第29話 脱することが出来た窮地

 これまで培ってきた魔法の知識と自分の憶測だけを頼りに、エンシェント・レビン古代の稲妻を拘束したブラッディ・ベア目掛けて発動したナキ。

 至近距離でエンシェント・レビンを発動したため、百合リリー畑に轟音が響き渡り砂埃が激しく待った。


「うわっ!」


「うわぁーっ⁉」


 その激しさから発動した本人であるナキはその場からふっ飛ばされ、クルークハイトを守る何重にも張り巡らされナキの魔力マナが込められたアイス・ウォール氷の壁が次々と砕けていく。


 砂埃が落ち着いた頃には、美しく咲き誇っていた百合畑は見るも無惨な姿に変わり果てていた。

 全て砕けながらもアイス・ウォールが壁としての役割を果たした事で無傷だったクルークハイトは、恐る恐る頭を上げ、周囲の変貌に愕然とした。


「……えっ? ここ、同じ百合畑⁇

 さっきまでと全然違いすぎるよ……」


 エンシェント・レビンによる一撃で変貌した百合畑を目の当たりにしたクルークハイトは、どう言葉で表したら良いのか分からなかった。

 かなり危険とは聞かされていたが、ここまでとは聞かされていないと考えた時、ある事に気付いた。


「あれ? そういえばナキは⁉」


 先程からナキの姿が見当たらない事に気付いたクルークハイトは、すぐに辺りを見渡してナキを探し始めた。

 ブラッディ・ベアを閉じ込めるために張り巡らされていたアイス・ウォール、サンダー・ウォール雷の壁ウィンド・ウォール風の壁は、エンシェント・レビンの爆風で消失していた。


 三つの壁が消失しているのを見たクルークハイトは、ナキが百合畑の外にふっ飛ばされたのではと思い、百合畑の外に向かってナキの名前を呼んだ。


「ナキーッ! 何処だーっ⁉ いたら返事をしてくれーっ!

 ナキーッ!」


 無事である事を祈りながら、名前を呼びながらナキの姿を探すクルークハイト。

 すると、近くからナキの呻き超えが聞こえてきた。

 それに気付いたクルークハイトは聞こえて来た方向に目を向け、ナキの姿を探す。


 そして視線の先に、うつ伏せの状態で倒木の下敷きになっているナキの姿を見つけた。

 その光景に驚いたクルークハイトは、急いでナキのもとに駆け寄る。


「ナキ、ナキ! 大丈夫か⁉」


「う…ん……クルーク、ハイト?」


 クルークハイトに肩を揺さぶられ、意識を取り戻したナキは起き上がろうとしたが、倒木のせいで起き上がれない。

 起き上がれない事に驚いたナキは、何が起きているのかと困惑した。


「あっあれ? なんか背中に乗ってる??」


「乗ってるんじゃなくて、ナキが倒木に挟まってるんだよ!

 さっきの魔法で百合畑の外にふっ飛ばされたんだ!」


(そうか、エンシェント・レビンのバクフウに耐えきれずに吹っ飛んで、その途中で倒木にはさまったのか。

 さいあくバクフウではぐれて一人になる危険を考えると、運が良いのか悪いのか……)


 そんな事を他人事のように考えていると、クルークハイトが少し太めの木の棒を手に、ナキと倒木の隙間に差した。

 どうやら梃子の原理で倒木を退かそうと試みるようだ。


「せーのっ! うぎぎぎぎぎぎっ!」


「あんまムチャするな、いくら獣人ビーストでもこの大きさを子供が持ち上げるのはムリだ」


「なんでそんな他人事みたいに冷静なのさ?」


「こういうリフジンには慣れてるさ」


「どんな人生送ってきたんだよ……」


 そんな事を話しながら、クルークハイトは倒木を動かそうとする。

 しかし倒木はビクともせず、ナキが言ったように子供が動かすのは無理のようだ。


「ダメだぁ、全然動かない。

 ナキがこんな事になってるのに、なんで精霊は反応しないんだろう?」


「あ~、多分なんだけどエンシェント・レビンのバクフウで遠くに飛ばされたかも……」


「んなアホな……」


 精霊が動きを見せない事に疑問を抱いたクルークハイトだったが、ナキの仮説を聞いて困惑した。

 そんな時、ナキはエンシェント・レビンを発動するきっかけになったブラッディ・ベアの事を思い出した。


「おい待て、ブラッディ・ベアはどうなったんだ?

