第38話 撤退戦開幕の合図

 ヴァンダルが戻るまでの間、ディオール王国の遠征部隊を足止めるナキ達は、ナキの魔法の影響で生えた魔法植物、雷の実を上手く使用しながら遠征部隊の歩みを遅らせていた。


 ナキとクルークハイトが各進行ルートに罠を仕掛けている間に村の住人達が作った即席の投石器で石つぶてを投げ、雷の実を故意に爆発させていく。


「キャアッ! またバクハツしたわ!」


「なんでこうなんだもバクハツするんだよ!」


「もうヤダ〜」


 離れているにも関わらず雷の実が爆ぜ、ため込まれていた雷の魔力マナが放電され自分達に襲ってくる恐怖に襲われ、由麻達は精神的に参っていた。

 そんな様子をナキ達は離れたと事から観察していた。 


「良し良し、精神的にダメージを受けてるみたいだな」


「いや、まだ油断できない。

 大海たいかいの森にある俺達の村を安全に見つけるなんて簡単じゃない、それを解明しないと万が一逃げる事になったらコッチが不利だ」


「ナキ、何か心当たりはない?」


「おくそくになるけど一つだけ。

 あそこにいる白い宝石が着いてる杖を持った奴がいるの分かるか?

 和樹って呼ばれる奴なんだけど、確かアイツの適正職業がサモナーだ」


召喚士サモナーって何?」


「他の場所からショウカンジュウって形でマモノ、場合によってはセイレイを呼び出す奴だよ。

 多分だけどテイサツ向きのショウカンジュウを呼び出して、村を探し当てた可能性が高い」


 そう言いながらナキはディオール王国の遠征部隊を注意深く観察し、クルークハイト達に分かるよう和樹と呼んだ元同級生を指さした。

 由麻と静同様に杖を持った少年の姿があり、クルークハイト達はその少年が召喚士だとすぐ理解できた。


「って事は、真っ先にあの子を捕まえた方が良いって事かな?」


「確かにそうだけど、それより先にリーダー格を抑えた方が良い」


「隊長って呼ばれた騎士の事だな?」


「元々俺達は戦いとむえんの日常を送ってたんだ、的確に指示を出してくれる存在がいなくなれば、一気に連携がくずせる筈」


「戦いと無縁って、それナキがいえた事か?」


 ナキの身体能力と賢さを知ってるクルークハイトからすれば、今の台詞はナキが言えた事ではないように思えたが、ナキが言った通り司令塔は押さえるべきだとは思った。


「隊長を押さえた後、気を付けた方が良い事は?」


「次に押さえるべきはアイツらを守ってる騎士達なんだろうけど、サモナーを押さえた方が良いかも。

 テンパって何を呼び出すか予測できない」


「ブラッディベアみたいな魔物を呼び出されたりしたら、確かに厄介だな」


 隊長を無力化した事で指揮系統が乱れたとしても、召喚士である和樹を混乱した拍子に何を呼び出すかわからないため次にどう動くかが問題になった。

 召喚士が呼び出せる対象が個人で違うのか知らないため、どうするべきか悩んでいると他の侵攻ルートに待機していた下級精霊達が定時報告でやってきた。


《ナキ〜、北ルートのセイアツ、完了したよ〜》


《北東の方もみんなでフォローしてるから、もうちょっとでセイアツできるっぽい!》


「本当か⁉」


「どうしたんだナキ? 精霊達はなんて?」


「北の侵攻ルートの制圧成功したって!

 北東の方ももう少ししたら制圧できるらしい!」


 下級精霊達から残りの進行ルートの様子を聞いたナキは、自分が思った以上に事が進んでいる事に驚きながらもこの事をクルークハイト達に報告した。


「マジか、北の方はプルプル達なら間違いないけど、北東は想定外だよ」


「このまま行けば、ヴァンダルさん達が戻ってくる前に勝てるかも?」


「いや、そうやってゆだんするのは良くない。

 セイレイたちにスキルを封じてもらう予定とはいえ、ちゃんとした方法を知らないんだ。

 ちゃんと知識ある人にいてもらわないと後々面倒だ」


「ナキ君は知らないの?」


「基本的にコウゲキ系とホジョ系のマホウを練習してディオールでぶっ放そうと考えてたらか、スキルを封じるマホウとかまでは考えてなかったんだ」


「間違いなく死人が出るからここで足止めされてくれて良かった!」


 ナキがディオール王国に到着したら問答無用で攻撃系の魔法を発動しようとしていた事を聞き、且つナキの魔法の威力を知っていたクルークハイトはナキが急性魔力マナ過多症を発症し足止めされた事に酷く安堵した。


