5-10.あなたが王位を継ぐべきなのです

 外出していたはずの兄が、扉口に立っていた。フィリップの息子オスカーも一緒だ。


「うわっ」

 部屋に一歩足を踏みいれ、オスカーがうろたえた。「いったいなんなんだ、これは」

 城主の部屋は乱闘で荒らされ、おまけに父親が親友に取り押さえられているのだ。オスカーのろうばいは無理もない。


「親父……」

「オスカー! おまえがやれ!」

 ジェイデンに小卓でおさえつけられたまま、フィリップが叫んだ。「ジェイデンを殺せ!」


「私がここで見ているのにかい?」

 ジョスランが静かに言った。「それとも、あなたの蛮行を目撃した私も殺すのかな」


「ジェイデンを……殺す? なにを言ってるんだ、親父?」

 オスカーの言葉に、城主はさらに激高げっこうした。

「これは弑逆しいぎゃくではない! 正統な継承のための布石ふせきだ!」

 髪をふりみだし、口から泡をとばすフィリップには、ふだんの堂々とした態度は消え失せていた。おだやかな金茶の目はぎらぎらと血走っている。


「オスカー、すまない、頼む」

 ジェイデンが親友を呼んだ。「おれを手伝って、フィリップ伯を捕縛してくれ。このままじゃ、伯も危険だ」


「ジェイデン」

 父と親友、どちらを助けるべきか、オスカーの目には一瞬迷いが見えた。だが、狂気に満ちた父親を見て腹が決まったらしく、よろよろと近づいた。

「やめろ、放せ!」

 フィリップは暴れたが、騎士団長として鍛錬たんれんを積んだ息子にかなうはずもなく、ジェイデンとふたりがかりで捕縛された。


「スーリ!」

 ジェイデンはあわてて鷹に駆け寄った。ぐったりした猛禽もうきんを、そうっと抱きあげる。

「助けてくれたのはきみだろう? 大丈夫か?! ああ、スーリ……」

 ところが、鷹はぶるっと身を震わせると、あんがいしっかりした動きで羽ばたき、止まり木へと戻った。


「……わ……わたしは……ここよ……」

 息絶えそうな小さな声が、扉の近くから聞こえた。ジョスランにささえられるようにして、小柄な女性が立っている。ジェイデンは知らないことだったが、半地下の洗濯場から最上階まで走ってきたので、息が切れているのだった。おまけに、かなり無理をして遠隔から鷹を使役しえきしたのもある。

「生きているものを……使役するのは……苦手だわ」


「スーリ」

 ジェイデンは兄の手から離れた彼女を抱きしめた。「スーリ、すまない。きみを魔女に戻してしまった。いやがっていたのに。ごめん、ほんとうに」

「ジェイデン……」

 背中にまわした腕から、跳ねまわるまりのような心臓の音が伝わってきた。息を切らし、服もずいぶん汚れてはいたが、目に見えるケガがないことにほっとする。こんな目に遭ってまで自分を助けようとした彼女が、ジェイデンには胸が苦しくなるほどいとおしかった。

「危険な目に遭わせたね」

「危なかったのはあなたのほうよ」

 もしスーリに会う方法がこれしかないのなら、なんど死にかかってもいい。ジェイデンはそう思ったが、口には出さなかった。さすがに不謹慎だし、スーリはそういうのは嫌いそうだ。



 オスカーは父親のサッシュを使って、彼を後ろ手に捕縛した。足もおなじように縛ってある。フィリップもかつては優秀な剣士だったはずだが、息子のように日々鍛錬し町を巡察しているわけではない。不利はくつがえらなかった。

「放せオスカー! 父の命令が聞けないのか?!」

「ジェイデンに刃を向けろなんて、正気なのか?」

 オスカーは信じられないという顔つきで父親をにらみつけていた。「親父も、俺たち家族も、弑逆者として処刑される。ほんとうに、そんなことが望みなのか?」


「正気か狂気かと言われれば、狂気の領域だろうね」

 ジョスランが冷たい目で領主を見た。「だが、計画は長期にわたっていたはずだ。狂気だけでは、なしえない」


 フィリップは捕縛されたまま、悲痛な叫び声をあげた。

「あなたが王位を継ぐべきなのです! ジェイデンではない!!」


「私があなたの息子だからか?」

 ジョスランが静かに問うた。


「それは……」

 フィリップは顔をそむけ、オスカーは目を見開いて父を見つめている。ジェイデンも似たようなものだった。スーリだけが、ジョスランのその発言に驚かなかった。


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