第3話 食べちゃえる
心が少しほっとした。
中学生になって、潤子と一番遠いクラスになった。
あのツインテールの後れ毛まで葉呂の心は欲しがっている。
きっと食べちゃえる。
その新しいクラスに、明らかに他の生徒から注目される男子が居た。
女子達はもう入学式から目を輝かせ、同じクラスになったと言うだけで、もう彼女になったような目をしている。
(バカみたい…私は告白はおろか、そう言う顔も出来ないんだから…)
葉呂は心の中で毒づいた。
すると、一人の女子が葉呂に静かに耳打ちした。小学生の同級生だった。
「ねぇ、
「あ…うん…そう…かな?」
「あー!葉呂ちゃん潤子ちゃんに嫉妬?恰好いいもんね。稲木君」
自分の置かれている状況で、笑ってその話題に触れる事は出来なかった。
「ごめん、
「あ、うん」
お手洗いから教室でへ戻ろうとして、ポケットに入れたハンカチを葉呂はちょっとどじった。
「おい!」
それが、自分に対して放たれた言葉とはおもわず、教室へまっしぐらの葉呂。
「おい!神田!神田葉呂!」
自分の名前をフルネームで呼ばれると、さすがに葉呂も振り返った。
「ほら、このハンカチ、神田のだろ?」
「え…私ちゃんとポケットの中に…あ…」
「だろ?」
そのハンカチは間違いなく葉呂のものだった。
「あ、ありがと」
「じゃあ、教室戻ろうぜ”!」
「あ…うん」
(稲木君て結構優しいんだな…)
と、好きか嫌いかで、絶対どちらかを選べと言われたら、稲木は嫌いではなかった。つまり、二択だったとしたら、《好き》という事になる。
そして、最後のパンチ。
「ほい!早く!」
と言いながら、稲木は、ポン…と葉呂の頭を撫でた。
(え?今の何?)
何だか、びっくりするくらい、胸が高鳴った。
授業中、葉呂の中に今まで感じた事の無い、何かが、ずーっと熱の冷めない、何かが、葉呂を締め付けていた。
入学から、半年が経ち、一番離れた教室に、一番愛おしい人が葉呂の名前を呼んだ。
「葉呂ちゃん!久しぶり!」
「!じゅ…潤子ちゃん…ひ、久しぶり…」
教室の中であからさまに声が裏返った。
「ねぇ、今日一組の子達と初めてのカラオケ行こうって言うんだけど、葉呂ちゃんも行かない?」
(行きたい!潤子ちゃんの歌声聴けるないんて、最高じゃん!)
葉呂の体中鳥肌が立つ。
「い…行こうかな…」
「ほんと?じゃあ、いったん家に帰ってみんな六時にハピネスで!」
「うん」
久々の潤子の顔と声に、葉呂は心がぎゅっとした。本当に小学生の時芽生えた女の子なのに、女の子が好き…が、三ヶ月の間、葉呂には地獄のような時間だったようでもあり、何とか普通を送れるようになった時間でもあった。
胸がざわつく。
心が痛い。
泣きそうになる。
何とか涙と、はみだした自分を抑え、手を振ってから、靴の音を廊下に弾けさせながら、消えて行く潤子に震えた手を振って、意識が遠くなった。
「葉呂ちゃん!?」
その声が教室の窓側にクラスメイトを呼んだ。
葉呂が突然、倒れたのだ。
クラスメイトが体をゆすったり、声をかけたりしたが、葉呂は起きない。
すると、みんなの視線が、同じ螺旋を描いたのだ。
葉呂の体が浮かび上がり、くるりと宙を泳いだ。
和弘がお姫様抱っこで葉呂を抱き上げ、クラスがあっけにとられている中、保健室へと走った。
保健室まで抱きかかえられている間、葉呂は口に出してはいけないと押さえ続けていた想いが、口かぽろっと零れた。
目じりから線を引くように、まるで虹かと思うほど奇麗な涙が出ると同時に、
「…潤…子ちゃん…」
「!」
なぜ、葉呂の口から潤子の名前がこぼれたのか、和弘はなぜか、その理由が分かった気がした。
「葉呂、ごめん…俺…邪魔しか出来ないわ」
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