第5話 潤子

下校時刻がとっくに過ぎた教室で、勢いよく突っ走ってきた、和弘と葉呂。

息が上がっている。


「な…何?稲木君…」

「神田…あいつの事好きなんだろ?」

「!……え…あいつって?もしかして潤子ちゃん?それは、好きだよ。友達だもん」

「ちげーよな?」

「え?」

「好きなんだろ?」



「はあ!?何言ってんの?もう!友達だよ、友達!」



葉呂はばれてしまった事に、焦り、冷や汗がおでこに溜まった。


「色々聞いた!小学校の時の事」

「何を!?」

「片桐が河野って奴を好きで、神田もそうだったって」

「そうだよ?私は…河野君の事、好き…だったよ?そりゃ、潤子ちゃんには悪いけど、好きになる人が重なる事なんてきっとたくさんあると思う!」

「葉呂が見てたのは…片桐だろ?その視線の先に河野って奴がいただけだろう?」

「もう!やめてよ!潤子ちゃんとは、本当にただの友達なの!もう!早く玄関行かなきゃ!」

「待てよ!」

余りのしつこさに、葉呂は、つい自分を見失った。

「稲木君が何を言いたいのか、もうわかってるから!気持ち悪いって思ったんでしょ?変態って言いたいんでしょ?

稲木君が潤子ちゃんの事、好きだから、もう友達辞めろって言いたいんでしょう!?」

真っ赤な頬で次々が鳴り声で暴れ、泣きじゃくる葉呂。

「んな事言ってねぇだろ!」

「じゃあ何!?もう潤子ちゃんの傍に近寄らなければ良いの!?」

「落ち着け!葉呂!!泣くな!!」

葉呂は膝から崩れ落ちた。



しばしの沈黙の後、

「なんで…ほおっといてくれなかったの?私、友達以上なんて要らないのに…」

「俺は苦しかった」

「…?」

「半年間、片桐に葉呂をあわせないように、色々サイテーな事してた。今どこにいるとか、知ってたけど、片桐に何度聞かれても、”知らない”で遠ざけてた。ごめん」

「…なんで?」

「葉呂がバレー部に入るの知って、俺もバレー部にしたり、片桐と一緒に帰れそうなときは、一緒に自主練、誘ったろ?」

「何言ってるの?」

「俺は葉呂が好きだ」




「へ…?」




一秒もかからないくらいのスピードだったかも知れない。


突然の告白に、葉呂の土砂降りの涙が、ぴたっと止まった。




「……え……」

「葉呂…自分でも気づいてなかっただろ?昼休みに、屋上行く前、ずっと遠くの一組、片桐の事探してたんだろ。もう…抑えられそうにないんだろ?」

(そう…だった…?)

花音に始まり、大失敗して、その瞬間から女の子に恋をしてはいけないと、それでも、潤子に恋焦がれてしまっている。

溢れないように、分からないように、静かに、苦しくても、悲しくても、どんなにやりきれない気持ちが自分の中に渦巻いても、抑えなきゃ、抑えなきゃ…。いつ泣いてもおかしくなかった。

朝、目が覚めると、潤子の声が欲しくなる。潤子の寝顔を想像してしまう。小学校の時はただのツインテールだったけど、中学生になって、潤子は三つ編みのツインテールに変わって、

「可愛いね」

って三つ編みに嫉妬してしまう。普通のツインテールより、時間がかかるから、朝、潤子の髪を葉呂が三つ編みに編んであげたかった。

授業中、小学校を卒業した時、記念に、と潤子からもらった、

「こんなのでいいの?」

と言われたけれど、今や宝物のように、使えるのに使えず、丁寧に磨かれたシャーペンが筆箱からちらっと見えてしまう、それだけ。たったそれだけだ。

それだけで、我慢の限界まで、涙を堪える。


中学校に上がった時、一番遠くのクラスになれて、ほっとしたと同時に、すごく寂しかった。



そんな風に始まった中学校生活で、葉呂は、自分の中に、新しい何かが芽生えた気がした瞬間がった。それは…、


和弘が、ハンカチを拾ってくれて、と呼び捨てにされた時、何だかちょっと恥ずかしかったこと。

その後の頭をポンと撫でられた時のドキドキ感。

あの二つを味わった時、葉呂の心に何だかよくわかない、当然理解できない、感情が泣きそうになるくらい嬉しかった。


ずっと誰の事も怖くて、怯えて、普通になろうと、必死で潤子から距離を置いてた。そんな私に気付いてたんだ…。

葉呂は、真っ直ぐな和弘の瞳に、嘘はない。それだけは分かった。

「俺は、バイなんだよ…。でも、ずっと言えなかった。好きだって。だってさ、俺ずっと男と女関係なく好きになるから、葉呂より俺の方がよっぽど変態だと思う…」

「…」

無言の理解だった。

イヤ、本当に理解したのは自分の正体だった。

「男と手つないだりしてたし、ストレートのふりして、それに味締めて、好きな男に抱き着いたり、かと思えばめっちゃ可愛い子好きなったり…葉呂見て、すぐわかったんだ。見てたんだよ、葉呂の事」


そうだ。そうだったんだ。和弘は、自分の匂いと同じ匂いのする葉呂に気が付いていたんだ。




しかし、葉呂は、遠くに、でも暗闇を照らしてくれる、存在、それが潤子だった。


和弘に告白されて、改めて思った。


クラスメイトには緊張し続けていた。いつ、何が、何を、暴いてしまうだろう。

誰が、誰を、この気持ちに気付くか、それを、潤子にばらさないか…。


その瞬間、ぶわーっと胸にこみ上げたのは、潤子だった。

好きなのは、やっぱり潤子だ。潤子がこんな時ほど、時すらやっぱり、好き。

大好きなんだ…。


「ごめん、稲木君…私は…どうしても潤子ちゃんが好き。稲木君は良い人だと思う。でも、それはとは違う…」


葉呂は、和弘に軽く頭を下げると、反対方向に、玄関へトボトボ歩いた。


自分を置いてゆく葉呂に、自分が潤子と葉呂の邪魔をしてきたことは間違いない。それを責めないと言う他、何も出来なかった。


潤子にすら、謝りたかった。


潤子、貴方は、潤子だ。

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