第3話

 さて、急いで家に帰ってはみたものの邸内は慌ただしい雰囲気だわ。私は特にする事も無いので部屋で休んでいると、今日あった姉の話を聞いて父は姉と共に今後に向けての話し合いをするらしい。父の執事がわざわざ教えにきてくれた。姉はこの先どうなるのかしら?


学院は卒業パーティー後から生徒達は2週間程休みに入る。先生達は新入生の準備期間らしい。結果は明日聞くとして、私は部屋で夕食を取りゆったりと部屋で寛ぐ事にした。



 翌朝一番に父が王宮へ向かって以降、我が家では私以外の者達は慌ただしく動いてたみたい。忙しく動き回る侍女を捕まえて聞いた話だと、父は陛下に婚約破棄の事を聞きに行ったとか、姉の冤罪を晴らすために出かけたとかどうとか。


私には誰も何も教えてくれないのねってモヤモヤ気分で過ごしているわ。


でも来週から学院の新学期が始まる。気分を変えなくては、と思っていたそんな時に父から執務室へと呼び出された。 


「お父様、只今参りました」


私が執務室へ入ると既にそこには家族と私の婚約者であるルーカス様がいた。みんな談笑していたようで和やかな雰囲気が部屋を包んでいる。


「ルーカス様、お久しぶりですわ。お父様、今日、私が呼ばれた理由は何でしょうか」


「あぁ、トレニアまず、座りなさい」


私は父に促されるまま一番扉に近い席に座った。


「この間の卒業パーティーでの話だ。あの日、トレニアはその場に居たと思うが、グリシーヌは第二王子のディラン殿下との婚約を破棄された。大勢の者達の前で告げられた為、覆す事は不可能だった。


グリシーヌがエレノア・ナラン子爵令嬢を虐めていたと殿下達は主張していたが、冤罪である事は陛下より認定された。そして殿下が不貞をしていた為、王子殿下とは婚約破棄の上、王家が我が家へ慰謝料を払う形となった。


これが昨日までの話だ。トレニア、お前は今まで侯爵家の跡取りとして勉強してきたが、これからはグリシーヌがルーカスと共にこの侯爵家を継ぐ。分かったか?」


「えっ」


唐突に父は何を言った?


「なんだ?何が不満なんだ」


「私は侯爵家を継ぐ為にずっと領地で過ごし、領民達との折衝に駆り出され、遊ぶ事やお茶会も無駄だと参加出来ず、今まで必死で勉強してきたのですよ。急に言われても納得できません」


「仕方ないだろう!グリシーヌは王子に婚約破棄されてしまった。良い縁談は今後望めないのだから妹のお前が譲るのが筋だ」


「そんなっ。酷い」


「仕方ないわよ。ルーカス君だってトレニアよりグリシーヌの方がいいに決まっているじゃない。諦めなさい」


お母様は私に向かってそう告げる。


「… ルーカス様」


「トレニア、ごめん。美しいグリシーヌを妻に迎えるチャンスなんだ。昔からグリシーヌを想って過ごしていたんだ。君よりずっと美しいグリシーヌを妻にと望んでいる」


「あらっ、ルーカス。嬉しいわ!そんなに私の事を想ってくれていたのね」


ルーカスはグリシーヌの髪を一房掬い上げキスを落とす。


… 酷い。


姉の近くにいる為に私と婚姻しようとしていたの?


酷いわ。


私は姉や妹のように美しく無いから。父も母もあれだけ領地の事を私に押し付けておいて手のひら返しなの?


悔しさと悲しみ。


婚約者の裏切り、両親への苛立ちや憤り。


色々な思いがドス黒く身体の中を駆け巡る。


 ルーカス様とは政略結婚とはいえ、婚約してからお茶会や学院で一緒に過ごし、お互い信頼し合い、この先も仲睦まじく過ごしていくと思っていたのに。


私はスッと表情を無にして席を立ち、淑女の礼を取る。


「私はこの家に必要では無くなったのですね。私が居るとルーカス様も気をお使いでしょう。お父様、私を学院の寮へとお入れ下さい。私の願いでもあります。では」


 父は何か言っていたが、私はそのまま執務室を後にし、1人先に部屋へと戻り鍵を掛けた。


酷い、酷い、酷い、酷い。


今までの私の頑張りは何だったの?


いつもいつもいつもグリシーヌやソニアの事ばかり。私は、私は我慢させられてばかり。


私が何をしたというの?


ルーカス様も。私はグリシーヌの妹だから目を掛けていただけなの?デートや贈り物も義理でしていただけなの?仕方なく私と婚約していたの?冗談じゃないわ!


恨み、怒りが頭を駆け巡り、苦しくて身体が動かない。


もう、嫌。苦しい。誰か助けて欲しい。


執務室に入った時の和やかな雰囲気。私は必要とされていないと考えるのに充分な光景だった。この家に居たくない。



 私が部屋に戻った後、暫くして話し合いを終えたのかルーカス様が私の部屋をノックして声を掛けようとしていたようだが、私は無視を決め込んだので諦めて家族の元へ向かったようだ。


… あんな男もう会いたくもないわ。


1人の侍女が夜遅くにそっと私を心配して来てくれたのが少し嬉しかった。

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