第26話 急展開

 暗い、暗い意識の中で、誰かに呼ばれている気がするナキ。

 重たい瞼を持ち上げて、自分の名前を呼んでいるのかを確認すると、ぼやける視界に真っ先に映り込んだのは、大海たいかいの森では見かけないバーガンディー色だった。


「ナキ、ナキ! しっかりしろ!」


「う、う~ん……、クルークハイト?」


 ナキの名前を呼んでいたのは、村にいる筈のクルークハイトだった。

 ナキは上半身を起こし、後頭部を押さえながらクルークハイトに話しかけた。


「お前、なんでここに?」


「あの後村中を探し回って見つけられなかったから、外に飛び出したんじゃないかと思って探しに来たんだ!

 そうしたら体が勝手にここまで動いて、荊の中でナキを見つけた時は本当に驚いたよ……」


「え、イバラの中?」


 荊の中で自分を見つけたというクルークハイトの証言を聞いたナキは、周囲を確認した。

 ナキの目の前には、自分達の周囲が荊で囲われているという信じられない光景が広がっていた。

 最後に意識を失う前に見た時は何もなかった筈だ。


「なんだよこれ、確か俺、何もない場所にいたはずなのに……」


「多分だけど、精霊達の仕業じゃないか?」


「セイレイの仕業?」


 精霊の仕業ではないかというクルークハイトに対し、ナキは不思議そうに首をかしげた。


「ここに来るまでに勝手に体が動いて着いた先がここで、俺がナキを見つけた時にはナキを囲むように生えてたから、多分精霊の仕業で間違いないよ。

 ルオさんだってナキの周りに精霊がいるって言ってたし」


「木から落ちた時もそうだったけど、本当に俺の周りにセイレイがいるのか?」


 未だに精霊の姿を見る事ができないナキは、本当に自分の周りに精霊がいるのか信じる事ができなかった。

 そんなナキの気持ちに呼応するかのように、ナキの耳に聞き慣れた警告音が聞こえて来た。


『『『ピリィン』』』


「今のは、ケイコクオン?」


「警告音? 警告音ってなんの事だ?」


「お前は聞こえてないのか? 笛と鈴、二つが混ざった感じの音なんだけど……」


 クルークハイトに警告音の特徴を伝えたナキは、やはり自分以外に警告音は聞こえないのかという疑問を抱いた。

 だが、ナキから警告音の特徴を聞いたクルークハイトは、とある事実を告げた。


「それ、精霊の声だよ!」


「……何が?」


「だからその警告音が精霊の声なんだよ! 見えないけど聞こえてるじゃないか!」


「んなアホな⁉」


 クルークハイトから警告音の正体を告げられたナキは、信じられないと言った様子だった。

 というよりも自分がイメージしていた精霊の声と違っていたのもある。

 精霊の声が楽器に近いものだと、誰が思うだろうか?


「セイレイの声って、こんな楽器みたいな音なのか⁉」


「正確に言うと認識できるようになる前らしいぞ?

 ヴァンダルさんも言ってたし、ルオさんも精霊が見えるようになる前はそんな感じだって言った」


「ルオさんは兎も角、あのおっさんが言うなら間違いなさそうだな」


 ヴァンダルがそう証言していたと聞かされたナキは、ここでようやく自分の周りに精霊がいるという事を信じられるようになってきた。

 だが、姿が見えず声も警告音のままというのも不便だ。


 というのも、姿が見えなかったり何を言ってるのかわからないという意思疎通ができない状況はかなり不便だ。

 そこでナキは、クルークハイトにルオがどのようにして精霊を認識できるようになったのかを尋ねた。


「なぁ、セイレイってどうやって見れば良いんだ?

