第4話 愛おしい人

「ん…え!?」

葉呂が目を覚ました時、予想だにしない映像がそこにあった。

「い…!稲木君!?」

椅子に座って、ベッドの葉呂の頭付近に和弘の頭が、多分寝ている。


「い、稲木…君?」

「ん!?あ、良かった。葉呂いきなり倒れんだもん。ビビった!」

?)

和弘の名前呼びに、葉呂は少し困惑した。

「ほら、稲木君、もうあなたは授業に戻りなさい!」

保健室の先生が、和弘を教室に戻るように、たしなめた。

「神田さん、大丈夫?貧血だと思うから、どうする?今日は早退する?」

(早退!?)

「あ、いえ。もう全然大丈夫なので、教室に戻ります」

「そう?でも、無理しないようにね」

「あ、はい」

「良いのか?葉呂早退しなくて」


「…うん。早退したら、カラオケ…行けなくなっちゃうから」

「やっぱそれか」

「え?」

「そん中に好きな奴とかいんの?」

「い…いないけど…?」


その時、葉呂は焦った。

幼稚園の時のように、また「レズ」として周りの人たちを不快にしてしまう。

潤子ともこれが知られたら、こんなに好きなのに、絶対引き離される。

嫌だ…。

もう…気持ち悪いとか、普通じゃないとか、変態じゃん!とか潤子には言われたくない。思ってもらいたくない。

憐れみを受けたくない。もう自分自身にたっぷり憐れみを浴びた。


「なぁ、葉呂、、片桐となんかあんの?」

(やばい!!)

「なんだ、そんな事?同じ小学校でクラスメイトだっただけだよ?」


必死で平静を装った。


「ふーん…ま、いいか」

「何?そのリアクション。なんか変?」

何とか笑顔で平気な振りをする葉呂。


「そうだな。早く戻るか!」

和弘は、そう言うと、葉呂の手を握り、渡廊下を走りだした。

葉呂は、今までにないほど、胸が、心が、ドキドキした。

花音が自分に取った態度より、まだ本当の葉呂の抱いている気持ちに気付かない潤子より、涙がこぼれそうになった。


(何?これ…)


男の子に、恋愛感情を抱いたことなど一度もない。

顔が整ってるな、背が高いな、足が長いな、頭がいいな、よく食べるな…。

葉呂が男子のどこを見ているのか、それは、外見だけだった。

どんなにモテる人にも興味は全く持たなかった。


なのに、和弘は何か普通じゃない。

この人には、もしかして、通じるんじゃないか…。

走ったが、教室に入る前に授業は終わっていた。


繋がれた手を、教室からみんなが出てくる前に、葉呂はそっと手を解いた。

「ごめんな…」

そっと和弘が呟いた。

「え?何?」



「おいおい!なんで和まで保健室行ったんだよ!」

「眠かったから」

「本当に?怪しいなぁ」

和弘の友達が、思春期満載で二人をからかい始めた。

「俺は良いけど、神田に変な事言うなよ」

葉呂の目から見ても、和弘は、いつも大声で笑って、友達とわいわいしてるイメージしかなかった。



自分でも不思議なくらい和弘を目で追いかけてしまった。


「葉呂ちゃん!一緒に帰ろう?今日顧問の佐藤先生休みでしょ?

?」

和弘を目で追うのを一瞬にして破棄した。なぜって、教室の前のドアから誰より好きな人が一緒に帰ってくれると言う。

半年、葉呂は、家の近い潤子の”一緒に帰ろう”を避けるために、一番終わるのが遅バレーボール部に入った。

かいあって、この三ヶ月、自主練してまで、一緒に帰らないようにしたら、潤子も待ちきれず、葉呂より先に下校した。


ドラマや、映画でよく見るような、女の子同士で手をつないでいる場面は少なくはない。


けど、葉呂は、幼稚園の時の記憶がトラウマになり、と潤子の手を握る事が出来なかった。


何より、拒まれた時からはカラオケのタンバリン役オンリーでさえ参加できない。


(良いんだ。何も要らない。潤子ちゃんとは…花音ちゃんの時のような失敗したくない。だって私なんだもん…。潤子ちゃんはたまに会える、だから。もうそれ以上は求めない。もう期待しない。苦しいだけだもん…)



いつの間にか、潤子と玄関に居た。

「葉呂ちゃんと遊ぶの久しぶりだね!なんでおんなじクラスじゃなかったのかな?葉呂ちゃんといると楽しから、おんなじクラスになれたら良かったのになぁ」

「そう…だよね!まさか一番遠いクラスになっちゃうなんてね」

嘘の笑顔で潤子の話を追いかける葉呂。その時…、


「片桐、悪い葉呂と一緒に自主練するって葉呂に言っといたのに、こいつ忘れてる。カラオケ、片桐たちだけで行って」

「は?な…」

葉呂の口を縫って、無理矢理元いた教室に葉呂を連れて潤子から引き離した。

「稲木君!?葉呂ちゃん!?」

余りに強引な行動に、潤子も腹が立った。

しかし、無理して追いかけられない事情が潤子にもあった。


教室に向かう途中、葉呂は涙を止められなかった。

誘われた時こそ嬉しくて…、けれど、いざ行こうとすると、カラオケの途中で涙を堪えられるか、自問自答した結果、多分、潤子の細くて、多少危うい音程の取り方、でも女の子らしい声を、数分聴いたら、それだけで部屋を飛び出す自分が余裕で把握できたから。


私は…何がいけなかったのだろう?


潤子が、愛しい。


そう思うのは、許されない事なのか…。


葉呂は、が何より、じゃない、気がしてならなかった。

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