第3話 食べちゃえる

心が少しほっとした。

中学生になって、潤子と一番遠いクラスになった。

あのツインテールの後れ毛まで葉呂の心は欲しがっている。

きっと食べちゃえる。


その新しいクラスに、明らかに他の生徒から注目される男子が居た。稲木和弘いなきかずひろは身長は百八十センチ、顔もという表現が一番似合う。

女子達はもう入学式から目を輝かせ、同じクラスになったと言うだけで、もう彼女になったような目をしている。


(バカみたい…私は告白はおろか、そう言う顔も出来ないんだから…)


葉呂は心の中で毒づいた。

すると、一人の女子が葉呂に静かに耳打ちした。小学生の同級生だった。

「ねぇ、稲木いなき君、なんか一組の潤子ちゃんとお似合いだよね。美男美女てやつ?どう思う?」

「あ…うん…そう…かな?」

「あー!葉呂ちゃん潤子ちゃんに嫉妬?恰好いいもんね。稲木君」


自分の置かれている状況で、笑ってその話題に触れる事は出来なかった。

「ごめん、真梨まりちゃん、私お手洗いいってくるね」

「あ、うん」



お手洗いから教室でへ戻ろうとして、ポケットに入れたハンカチを葉呂はちょっとどじった。


「おい!」


それが、自分に対して放たれた言葉とはおもわず、教室へまっしぐらの葉呂。


「おい!神田!神田葉呂!」


自分の名前をフルネームで呼ばれると、さすがに葉呂も振り返った。

「ほら、このハンカチ、神田のだろ?」

「え…私ちゃんとポケットの中に…あ…」

「だろ?」

そのハンカチは間違いなく葉呂のものだった。

「あ、ありがと」


「じゃあ、教室戻ろうぜ”!」

「あ…うん」

(稲木君て結構優しいんだな…)

と、好きか嫌いかで、絶対どちらかを選べと言われたら、稲木は嫌いではなかった。つまり、二択だったとしたら、《好き》という事になる。

そして、最後のパンチ。


「ほい!早く!」

と言いながら、稲木は、ポン…と葉呂の頭を撫でた。


(え?今の何?)

何だか、びっくりするくらい、胸が高鳴った。


授業中、葉呂の中に今まで感じた事の無い、何かが、ずーっと熱の冷めない、何かが、葉呂を締め付けていた。



入学から、半年が経ち、一番離れた教室に、一番愛おしい人が葉呂の名前を呼んだ。


「葉呂ちゃん!久しぶり!」

「!じゅ…潤子ちゃん…ひ、久しぶり…」

教室の中であからさまに声が裏返った。

「ねぇ、今日一組の子達と初めてのカラオケ行こうって言うんだけど、葉呂ちゃんも行かない?」

(行きたい!潤子ちゃんの歌声聴けるないんて、最高じゃん!)

葉呂の体中鳥肌が立つ。


「い…行こうかな…」

「ほんと?じゃあ、いったん家に帰ってみんな六時にハピネスで!」

「うん」

久々の潤子の顔と声に、葉呂は心がぎゅっとした。本当に小学生の時芽生えた女の子なのに、女の子が好き…が、三ヶ月の間、葉呂には地獄のような時間だったようでもあり、何とか普通を送れるようになった時間でもあった。


胸がざわつく。


心が痛い。


泣きそうになる。


何とか涙と、自分を抑え、手を振ってから、靴の音を廊下に弾けさせながら、消えて行く潤子に震えた手を振って、意識が遠くなった。


「葉呂ちゃん!?」


その声が教室の窓側にクラスメイトを呼んだ。


葉呂が突然、倒れたのだ。


クラスメイトが体をゆすったり、声をかけたりしたが、葉呂は起きない。

すると、みんなの視線が、同じ螺旋を描いたのだ。

葉呂の体が浮かび上がり、くるりと宙を泳いだ。


和弘がお姫様抱っこで葉呂を抱き上げ、クラスがあっけにとられている中、保健室へと走った。



保健室まで抱きかかえられている間、葉呂は口に出してはいけないと押さえ続けていた想いが、口かぽろっと零れた。

目じりから線を引くように、まるで虹かと思うほど奇麗な涙が出ると同時に、


「…潤…子ちゃん…」


「!」


なぜ、葉呂の口から潤子の名前がこぼれたのか、和弘はなぜか、その理由が分かった気がした。


「葉呂、ごめん…俺…邪魔しか出来ないわ」

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