 さっきルオさんも見えなかったって言ってたけど、今は見えてるんだろう?」


「目に魔力マナを集めて、循環?させるらしいよ。

 ルオさんもそうしたら見えるようになったって。俺は魔力がないから見えないけど」


「目にマナをためてジュンカンさせる……、うぅっダメだ、目がチカチカする……」


 クルークハイトから事を聞いたナキは、自分の目に魔力を集中させたが、やはり魔力マナ回路が回復していないせいか視界にフラッシュがたかれるような感覚に襲われた。

 そのせいで上手く精霊を認識できないで終わった。


「精霊に関してはヴァンダルさんに聞いたほうが早いよ。

 それよりなんでこんな所で倒れてたんだよ?」


「岩を背負ったヤドカリみたいな生き物に体当りされてノウシントウ起こしちまったんだよ……。

 ってそうだ、あれから何重時経った⁉」


 脳震盪で倒れた事を思い出したナキは、視線を上に向け空の色を確認した。

 最後に見た問には茜に色に染まっていた空の色は、いつの間にかあけぼの色から水色に染まり始めていた。


 それだけでナキは既に一刻ひととき立っている事を悟り、傍にいるクルークハイトに自分を見つけた時間帯を尋ねた。


「おい、俺を見つけたのって何時頃だ⁉」


「今日の早朝だよ、昨日ナキが大海の森に飛び出したのがわかった時にはもう夕方で探すのは今日になったんだ」


「今回はそんなに時間が経ってないな……」


「え、前にも意識なくすような事あったのか……?」


 意識を失ってからさほど時間が立っていない事を知ったナキは、少々安心した。

 逆に今に至るまで何度も意識を失う展開を経験して来たような言い方をするナキに対し、クルークハイトはかなり困惑していた。


「って事は、今は水張月みずはりづきの一五刻、とうの祈り日か……。

 クルークハイト、俺を見つけてからどれくらい時間がったかわかるか?」


「多分だけど、二十刻みくらいじゃないか?」


「二十刻みしか経ってないならまだ近くにダレかいるはずだ、急いで合流しよう」


「あ〜、それは無理だと思う……」


「なんでそんな事言うんだよ?」


 発見されてからさほど時間が経過していない事から、近くに自分を探しに来た大人達がいるかもしれないと考えたナキは、身の安全を確保するためにも合流しようと考えた。


 しかし、どういう訳かクルークハイトは大人達との合流は無理だとナキに告げた。

 何故そのような事を言うのかクルークハイトに尋ねると、クルークハイトは答えづらそうに言った。


「ここから俺が探してた場所までかなりの距離を移動した感じだったから、近くに父さん達がいないんだ。

 しかもここに連れてこられたの俺だけなんだよ」


「せめて大人の一人か二人連れて来てくれよセイレイ達……」


 精霊に連れてこられたのがクルークハイトだけで、しかも大人達から引き離される形で連れてこられた事で近くに誰もいない事が判明した。

 それを聞いたナキはせめて大人も連れてきてほしかったと頭を抱えた。


「とりあえず、村に戻ろう。

 父さん達もまだ探してくれてる筈だから、道に迷わなければすぐにでも合流できる筈だから」


「とは言うけど、方向感覚が分からないんじゃ戻ろうにも戻れないぞ」


 勢いよく飛び出してしまった事と意識を失っていた事で、完全に村までの方向感覚が狂ってしまったナキはどうやって村の方向を特定するか考え始めた。

 するとクルークハイトがとある事を提案してきた。

「だったら精霊に頼んで道案内してもらえば良いんじゃないか?」


「セイレイに? けど、俺はセイレイが見えないんだ。道案内って言っても見えなきゃ意味が……」


「それなら俺達でもわかるように何か目印を出してもらえば良いんだよ。

 そうすれば精霊が見えなくったって、どう進んでいけば帰れるかわかる筈さ」


 クルークハイトから精霊に道案内を頼めば良いと提案されたナキは、その方法に納得した。

 だが一方で、精霊達が自分の頼みを素直に聞いてくれるかという不安もあった。


「(本当に俺なんかの頼みを聞いてくれるのかな……?)

 えーっと、なぁ、さっきクルークハイトが言ってた方法で帰り道を教えてくれないか?」


『『『ピリリィン』』』


 ナキは恐る恐る自分の周囲を見回しながら、目に見えない精霊達に帰り道の案内を頼んだ。

 不安の気持ちを抱えるナキの心境とは裏腹に、嬉しそうな様子の警告音が鳴り響いた。


 するとナキとクルークハイトの周りを囲うように生えていた茨が動き出し、一箇所だけ開けた場所が出来上がった。

 そして茨の外には、青い花が一定の間隔で一本ずつ咲き始めた。


「ウソだろう、本当に通じじゃったよ……」


「花の精霊達があの花で道案内してくれてるんだ、これなら迷わず帰れる。

 行こう、ナキ」


「あ、あぁ」


 ナキとクルークハイトは、花の精霊達が示した道標を頼りに村へ向かい始めた。

 ナキとクルークハイトが青い花に近付くたび、その先にまた新しい青い花が咲いて二人余裕どうしていく。


 そんな光景を目の当たりにしたナキは、本当に自分の周りに精霊がいるのだと実感が湧き始めた。

 そんな事を考えていると、ナキの腹部から空腹を告げる音がなった。


「……そういえば昨日から何も食べてなかった」


「言われてみれば、ナキは朝飯もまだだったよな?