 あと一歩及ばなかったとはいえ、百合リリー畑の地形を劇的に変え災害級であるブラッディ・ベアを瀕死に追いやったエンシェント・レビン古代の雷の威力を考えれば、安心せずにはいられなかった。

 そうやって話している内に投石器で雷の実を刺激していたイーサンから声がかかった。


「マズいぞ、敵がもうすぐ群生地帯を抜ける!」


「雷の実も少なくなって来てるよ」


「住人の避難はどうなってる⁉」


「皆、住人のひなんはどうなった?」


《みんなドウクツにひなんしたよ〜。

 他のセイレイ達もたくさん付いてるから、見つかっちゃってもすぐにげられるよ》


《北のルートをセイアツしたスライム達もふたてにわかれて、ドウクツのごえいにむかってるの!》


 下級精霊達から避難状況を聞いたナキは、この場にいるメンバー全員に声をかけた。


「皆、ちょっと集まってくれ!

 イーサン、悪いけどそのまま見張りを頼む!」


「わかった!」


 遠征部隊の動向を監視するイーサン以外のメンバーが集まると、ナキは次の段階フェーズについて説明した。


「敵はもうすぐ雷の実の群生地帯を抜ける。

 皆、俺が渡したつぶては持ってるな?」


「村を出る前に渡してくれたコレの事だな?」


 ナキに確認を取りながら、全員が魔法陣が刻まれた石礫が入った袋を手に取る。

 袋の大きさから子供サイズの拳ほどの大きさの石礫が十二個ずつ入っているようだ。


「クルークハイトはスパーク放電、アネーロはフリーズ氷結、アミはパラライズ麻痺、ローロはバインド束縛で皆効果が違うんだよな?」


「大丈夫、十二個全部袋に入ってるよ」


「俺達がコイツを使ってアイツらを足止めするんだよな?」


「正確には雷の実の群生地帯を抜けたシュンカン、全部使わずだ。

 そこから先は罠を仕掛けてないから、障害なく一気に進まれちまう。

 かといってここでツブテを使い切ったらほぼ全員丸腰状態で危険だ、敵の進行を遅らせつつ俺達自身が村に逃げる必要がある」


 ナキは遠征部隊が雷の実の群生地帯を抜けられた時の対策として、足止めをしながら自分達も村に逃げるという作戦を考えた。

 ナキが上級以上の魔法を使えば一気に解決するのだろうが、そうなると周りへの被害がどれだけのものになるかわからない。


 何より遠征部隊の生き残りがディオール王国に逃げ帰り、自分達の居場所と戦力を知られてしまう可能性がる。

 そうなると増援を呼ばれてしまい、逆に自分達だけでは対処できなくなる事を恐れたのだ。


「魔法が使えるナキとシャーロットが基本的に攻撃するから、皆は残数に気をつけながらタイミングを見て石礫を投げる。

 この中で一番足が速いクライムは村まで戻って大人達にこの情報を伝える、良いな?」


「少しでも早くつけるように〝アクセル・ブースト加速強化〟掛けておくぞ?

 〝アクセル・ブースト〟」


 ナキは村への情報伝達係となっているクライムに、〝アクセル・ブースト〟を付与する。

 〝アクセル・ブースト〟を付与されたクライムは、足がいつもよりも動かしやすいように感じた。


「おぉ? めちゃくちゃ動かしやすい!」


「こんな時に調子に乗らない!

