4-12.それでいいのか、友よ?
土人形は、赤子のおくるみのようにジェイデンを包んでそびえ立っていた。月明かりのおかげで、気まずそうな表情まではっきりと見える。王子の威厳というものを考えると、ここにスーリ以外の人間がいなかったのはさいわいだと言えただろう。
スーリが短い命令をとなえると、土人形は王子を抱えたまま敷地外へ出ようと動きはじめた。
「待ってくれ。釈明させてほしい」
どれほどの危険を感じているかはわからないが、ジェイデンの声にあせりはなかった。見つかるとは思っていなかっただろうが、不測の事態にも慣れているということだろうか。ますますあやしい。
のしのしと重い足音を立てて、土人形が歩いて行く。その腕をほどこうと腐心している男から、スーリは目をそらした。足もとからコツコツと、やわらかく彼女のブーツをつつく音がする。ダンスタンは無言で、ガラス質の青い目で彼女を見上げていた。
「なぜあなたは、この男に肩入れするの? サー・ダンスタン」
「この男のためではない」
ダンスタンは言った。「あなたのために止めるのだ、スーリ。あなたはこの男を愛している」
風がざっと鳴って、落ち葉を舞いあげた。王子は「やっぱりしゃべるのか」という顔でダンスタンを見てから、スーリのほうに期待にみちたまなざしをむけた。
「……ダンスタンの友情に免じて、言いわけを聞くわ。いちおうね」
「愛のほうについても聞きたいんだけど」
ぎろりとにらむと、王子はあいまいな笑みを見せた。「それは、じゃあ、あとで」
「まず確認させてほしい。きみは隣国からの亡命者だ。フィリップ伯が身元引受人をつとめている。それは、まちがいないね?」
「……そうね」スーリは言葉すくなに返答した。その程度は、伯から聞いているだろうと思っていた。
「この国の王家には魔法を使う者たちは関与していない。それも知っている?」ジェイデンは続けて尋ねる。
「教会の力が強いと聞いたわ」
「そうだ。国の守りに魔法は有用だが、この国では使用が認められていない。そしてきみの国は、魔女を産出することで知られている」
スーリは沈黙したまま続きをうながした。
「フィリップ伯が隣国からの亡命者を受け入れたと聞いて、父……王は魔法の関与を疑った。それで……」
ジェイデンは一度言葉を切り、大きく息をついてから続けた。「おれが派遣されたというわけだ」
「つまり、あなたは王家のスパイだったと?」
「そうおおげさなものじゃない。父とフィリップ伯は長年の親友だ。……父は、おれが行けばフィリップ伯は事情を教えてくれるだろうと思ったんだ。そうでなくても、なにかわかると」
「あなたとフィリップ伯は仲がいい」
ジェイデンはうなずいた。「だけど、きみがフィリップ伯に協力していないかどうかは確認しておく必要があった」
「伯とあなたのお父さまは親友どうしなのに? たがいを信頼していないの?」
「王権のことはきみにはわかるまい。どれほど仲が良くても、盲目的に信じるということはしない人たちだよ」
あなたもね、とスーリは思った。
「伯は父の親友であり、同時に国内第一位の貴族であり、国境を任される将軍でもある。魔法との結びつきは、どんなものであれ警戒されていた。まして今は、隣国サロワが勢力を増している」
ジェイデンは言いにくそうに視線をさまよわせてから、結局尋ねた。「申し訳ないけど、居間にあった手紙を読んだ。あの魔女集団をサロワから追放したのは……きみは、サロワの宮廷魔術師と知り合いなのか?」
やはり、知っていたか……。
「弟よ。双子のね」
スーリはため息をついた。このことを弟に知られたら、百年は嫌味を言われつづけるに違いない。
「そしてきみも魔女だ」
ジェイデンは二度目の確認をした。「国境で起きた戦争で目撃された白い魔女も、きみか?」
「昔は」
スーリも、今度は無言ではなく肯定で返した。「あなたが来なければ、引退した元魔女のままだったのに」
「きみがそのつもりでも、フィリップ伯がそうとは限らない。それに、ほかの貴族や軍人たちも」