 確認する前にふっ飛ばされたから、息の根が止まったかわからないんだ」


「そういえば、俺も確認してないな。

 ちょっと確認してく、る……う、うわぁああっ!」


 クルークハイトが行動しようとナキに背を向けた瞬間、悲鳴を上げたのには理由があった。

 その理由は、生存確認ができていなかったブラッディ・ベアが二人の目の前に現れたからだ。


「ブラッディ・ベア⁉

 まさか、またエンシェント・レビンを外しちまったのか⁉」


「あ、でも、外してはないみたいだぞ?

 体が所々黒焦げになってる、ていうか気持ち悪いな⁉」


 またしてもエンシェント・レビンを外してしまったのかと思ったナキだったが、クルークハイトの証言で外してはいない事だけはわかった。

 その証拠に焦げている部分がいくつも存在し、中には直撃した衝撃で肉がえぐれた所もあり、骨が見えていた。


 顔面に至っては目が潰れていた左顔面側の骨が完全に露出しており、ダメージも大きかったようで這って移動するのがやっとのようだ。

 だがその見かけはまるでゾンビのようになっていたため、クルークハイトが言った通り気持ち悪いものだ。


「肉……肉……ク、喰ワセ、ロ……」


「アイツ、ここまで這って来たのかよ⁉」


「ゾンビみたいな見かけになってる、こんな所でホラーヨウソなんていらねぇよ!

 クルークハイト、ちょっとどいてろ。

 〝アイス・アロー氷の矢〟!」


 ナキはすぐさまアイス・アローを発動し、ブラッディ・ベアの眉間目掛けて氷の魔矢を放った。

 氷の魔矢はブラッディ・ベアの眉間に突き刺さったが、動きを止める気配はなかった。

 その様子を見たナキとクルークハイトは、これはマズいと思った。


「おい、これヤバくないか?

 ゆっくりだけど、確実にこっちに来てる!

 早く逃げないと! あぁでも倒木が……っ!」


「お前は先に逃げてろ!

(こうなったら一か八か風マホウでトウボクをどかすしか……)」


 風の魔法を発動させて一か八か倒木をどけようとするナキだったが、そこで思わぬ事が起きた。

 突然視界が歪み、まるで乗り物酔いにでもなったような感覚に襲われたのだ。

 その直後、自身に掛けていたブースト身体強化が解けたのを感じた。


(なんだこれ? 気持ち悪い……。

 まさかマナカイロが治りきってなかったのか?

 それかエンシェント・レビンを使ったのが原因か?

 どっちにしても、これじゃにげられない……!)


 急性魔力マナ過多症かたしょうを発症した時の感覚とは違うものの、魔力マナ回路が治り切っていない影響ではないかと疑うが、このままでは逃げられないという事だけはわかった。


「クルークハイト、本当に早くにげろ……」


「何言ってるんだ、どうしたんだ?

 さっきより顔色が悪いぞ⁉」


「久々にマホウを使ったからか、悪エイキョウが出たみたいだ。

 気分が悪くて、上手くマホウを発動できない。

 おまけにブーストもとけちまった……」


「嘘だろう⁉」


 気分が悪いせいで魔法をうまく発動できないと聞いたクルークハイトは、ナキと倒木の隙間に差し込んだ木の棒を掴み、倒木をもう一度梃子の原理で動かそうと試みる。


 だが与えられる負荷に耐えられなかったのか、倒木を動かす事なく折れてしまった。

 クルークハイトは倒木に背中をくっつける形で倒木を押し始めた。


「バカ! 何やってるんだ⁉」


「見ての通り倒木を動かそうとしてるんだよ!

 俺が逃げたらナキはブラッディ・ベアに食い殺されちゃうんだぞ⁉」


 そう指摘しながらクルークハイトは、ナキを下敷きにしている倒木を必死に退かそうとする。

 だが、どんなに力を込めても倒木が動く気配はなく、その間にもゆっくりと、けれども確実にブラッディ・ベアが迫ってくる。


「(まずいまずいまずいまずいまずい!

 どんどんブラッディ・ベアが近付いて来てる!)

 クルークハイトもう良い、倒木が動かないのはわかってるんだ、このまま同じ事やっても意味ねぇよ!」


「無意味でもやらなきゃいけない時があるんだよ!」


「こんな時にゴタクは良いから、俺の事は置いてけ!