 ナキ、悪いんだけど心配だから防御力を上げる魔法も掛けてもらって良いか?」


「アネーロの言う通りだな、〝フィジカル・ガード身体防御〟」


「え、俺なんか心配されるような事ないだろう?」


「皆、もうすぐ敵が群生地帯を抜けるぞ!」


 ナキとアネーロに心配され信頼されていないとクライムがショックを受けていると、遠征部隊の進行具合を監視していたイーサンが雷の実の群生地帯を抜けそうだという報告をした。

 イーサンの報告を受けたナキ達は、所定位置につく。


「群生地帯を抜けたシュンカン、俺がマホウでコウゲキしたらクライムはそのまま村まで走ってくれ。

 イーサンはシャーロットの、ノルンはアミとローロのゴエイ、頼んだぞ?」


「言われなくてもわかってるさ!」


《ノルンもトックンのセイカをみせるときがきたよ!》


《見せないとプルプルにしかられちゃうもんね》


《そんなコワイこといわないでカノン〜》


 イーサンは他のメンバーと違い、剣と盾を構えシャーロットの隣に立つ。

 ノルンもアミとローロの足元につきながら張り切るが、カノンに指摘されてプルプルに対する恐怖から涙目になっていた。


「皆、準備は良いか?」


「うん!」


「任せて!」


「ちょっと待ってくれ、〝無よ、礫となりて敵を撃て。ナッシング・ショット無の小球〟。

 良し、準備完了だ」


 ナキはナッシング・ショットの詠唱を唱え、二〇近くの見えない魔球を作り出した。

 石礫を持っているメンバーも、いつでも攻撃できるように投石器に石礫を設置した状態で構える。


 一方で待ち伏せされているとは思ってもいない遠征部隊と元同級生達は、雷の実の群生地帯の出口が見えて来た事に安堵していた。


「隊長、此処から先は雷の実の低木は生えていないようです」


「やっと群生地帯の終りが見えたか。

 皆様、此処から先は雷の実が爆ぜる心配はございません、安心して進みましょう」


「やっとだぁ〜」


「やっと安心して進められるわね」


「けっこう人数が減っちゃったけど、大丈夫だよな?」


 雷の実の群生地帯を抜けられると聞いた元同級生達は安堵するが、抜けるまでの間に自分達を守っていた騎士達が減ってしまった事に不安を覚えていた。

 最初は三〇人近くいたのが今では十三人までしかいない。

 魔法士ソーサラー二人と隊長が脱落していないだけ、救いに感じていた。


「この先をまっすぐ進めば、獣人ビースト共が潜んでいる住処があります。

 そろそろ他の班も付いている頃でしょうから、一刻も早く遅れを取り戻しましょう」


「面倒くさいけど、バクハツしないならなんでも良いや」


「早く帰りたいしね」


 遠征部隊は遅れを取り戻そうと元同級生達を急かし、そのまま雷の実の群生地帯を抜ける。


(最後尾が抜けた、うち込むならココだ!)


 そして遠征部隊の最後尾が群生地帯を抜けきった直後に、ナキはここぞとばかりに魔球を発射する。

 ナッシング・ショットは目に見えない魔球であるため、遠征部隊と元同級生達は気づく事ができず、そのまま魔球を受けた。


「ぐわぁーっ!」


「ぎゃあーっ!」


「キャーッ! 何? 何ぃ⁉」


「俺に言われてもわからないよ!」


「急に回りがバクハツした! なんで⁉」


 目に見えない攻撃はかなり有効だったらしく、攻撃を受けた遠征部隊と元同級生達は何もない所で爆発が起こったと混乱し、統率がほぼ取れない状況になった。


「今だクライム!」


「良し来たぁ!」


 当初の予定通りフィジカル・ブーストとフィジカル・ガードを掛けられたクライムが村へと走り出すが、その様子をまだ比較的に余裕がある騎士に見られてしまった。


「隊長、あそこに獣人の子供が!」


「さっきのはアイツの仕業か!