たしかに今となっては、そうかもしれないとスーリは思った。力は、そのものが大きな誘引力を持っている。そして自分は、力そのものだった。自分に用心するようにと、ジェイデン本人でさえそう言ったのに。
「だれかが探りに来てもおかしくないと、弟は警告していた……。でも、あなたほどの立場がある人がわざわざやるとは思えなかった……それも、作戦だったのね」
「いずれ打ちあけるつもりだった」
「必要ないわ」スーリは冷たく言った。
遠くで鳥の声がした。ねぐらに向かう鳥のはばたき。ジェイデンはそれを目で追うあいだ、口を開くのを悩んでいるようだった。
「ほかの理由もあった。王都では、おれを跡継ぎにしようとする一派があって……。それも、知っているかもしれないけど」
オスカーから、そのような話を聞いたことを覚えていた。王太子は病弱で、二番目の王子は婿に出ていると。そしてジェイデンはたしかに有能な男で、人々にも好かれている。かつぎあげようとする勢力があっても不思議ではない。
「あなたは王になりたくないの? 男はみな、権力を欲しがるものだと思うけど」
「きみのまわりにはろくな男がいなかったらしいな」
ジェイデンは弱々しく笑った。「王冠は欲しくないよ。そもそも兄のものだ。奪いたいとは思わない」
「それとわたしのことと、どう関係が?」
スーリはいちおう尋ねた。ジェイデンはさらに言いにくそうな顔になった。
「魔女に熱をあげているなんて、恋に目がくらむ軽薄な若造だと思われれば、おれをかつぎあげたいやつらも目を覚ますんじゃないかと……。ごめん」
なるほど。筋は通っている。
スーリは失望とともに、奇妙な解放感もあることに気がついた。ジェイデンの目的がわかったこともあるし、彼に対してもう自分の正体を隠さなくてもいいからだった。
「おれをどうするつもり?」
問われて、スーリは考えた。短い言葉をとなえ、土人形たちを土に戻す。ジェイデンは地面に落ち、よろけながらひざをついた。
彼らが察知した侵入者はジェイデン一人だった。彼は、それが監視という目的であったにせよ、たった一人でここにやってきたのだ。すくなくとも今、彼女を害する意図はないのだろう。
(このあたりが甘いと、弟に怒られるところなのよね)
「ここにいるあいだ、わたしの家にもう近づかないで」
スーリは静かに、だが声に力をこめて宣告した。「この言葉には魔法の力がある。近づこうとすれば、あなたはそれを身に受けることになる。わたしの正体をだれかに明かしてもおなじよ」
土人形から解放されても、王子はしばらく身動きもしなかった。黙ったまま、彼女の言葉を聞いていた。
「冬になればあなたたちは王都に帰る。わたしの生活を乱すこともなくなるでしょう。それでいいわ」
「スーリ」王子は彼女の名を呼んだ。
「出て行ってと言ったのよ」
言葉が発せられた瞬間、魔法が発動した。ジェイデンは土人形とおなじように操られ、よろよろと馬のほうへ向かっていく。命令どおりにくびきを解き、馬を連れて、背の低い門を越えて出て行った。
それを確認すると、スーリはすぐに魔法を解いた。操った状態で馬に乗せることはできないし、人間に対して使うのは危険な術だからだ。ふだんは、動物を使役するときに、ごく短時間で使う術である。
魔女の束縛から解放されたというのに、ジェイデンはその後もしばらく、家のまわりをうろうろしているようだった。足跡がいくつも並んでは、おなじ場所へと戻ってくる。……土たちが知らせるその気配は、スーリを憂うつな気分にさせた。
「なんどここに来ても、もう館には入れないのに」
「それでいいのか、友よ?」ダンスタンが隣にやってきて尋ねた。「魔法を使って彼を遠ざけてしまっても?」
「これ以上に望むことがある? あの状況で流血もなく、すべてが円満に解決したのよ。これからは静かな生活に戻れるわ」
それは本心からの言葉だったが、スーリ自身でさえ、その言葉を完全に信じきることはできなかった。
【第四話 終わり】
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