様子。

 何とか誤魔化そうとなされてはいますが、どうやら巫女装束がお好きな様でございます。


「そうなのじゃな! ならば明日からわらわも……モゴモゴ」


 慌てて美狐様の口を押えます。急に何を言い出すのか……本当に冷や冷やさせられます。

 

「……美狐様。なりませぬ。迂闊うかつな事を言い出されては困ります……」


 航太殿に聞こえない様に耳元で囁きます。

 美狐様は不満気ですが、仕方が有りません。


「……美狐様。もしも、航太殿が変化族の事を詳しくお知りになる様な事が起きましたら、妖術で記憶を奪わねばなりませぬ。美狐様との記憶も全て消えてしまいますが、宜しいのですか?」


「……そ、それはならぬ……」


「であれば、お静かに」


「……分かったのじゃ。しかし、お好きとあれば巫女装束でお会いしたいのう……」


「美狐様!」


「分かっておる!」


 美狐様はしかめっ面で小さく舌を出されて、腕からすり抜けて行かれました。

 お気持ちはわかる故、相変わらずいたずらっ子の様な美狐様が愛らしくなってしまいます。


「それはそうと、航太殿。今日のわらわで何か気が付かぬか?」


「えっ? えーと、えーと……」


「ほれ、何かがいつもと違うじゃろう?」


 美狐様が航太殿の目の前に立ち、これ見よがしに胸を張ったり、ポーズを取られたりしてスタイルを強調されておられます。

 全然分かっておられない美狐様に呆れてしまいます……。


「えーと、うーんと……。髪が少し短くなった?」


「……」


「あはははははは! 美狐はやっぱり、ちっぱい……痛っ!」


 二人の会話を興味深そうに聞いていた紅様が爆笑すると、美狐様が足を思い切りお踏みになった様です。

 二人は追いかけっこをしながら、廊下の先へと消えて行かれました。


 普段のミコちゃんではなく、美しい巫女姿から変装されたのに、全く気が付かれないと言うのもあれですが、ここは航太殿の純朴さゆえという事で、美狐様の矛を収めて頂きましょう。


 ――――


 放課後に静様や他の変化族の者達も集まり、美狐様が巫女の時のお姿のまま、白狐にも本来の人族のお姿にも変化出来なくなった原因を探りました。

 各種族に伝わる伝承や、静様の妖術について話し合いましたが、それらしい原因は見つかりませんでした。

 そして、皆で話し合った結果、原因と思われる事はひとつしかありませんでした……。


「美狐様。お子が出来たのではございませんか?」




 今宵のお話しは、ひ、ひとまずここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひぃ様でございました。

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