第19狐 「真夏の恋模様」 その4

 ジャンプ台の一番高い所から飛び込まれた紅様。

 浮上されるとビキニのひもは外れ、そのご立派な胸が航太殿の目の前に……。


「ならぬ!」


 美狐様はもの凄い勢いで航太殿の頭を引き寄せると、胸にギュウギュウにうずめてしまいました。


「紅! その手には乗らぬぞ!」


「むぐぐぐぐぐ……」


「美狐様は、いったい何を言っておる?」


 紅様は何も隠そうとはせず、胸を張られました。

 美狐様はより一層、航太殿の頭を抱え込まれています。


「お主、何をするつもりじゃ!」


「むぐぐぐ……」


「何じゃ。美狐様は何を怒っておるのじゃ?」


「何をじゃと? そのふしだらな格好で、航太殿を誘惑するつもりじゃろうが!」


「むぐ……」


「美狐様、言い掛かりじゃ! 見てみい、ちゃんと隠れておるわ!」


 紅様はビキニの下にシール水着を貼ったままだったのです。

 確かに隠れておりました。


「それは隠れておるとは言わぬわ! 早くしまわぬか!」


「む…………」


「美狐様。そんな事よりも、美狐ちゃまのちっぱいで、航太殿が窒息しておるぞ」


「何の事じゃ?」


 美狐様が抱き締めるのを止められると、航太殿が気を失っておられました。

 心なしか幸せそうな顔をされているので、良しとしておきましょう……。


「おおー! 航太殿、どうなされた?」


 美狐様が慌てて航太殿を揺さ振られていますが、航太殿は気を失ったままの様です。

 

「『どうなされた』って、犯人は美狐様のちっぱいじゃ!」


「……」


 その時でした、ジャンプ台の傍の海面が盛り上がり、巨大なウミヘビが姿を現したのです。遠呂智族の襲撃です。

 航太殿を抱えた美狐様は身動きが取れず、紅様も水中では巨大ウミヘビの動きには敵いません。

 静様も気が付かれて、慌てて立ち上がり海へと入られましたが、妖術を唱えるには遠すぎる様です。

 ウミヘビが巨大な口を広げて、まさに美狐様に食い掛かろうとした時でした。


「あー! 蛇之吉じゃのきち叔父おじさん!」


「本当だ! おーい、蛇之吉叔父さーん」


 緊迫した雰囲気の中、ジャンプ台の傍まで来ていた、蛇蛇美と蛇子が明るい声でウミヘビに語り掛けています。やはり、あの二人の仕業なのでしょうか。

 しかし、二人の呼び掛けに、巨大ウミヘビの動きが止まりました。


「おおー! 蛇蛇美に蛇子じゃないか! こんな所で何しとる?」


「うん。学校の友達と海水浴ー!」


「海水浴かぁ。この連中も友達か?」


「うーん。まあ、そんな感じかな。それより叔父さんは、気狐きこの木興様を覚えてる?」


 ウミヘビが段々と小さくなって行きます。


「おお! 木興殿の事は良く覚えておるぞ。木興殿がどうした?」


「連れて来てくれたのは木興様なの。叔父さんと会いたいって言ってたよ!」


「おお! ここに来られておるのか。それは楽しみじゃ!」


 蛇之吉と呼ばれたウミヘビは、人の姿に変化しました。木興様と同じくらいのご年齢の叔父様です。

 蛇之吉さんは海から上がると、蛇蛇美達に連れられて、海の家へと入って行きました。


 緊迫した状況だった美狐様と紅様でしたが、肩透かしに合った様な状態で、浜辺へと戻って来られました。航太殿も意識が戻った様です。

 とにもかくにも、航太殿に巨大ウミヘビや、変化する蛇之吉さんを見られなくて良かったと言った所でしょうか。


 ――――


 しばらくして、砂浜にしゃがむ航太殿の前に、海から上がられた静様が心配して寄って来られました。

 

「大丈夫でございましたか?」


「うん……うわっ……」


 航太殿は静様の水着姿を見て、顔を真っ赤にされたかと思うと、急に鼻血を出されました。

 どうしたのでしょう?

 航太殿の異変に気が付かれた美狐様が、静様を見て大慌てです。


「し、し、静ー! お主も紅と同類か!」


「み、美狐様。突然、何でございますの?」


 美狐様のいきなりのお怒りに、意味が分からず驚く静様。

 私と華ちゃんも慌てて駆け寄ります。

 そして、静様のお姿を見て、美狐様のお怒りの原因が分かりました……。


「静様、水着が艶やか過ぎる状態でございます。パッドやインナーは如何されました?」


「パッド? インナー? 何ですのそれ?」


「……」


 私は慌ててバスタオルを取りに行き、白い水着が濡れて艶やか過ぎる状態になっておいでの静様をくるみました。

 美狐様は鼻血を出した航太殿を介抱しながら、やり場の無い怒りに打ち震えておられます……。


 ――――


 夕方、海の家でおやつ等を食べながら、皆遊び疲れ、まったりとした時間を過ごしています。

 やっと美狐様のご機嫌も良くなり、一安心でございました。

 木興様と蛇之吉さんは、久々の再会に大盛り上がりのご様子で、今も楽しそうにお酒を酌み交わしておいででございます。

 そして、楽しそうな木興様を見ながら、私は有る事に気が付きました……。


「ねえ、華ちゃん」


「なあに、咲ちゃん」


「あのさ、マイクロバスの運転って、木興様しか出来ないんじゃなかったっけ?」


「……」


「今日はここにお泊りって事?」


「あにゃにゃ……」




 今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。

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