 ムリにでもマホウを発動すればワンチャン助かるかもしれないし、置き去りにされるのは慣れてるから……」


 このままでは二人揃って食い殺されると悟ったナキは、何度もクルークハイトに一人で逃げるように促す。

 それでもクルークハイトは引かなかった。


「ダメだ、絶対に置いていけない」


「なんで、なんでそこまでして助けようとするんだよ……⁉」


「今の村ができるまでに、沢山の仲間が犠牲になったんだ。

 やっと平和に過ごせるようになって、また犠牲者が出るなんて嫌なんだよ……!」


 そう言いながらクルークハイトは倒木をどかそうとする事を止めない。

 そうこうしている内に、ブラッディ・ベアがすぐそこまで迫っていた。


「肉……肉……ニ……ク……」


「う〜、うーごーけぇーっ!」


(ブラッディ・ベアがもうこんな近くに、ダメだ、ヤられる……っ!)


 倒木が動く気配もない、クルークハイトが逃げる気配もない、もうダメだと思ったその時、ナキとクルークハイトの頭上を何かが通り過ぎた。

 そして二人の目の前に何かが現れる。


「えっ? えっ⁉」


「コイツは、あの時のリザードマン⁉」


 ナキとクルークハイトの眼の前に現れたのは、鉛色のリザードマンだった。

 クルークハイトは何が起きたのか理解できない様子だったが、ナキは鉛色のリザードマンの出現にブラッディ・ベア以上の焦りを見せた。


(なんで今コイツが出てくるんだよ⁉

 ただでさえブラッディ・ベアがいるってのに!)


 以前遭遇した時、目の前にいる鉛色のリザードマンがブラッディ・ベア以上の災害級である事を理解していたため、この展開は完全に想定外だった。

 倒木の下敷きになっているというのもあるが、今のナキにはもう戦うだけの気力は残っていない。


「クルークハイト、下手に動くな!

 眼の前にいるコイツはさっき話してたリザードマンだ!」


「え゛っ! 眼の前にコイツがリザードマン⁉

 しかもブラッディ・ベアよりも強いっていう⁉」


 ナキから目の前に現れた魔物が岩場の隙間に隠れている時に話していたリザードマンだと聞いたクルークハイトは、鉛色のリザードマンの登場に困惑した。


 ブラッディ・ベアに追い詰められた状況で、ここで災害級の鉛色のリザードマンが出てくると誰が予想できただろう?


「ニ…ク…ニ…ク……トカ、ゲ、ジャ……マ……」


「あわわわわわわっ!」


(ヤバい、本当にヤられれる……!)


 万事休すかと思われた時、更に予想外の展開が起きた。

 鉛色のリザードマンは背後にいるナキとクルークハイトには目もくれず、目の前にいるブラッディ・ベアを尻尾で薙ぎ飛ばした。


 次の瞬間には、薙ぎ飛ばしたブラッディ・ベアに一気に接近し左手に持つ短刀ダガーで瞬時にブラッディ・ベアの頸を切り落としたのだ。

 そして切り落とされた頸はナキとクルークハイトの目の前に落ちた。


「ヒエッ! 頭がこっちに飛んできた!」


「あのリザードマン、一ゲキでクビを切り落としやがった……」


 自分達の方に飛んで来たブラッディ・ベアの頭に怯えるクルークハイトに対し、一撃でブラッディ・ベアの頸を切り落としたリザードマンに対して恐怖するナキ。


 ブラッディ・ベアを一撃で仕留めた鉛色のリザードマンは、短刀を剣帯にしまうとナキとクルークハイトの方を振り向き二人に近付き始めた。

 今度こそ自分達の番かと思ったが、そこでも予想外の展開になった。


 鉛色のリザードマンは二人に手を出す事はなく、ナキを下敷きにしている倒木の隙間に両手を差し込むと倒木を持ち上げ誰もいない方向に放り投げたのだ。


「……え? 倒木をどかした……?」


「(どういう事だ? 野生のマモノがこんな行動を取るなんてありえない。

 でも、トウボクをどかしただけで、おそって来る気配はない……)