 参ったな、俺の飯は父さんが持ってるから今食べれるもの持ってないんだよ」


 先刻せんこくから何も食べていないことを思い出した途端、一気に空腹感に襲われたナキは何か食べたいと思った。

 クルークハイトも今は何も持っていないため、近くに食べれるものはないかと確認していると、すぐ近くから一本の樹が生え始めた。


「なんだ⁉」


「落ち着け、多分樹と花の精霊達が果樹をはやしてくれたんだよ。

 ただこれ、見た事ない果樹だな」


「……これ、無花果フィグのカジュだ」


 樹と花の精霊が生やした無花果の果樹を見たナキは、何故精霊達が真っ先に無花果の果樹を生やしたのか疑問をいだいた。


(なんでセイレイが俺の好物知ってるんだよ?)


「この無花果って食べれるのか? なんか毒々しいような色だけど……」


「問題ない、怪しい色合いに見えるけどアントシアニンっていうエイヨウソの影響でそうなってるだけだから毒じゃねぇよ」


 無花果を初めて見たクルークハイトはその独特の見た目から問題なく食べれるのかと疑問を抱いていたが、ナキは見慣れていたため問題なく無花果の果樹に近付いた。

 手がすぐにでも届きそうな位置に実っている無花果を、少々強引にもぐとそのまま無花果にかぶりついた。


「……うん、ちょっと産毛とか気になるけど、充分上手い!」


「……本当に?」


 久方ぶりに口にした無花果に感無量なナキを見たクルークハイトも、実っている無花果を一つもぎ取って恐る恐る口にすると、口の中で甘みが広がった。

 そう、ただ甘いだけ。プラムのような酸味はなく、ただ甘いのだ。

 おまけにねっとりした食感も口に広がったため、思わず顔をしかめた。


「う~ん、食べれなくはないけどこの食感苦手だなぁ」


「ハハッ。それならドライフルーツにした奴をすすめるよ。

 生が苦手だって言う連中は大抵ドライフルーツの方が口に合うみたいだからな」


 無花果を口にして顔をしかめるクルークハイトを見ながら無花果を頬張る。

 質と量的に空腹が完全に満たされる事はないが、そのみずみずしさのおかげで水分も補給できる。

 先刻から飲み食いしていなかったナキからすれば、かなりありがたいため食べ終わっては実っている無花果をもいでは食べるを繰り返した。


 クルークハイトも無花果の食感に慣れてきたのか、ナキと同様に無花果をもいで食べていく。

 実っていた無花果が果樹からなくなる頃には、ナキの空腹感は収まっていた。

 クルークハイトも水分補給ができて満足げにしていた。


「ふう、腹の方もすこしは落ち着いたかな? ありがとう」


『『『ピリリィン』』』


 精霊達のおかげで空腹感が収まったため、目には見えないが精霊達に感謝の言葉を伝えると警告音が嬉しそうに鳴り響いた。


「ところでこの無花果の果樹はどうするんだ?」


「セイレイがいるとはいえ。大海の森の中で俺達よりもデカい果樹を持ち歩くなんて無謀すぎる。

 セイレイ達には申しわけないけど置いていこう」


 クルークハイトに無花果の果樹はどうするのかと聞かれたナキは、自分達の身の安全には変えられないと、無花果の果樹は置いていく事にした。

 再びナキとクルークハイトは花の精霊が咲かせた青い花の道標を頼りに進み始めた。

 青い花の道標を追って進んでいく内に、ナキは見覚えのある焦げ跡に気付いた。


「(あれ? ここの地面黒こげだな。まるで雷でも落ちたみたいに……、ん? 雷が落ちたアト⁇)

 このこげアト、もしかして!」


「ちょ、ナキ! 何処行くんだ⁉」


 地面の焦げ跡を見たナキは何かに気付き、一人先に進んで行ってしまった。

 突然一人先走りだしたナキを見たクルークハイトは、驚きながらも慌ててナキを追いかけた。

 走り出したナキを導くように、花の精霊達が咲かせる青い花の道標は次々と咲き、やがて開けた場所に出た。


 そこはナキが保護された村ではなく、地面中に広がる焦げ跡が目立つ広場。

 焦げ跡が目立つ広場の光景を見たナキは、その広場に見覚えがあった。


(ここは、俺が十六こく前までとどまってた場所だ!)


