4-2.うちに媚薬はありません
依頼人が若い娘だとわかったときから、スーリにはイヤな予感しかしなかった。バーバヤガのことがあったからというのもあるが、そもそも健康な若い娘というのは薬草医に用などないものである。薔薇色のほほ、さくらんぼの唇とくればなにか?
恋だ。
若い娘と言ったら恋、恋といったらおまじない、そして魔法と魔女、と決まっているのだ。
スーリは恋という単語を、文字どおり
それなのに……。
「お城にあがったときに見かけた、金髪の従騎士さまのことが忘れられないんです」
娘はもじもじと話しはじめた。「洗濯ものを運ぶのを手伝ってくださって、優しくて、すごくかっこよかった」
ほーら来た。スーリにはこのあとに続く言葉まで予想できるようだった。
「だけど、彼は狩りの季節が終われば王都に帰ってしまう。ここからいなくなってしまうんです」
娘は薄茶の目をうるませて、スーリをじっと見た。「彼がここにいてくれるようにする方法はないかって思って……みんながうわさしてる、森の白魔女さまならわけてくれるんじゃないかって……」
「……なにを?」
「……あの……
ほら。ほら、やっぱり。スーリはなかば勝ちほこったような気分になった。弟はよく、「恋愛にかんして姉さんは、
というか弟よ、姉に対してそのセリフはひどいだろ。
「わたしは薬草医で、魔女じゃないわ」
スーリは内心の奇妙な勝利感をおさえ、お決まりのセリフを述べた。「力になれることはなにもないわね」
「そんな……勇気を出してここまで来たのに……」
娘はおおげさに泣き崩れた。「ジェイデン王子も協力してくれるって言って、ここまで送ってくださったのに……」
「なんですって! あなた、あの男をここまで連れてきたの?!」
スーリはとっさに叫んだが、よく考えてみるとあの男は、なんの用事でもなく毎日やってくるのだから、娘の責任ではないかもしれない。先日の流行風邪の一件以来、あきらかに屋敷での滞在時間が伸びているという事実から目をそらすわけにはいかなかった。
「おれの話してた?」
その当人が部屋に入ってきた。まるで最初から屋敷内にいたかのような自然さで。
「ヨハンナ、相談ごとはうまくいきそうかい?」
「ジェイデン……」
スーリは男にうろんな目を向けた。「毎日言ってるけど、わたしは忙しいのよ。あなたの相手をする時間はないわ」
「わかってる、長居はしないよ。今日はメルが薬を取りに来る日だろ?」
ジェイデンは笑顔で言い、扉近くの編みカゴに入れてある麻袋に目をとめた。「かわいい絵が描いてある。こういうのいいね。踊るジャガイモかな?」
「依頼人を識別するための
スーリは
「目と口が描いてあるのが見えないの?」
「うん、よく見れば顔だね」
ジェイデンは
「どうせ絵は下手クソよ」
スーリは鼻をならした。
「わたしの家へやってくるよりほかに、やることはないの? そもそもここには、狩猟と社交に来たのでは?」
「どっちも楽しんでるよ」
ジェイデンは笑顔で答えた。「狩りは毎回ちがうメンバーで、五度は行ったかな。……そうだ、一回は女性たちのキツネ狩りだったよ。きみも健康づくりにやってみる?」
「けっこうよ。野蛮なもよおしに参加するつもりはないわ」
スーリは顔をそむけた。
「そう? ……社交といえば、昨日は村の教会のチャリティバザーに参加してきたんだ。ご婦人たちがあれこれ食べさせようとするんで、断るのがたいへんだった。祖母くらいの
「……」スーリはそれ以上会話には
「スーリ? ……」
「ほかにやることがあるなら、そっちに注力してほしいわ。うちにやってくるんじゃなく」
スーリは王子から顔をそむけたまま、暗い声でつぶやいた。
「依頼人のことにしても……。わたしに対処できる話じゃないと、わかっているでしょう? わたしは薬草医なのよ。魔女じゃないわ」
「どうしたんだ?」
ジェイデンは彼女のよそよそしさを感じとったようだった。「きみは、助けをもとめてここを訪ねるひとには寛容だっただろ」
それから近づいてきて、藤カゴと見つめあう彼女の肩に手をおいた。「……なにか心配ごとでもあるのか?」
「べつに。前から言おうと思っていただけよ」
スーリはカゴの前から立ち上がり、ジェイデンの手を払った。
「恋の話というなら、あなたがヨハンナとつきあってあげたら? そしたら魔法だの媚薬だのは必要なくなるわよ」
「えっ」
娘が驚くのは想定内の反応だったが、ジェイデンの顔色が変わったのにスーリは驚いた。整った顔には怒りといらだちが入り混じっている。
「本気なのか?」
その声色に、思いがけず冷たい水に足をつけてしまったような気分になる。そんな声を聞いたのははじめてだ――酷薄にすら見えるその顔も。
ジェイデンは続けた。
「おれがこの子を口説けばいいと? きみのかわりに? 本当にそんなことを思ってるのか?」
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