 もしかして、俺達を助けてくれたのか?」


 倒木をどかしてから自分達の方を見るも、攻撃してくる気配がない事から、鉛色のリザードマンが自分達を助けてくれたのではという答えに至ったナキ。

 そんなナキの答えを措定するかのように、ナキの耳に精霊の声と言われている警告音が聞こえて来た。


『ピリリィン、ピリリィン』


「これはケイコクオン、セイレイ達が戻って来たのか!」


『ピリリィン、ピリリィン』


「グルゥ……」


「なぁ、リザードマンがいきなりあらぬ方向を向いて見つめ始めたんだけど、これってどういう事?」


「タイミングからして、セイレイ達が戻って来た直後だな。

 多分だけど、このリザードマン、セイレイが見えてるんだ」


 精霊達が戻ってきたタイミングと鉛色のリザードマンが何もない所を見つめ始めたタイミングがほぼ同じだった事から、リザードマンがセイレイを認識していると考えたナキ。


 そんなナキの答えを聞いたクルークハイトは、信じられないと言った様子で鉛色のリザードマンを警戒しながら見ていた。

 するとリザードマンはナキとクルークハイトの方を見ると、素早く二人を抱きかかえた。


「うわっ!」


「えっ⁉ どういう事だ⁉

 っというかなんでまた俺だけ脇に抱えられてるんだよ!」


「グルゥ」


 鉛色のリザードマンに突然抱えられ困惑するものの、腕に座る形で抱えられているクルークハイトに対し自分だけ脇に抱えられている不満を口にするナキ。


 ナキの不満を聞いたのか、リザードマンはナキを抱えている腕だけで器用にナキをクルークハイトと同じように抱え直してみせた。

 そしてそのままリザードマンは二人を抱えて移動し始めた。


「うわーっ! 早い早い!」


「コイツ、スピードを落とさず器用にショウガイブツをよけて移動してるぞ!」


 ナキとクルークハイトを抱えた鉛色のリザードマンは、目の前に出現する障害物を器用にかわしながらも移動速度を下げる事なく移動し続ける。

 ナキ自身が感じた感想としては、まるでジェットコースターに乗っているような感覚だった。


「ナキ、このリザードマンは何処に向かってると思う⁉」


「わかんねぇよ! とりあえず敵意はないみたいだから、行き先はコイツにゆだねるしかねぇ!」


「そんな無責任な!」


「仕方ねぇだろう、本当に行き先がわからねぇんだから!」


 鉛色のリザードマンが何処に向かっているのか見当もつかないため、ナキとクルークハイトが話をしていると突然リザードマンが急停止した。


「うわっ! 今度は何⁉」


「移動を止めたみたいだ、でもなんでこんな所に止まったんだろう?」


 突然何もない所で止まったものだから、ここに何かあるのかと考えるナキ。

 すると鉛色のリザードマンは、抱えていた二人を地面に降ろした。


「あれ? 降ろされちゃった……」


「グルゥ」


「? なんだ、向こうに何かあるのか??」


 鉛色のリザードマンが一定の方向に顔を向けたため、そこに何かあるのかと確認するが、特に何も見当たらない。

 そんな時、クルークハイトの耳が何かを捉えた。


「ちょっと待って、何か聞こえる……。

 これは、父さん達の声だ!」


「本当か⁉」


 大海たいかいの森に飛び出したナキの探索の際、精霊達が原因でクルークハイトとはぐれてしまった大人達の声が聞こえて来たという証言を聞いたナキは、鉛色のリザードマンが自分達を大人達がいる付近まで送り届けてくれたのだと悟った。


 村の大人達の声が近付いてくると、リザードマンはそのまま別の方向に進み、一度だけ振り返ってナキの姿を確認するとそのまま茂みの奥へと姿を消した。


「行っちゃったな、あのリザードマン……」


「だな。今は大人達の所に行こう。

 またマモノにおそわれるなんてコリゴリだ」


「そういえば、気分の方はどうなったんだ?

 確か気持ち悪そうにしてたけど……」


「気持ち悪さはもうないな。

 でも色々とありすぎてドッと疲れた、足の方に力が入らねぇや」


 ブラッディ・ベアが死んだ事と、大人達が近くにいるという安心からか、緊張の糸が解けたらしくナキはその場に座り込んでしまった。

 常に緊張状態であったため、今のナキの状態は危機を脱したという証拠だった。


「肩貸すよ、足に力が入らないなら自力で歩けないだろう?」


「……ありがとう」


 そういうとナキはクルークハイトに支えられながら、大人達がいる方向へと歩き始めた。

 しばらく歩いた後、正面の方から風の精霊達に誘導されて来たと思われるヴァンダルを含めた大人達の姿が見えて来た。


 こうしてナキとクルークハイトはブラッディ・ベアという窮地から脱し、二人を探し回っていた大人達に保護された。

 無論、二人が怒られたのは言うまでもない。



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