 魔法であの獣人の子供を攻撃しろ!」


「〝風よ、やじりとなりて……〟」


「〝炎よ、礫となりて……〟」


「あの魔法士達、クライムに向かって魔法を使う気か⁉」


「させるか! 〝サンダーボルト落雷〟!」


 遠征部隊の魔法士達がクライムを攻撃しようとしている姿を目の当たりにしたナキは、すぐさま魔法使い達に向けて〝サンダーボルト〟を発動。

 何処からともなく二本の落雷が魔法士達の真上に落ち、感電した魔法使い達はその場で倒れ伏した。


「ねぇアレ死んでないよね⁉」


「結構マナは込めたけどマホウ耐性がアレば気絶しただけの筈だから心配ない!」


「でも魔法士二人が倒れたならチャンスだ!

 ローロ、礫を投げるんだ!」


「わかったわ! これでも喰らいなさい!」


 ナキのサンダーボルトで倒れ伏した魔法士を見たアネーロは、チャンスとばかりにバインドの石礫を持つローロに指示を出す。

 ローロもすぐさま石礫を投げ、石礫が魔法士の一人に直撃すると同時にバインドの魔法陣が起動し、灰色の鎖が魔法使い達を拘束した。


「やったわ! 成功よ!」


「やったね、ローロちゃん♪」


「ユダンするな、手練れ二人を倒しただけでマホウを使える奴は残ってる!」

「今度は何、今度は何⁉」


「あそこの茂みに何かいるぞ!」


「〝大地よ、鏃となりて敵を射抜け。アース・アロー大地の矢〟!」


 ナキが全員に警告すると同時に遠征部隊の騎士の一人がナキ達が隠れている茂みを指差し、魔法を使用できる騎士がアース・アローを発動させ茂み目掛けて土の魔矢数発を発射する。

 その内の一つはシャーロットに向かっていた。


「シャーロット危ない!」


「ひうっ!」


 既のところでイーサンがシャーロットの前に立ち、飛んできた土の魔矢を盾で弾き、シャーロットは無事だった。

 残りの土の魔矢もナキ達に当たる事はなかったが、完全に居場所はバレてしまった。


「もうこの茂みは危険だ、ココから出よう!」


「クライムはどうなった⁉」


《ぶじに村の方へむかったよ、ほかの子たちも何人かついて行ったからダイジョウブ!》


 クライムが無事に村まで走っていった事をカノンから聞いたナキは、その場にいた全員にフィジカル・ガードを掛けた。


「茂みを出たら応戦しよう!」


「それだったら足止めしながら、村まで撤退するのが良いんじゃないか?」


「飛び出すタイミングはどうするの⁉」


「クルークハイトのツブテ、ピカッてなるの使えないかな?」


「直接当てるんじゃなくて目潰しか、悪くないかも」


「でも数が限られてるよ、ナキ君にお願いした方が良いんじゃないかな?」


「アミの言う通りだ、礫の方はいざって時まで取っておいて欲しい」


 短い時間の中、それぞれの意見を出しながらどう動くかを必死に決めていく。

 それに伴い移動中の立ち位置も決めていく。

 

「俺がシンガリするから、クルークハイト達は先に進んで!

 皆は先頭の方から何か来たらすぐ俺に知らせてくれ!」


《いいよーっ》


《てきがきたらやっちゃっていい?》


「構わん、やっちまえ!」


「せめて死なない程度に加減してやれよ⁉」


 自らが殿しんがりを勤め、精霊達に前衛を任せ遠征部隊を足止めしながら村まで避難する態勢に入り始めるナキ。

 下級精霊達に過激な許可を許しているナキの様子から、すかさずクルークハイトが死なせないように注意していたが、装甲している内に遠征部隊とも元同級生達がナキ達がいる茂みに近付いてくる。


「ナキが魔法を発動させたら、俺達も村へ走るぞ!」


「全員、目をふさいでろ! 〝スパーク〟!」


 クルークハイト達に目を塞いでおくよう警告し、ナキは遠征部隊と元同級生にギリギリ当たらない距離に〝スパーク〟を発動させる。

 〝スパーク〟の強烈な光を目の当たりにした遠征部隊と元同級生達はまともに閃光を見てしまい、更に困惑した。 

 目潰しが成功した事を確認したナキ達は、意を決して隠れていた茂みから飛び出した。




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