 花の精霊達に導かれて辿り着いた先は、ブラッディ・ベアと鉛色のリザードマンと遭遇し急性魔力マナ過多症かたしょうを発症したナキの野営地だった。

 青い花の道標は野営地をまっすぐ横切り、その先の道を示していた。


 何故精霊達がこのルートを選んだのか分からなかったが、青い花の道標が咲く先に村があるという事だけは理解した。

 だが、それ以上にナキはとある可能性を考えていた。


(もしかしたら、ここにカイチュウドケイがあるかもしれない……!)


 ブラッディ・ベアに襲われた際に落としてしまった、未だに見つからない祖父の形見ともいえる懐中時計がここに落ちているかもしれないと考えたのだ。

 そう考えたナキは青い花の道標を無視して懐中時計を探し始めた。


「何してるんだよナキ! 早く村に帰らないと危ないぞ⁉」


「そんな事分かってる! でもここにカイチュウドケイがあるかもしれないんだ!

 今探さないとじいちゃんとの思い出が何ものこらないんだ!

 もうあのカイチュウドケイしかじいちゃんとの思い出はないんだ‼」


 そう言いながらナキはクルークハイトの忠告を無視して懐中時計を探し始めた。

 異世界に召喚され、大海の森に追放され、元いた世界に帰れない事が分かってからナキにとって祖父からの最後の誕生日プレゼントである懐中時計は唯一の拠所ともいえる物。


 唯一の拠所を失う事だけはどうしても耐えられないナキは、何がなんでも懐中時計を探し出そうと躍起になっていた。

 ナキの目から今にも涙がこぼれ落ちそうになっていた。


「頼む、頼む、出て来てくれ。

 本当に見つけられなかったから、じいちゃんとの思い出が全部なかった事になっちまう……っ!」


「ナキ、冷静になれとは言わないけど一旦落ち着くんだ。

 大事な物なのかもしれないけど、魔物に襲われたりしたら元も子もないぞ?」


「だまれよ! あのカイチュウドケイはこの世界に来てからゆいいつ手元に残った宝物なんだ!

 実家に置いてきた宝物はもう取りに行けない、カイチュウドケイといっしょに持ってきた他の宝物は取り上げられた、もう俺にはあのカイチュウドケイしかないんだ!」


「そう言われても、その宝物と“ディオール王国に復讐する”事とどう関係してるか説明してくれなきゃ理解できないから困ってるんだよ!」


 完全にカイチュウドケイの事しか頭になく、見つけられない焦燥感から苛立ちが募るナキに対し、一度落ち着くように説得するクルークハイト。

 このまま一方通行になるかと思われたが、クルークハイトの口から発せられたある言葉に反応して落ち着きを取り戻した。


「ちょっと待て、お前なんで俺がディオール王国にフクシュウしようとしてる事知ってるんだ⁈」


 ナキはクルークハイトがディオール王国に復讐にしようと考えている事を知っていったため、その事を指摘した。

 クルークハイトはしまったという表情で言葉を詰まらせた。

 ナキの様子を見て誤魔化せないと判断したクルークハイトは、観念して理由を話す事にした。


「えーっと、タイミングが分からなくて黙ってたんだけど実は……っ!

 ナキ、後ろ‼」


 クルークハイトが何故、ナキがディオール王国に復讐しようとしている事を知っているのかを話そうとした時、突然ナキの背後を指さしながら大声で叫んだ。

 恐怖に染まった声色と顔面蒼白になっている様子から、クルークハイトがふざけていない事をナキは悟った。


「(後ろ? 俺達が話しこんでる間に何か出て来たのか⁈ 後ろに何が……)

 ……えっ⁉」


 ナキが後ろを振り返ると、顔から血の気が引くのを感じた。

その目に映ったのは十三ある階級ランクの内上から七番目に強く、そして災害級の末席に属する魔物、そしてかつてナキを襲った、ブラッディ・ベアの姿がそこにあった。



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