第四話 ひきこもり薬草医、媚薬を依頼される「心とろけるような、あなたの」
4-1.弟からの手紙
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姉さん元気? 風邪ひいてない?
寒くなってきたけど、ちゃんと暖炉つけてる?
「薪を割ってあげるよ~」なんて男が寄ってきても、家に上げちゃだめだからね。そういうのがナンパ男の手口なんだ。姉さんは純粋培養でお人よしなうえに不用心だから、心配だよ。
このあいだの返信を読んだよ。フィリップ伯の城に呼ばれて行ったって? 驚きすぎて目が飛びでたよ……。
そいつはうちとの国境を守る前線の将軍で、国王の右腕だよ。姉さんの正体に気づいていないといいけど……そういううかつな行動は厳につつしんでほしい。様子を探りに来る者もいるだろうけど、よく警戒するように! 明るくて弁がたつ美男子はだいたい☆スパイ☆だからね。(☆超重要!!)
そうだ、うちの国を拠点にしてた魔女相手のマルチ商法のグループを、こないだ一斉摘発したんだ。ひさしぶりの前線仕事だったし、組合に話をとおすのにずいぶん骨が折れたよ。でもそのせいで、最近そっちの国に活動をひろげているらしい。家に招待して鍋を買わせたり、知り合いの魔女を呼ばせたりして、金儲けができるって勧誘してくるのが手口だ。〈ヒーラーズ・ネットワーク〉っていうんだけど、姉さんも気をつけてね。本とか料理につられてよその魔女を☆訪問☆したりしないように!(☆これも重要!!)
それと、最後になっちゃったけど――
あの男はまだ姉さんをあきらめてないみたいだ。今のところはよそとの戦争で忙しくしてるけど、またいつ手を伸ばしてくるかわからない。<夜>にカバーを頼んでるけど限界はあるし、僕はこっちの魔女たちの統率があって手が回りきらない。そちらの国にだって、姉さんの力に目をつけてるやつがいないとも限らないんだから、今まで以上に身辺には気をつけて。次からは暗号文で送るからね。じゃあ、また。
追伸:値上がりする前に冬じたくをおこたらないように! 燃料を買いだめしておくんだよ。こういうことも書いておかないと、ほんと、姉さんはものぐさだから。
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署名のない手紙を読み終えると、スーリは長いため息をついた。
まず、弟が「やるな」と警告しているほとんどのことをやってしまっていることへの痛恨である。もっと早く言ってくれれば、やらなかったのに。たぶん。どうかな……?
「あいかわらず、保護者みたいな口のきき方なんだから」
スーリはぼやいた。「でも、やつの言うとおりなんだから、頭が痛いわね」
全体に郷里の母親みたいな文章になっているのは、きょうだいの母がすでにないことも理由にあるが、弟の言うとおりスーリが不用心すぎるのだろう。弟は昔から優秀で、用心深かった。おなじ環境で生きてきたはずなのに、不思議だ。
「弟殿には弟殿の考えもあろうが、貴女は立派にやっていると思うがね」
ダンスタンは隣から手紙をのぞきこんでいたが、年長者らしく優しく言った。
「ここに来て、まだ三か月も経たないのに、ちゃんと医師として仕事もして、共同体の役に立っている」
「魔女とまちがわれながらね」
「いずれ医師としての活動が定着すれば、そのようなこともなくなるだろう」
「そうかしら」
スーリは手紙を書き物机にしまい、仕事の準備をはじめた。今日は使い走りをしている少年が薬を取りに来る日だ。ここまで来れない依頼人のために薬を届けてくれている。
薬を仕分けると、麻布でできた袋に、ひとつずつ依頼人の人相を描いていった。少年はまだ字が読めないので、誰のところに持っていくか迷わないようにという印だ。
「ときどき思うの。やっぱり国を出るべきじゃなかったかもって」
筆を動かしながらスーリはつぶやいた。「自由になりたいと思ったけど、生活するっていうのがどういうことか、わたしはよくわかっていなかったんじゃないかって」
「
ダンスタンが言う。「仕事も、生活のことも、ひとつずつ積み重ねていけば良いのだよ。だれも最初から騎士にはなれぬ。一本の棒きれを、毎朝素振りすることからはじめるのだ」
「……だけど、わたしがここにいることで、弟にいらぬ心配をかけている。せめて国内にとどまるべきだったかもしれない」
いくつめかの人相書きを終え、紐で袋を結ぶ。
「
ダンスタンはガチョウの青い目で彼女を見上げた。「それに、あのときの行動がなければ、我輩もこの世にはいられなかった。貴女の勇気が、我輩の魂を救ったのだ。それはお人よしではなく、気高きおこないであった」
スーリは筆を起き、ダンスタンを見つめた。
「その結果が……あなた本来の姿でなくても?」
「騎士の魂にはさまつなことだ、友よ」
深く温かみのある声に、スーリは友人をそっと抱きよせた。
「……ジェイデン王子とは距離を置かなくては」
ふかふかの羽毛となめらかな首を感じながら、そうつぶやく。「弟の言うことは正しいわ。彼はフィリップ伯に近すぎる」
「ジェイデン王子にはたしかに疑わしい部分もあるが、貴女に良い影響を与えていると我輩は思う。貴女がここにとけこむことを手助けしてくれている」
「……そういうこともすべて、なにか目的があってのことだとしたら? すくなくとも弟はそう疑っているわ」
「彼のような立場で、貴女をスパイする必要があるとは思えないが……」
ダンスタンは考える様子で言った。「魔女オリガの力を借りてもよいのではないか? 彼女の力は、人間の嘘を見抜くことができる。……疑心暗鬼から遠ざけるより、信頼に足る証拠をさがすほうが建設的だ」
「……」
「それより、手紙にあったあの男の動向が気になる――」
――コンコン。
ダンスタンが言いかけたとき、玄関のほうからノッカーの音が響いた。彼は口をつぐむ。
「お客だわ」
スーリは玄関へわたっていった。今日こそ、ふつうの患者だといいのだけれど。
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