第22話 怪奇現象、発生?

 先程まで解体小屋の天井からぶら下がっていた筈の鹿の肉塊が、何故かばらされた状態で作業台の上に並べられている光景を見たクルークハイトは混乱していた。

 つい先程までナキと一緒に皮を剥いでいただけにも関わらず、ほんの少し目を離した隙に何故か鹿の肉塊がばらされていたのだから混乱して当然だ。

 一方でナキは迷わず作業台に近付き、作業台に並べられている鹿肉の状態を確認した。


「バラシは完全に終わってる、おまけにホネ抜きの方もされて適度な大きさに小分けにされてる。

 どう考えてもダレかがやったとしか思えないけど、ふつうなら二~三重時くらいかかるはずなのに……」


 小分けにされた鹿肉の状態を見たナキは、自分達以外の誰かが解体して小分けにしたという事だけは分かったが、そこまでの工程に掛かる時間が短すぎる事に疑問を抱いた。

 いくらクルークハイトが獣人とはいえ、ここまでするには一~二重時は掛かる。

 だというのに、目の前に並べられている鹿肉は二人が目を離した隙に小分けにされていた。


 だが、それだと辻褄が合わないのだ。

 人間と獣人の子供が二人がかりで皮を剥いでいたとはいえ、四〇きざみ以上掛かっていた。

 そのため鹿の肉塊の解体はそれ以上に時間が掛かる、けれども作業台に置かれている鹿肉が小分けにされた予測時間は、どう考えても五刻み前後になってしまうのだ。


(俺達がいる場所から大人達が作業をしている場所からは結構はなれている。

その事を考えると、やっぱり短時間でのこりの工程を終わらせるのは無理だ。

 まほうでも使わない限り、いや、まほうを使えばダレかしら気付くはずだからこれもナシだな……)


 ナキは冷静に一つ一つ可能性を潰していき、何故このような事態が発生したのか、その原因を突き止めようとした。

 ナキが鹿の肉塊が小分けにされるまでに至った原因を考えていると、解体小屋の出入り口からローロが入ってきた。


「クルークハイト~、ナキ~、二人ともいる~?」


「あれ、ローロ。もう畑仕事は終わったのか?」


「それが全然なのよ。赤茄子トマト茄子エッグプラントの畑に生えてる雑草が思った以上に多くて人手が足りないのよ。

 それで手が空いてたらこっちを手伝って欲しいんだけど、問題ない?」


「それなら問題ないよ。後は小分けにした肉を包んで氷室に保管するだけだから、二〇刻みくらいしたらそっちに行くよ」


 畑で草むしりをしていたローロから、赤茄子と茄子畑の雑草抜きを手伝って欲しいと頼まれたため、クルークハイトは二〇刻み後に畑に向かうとローロに伝えた。

 クルークハイトの返事を聞いたローロは、そのまま赤茄子と茄子の畑に戻って行った。

 ローロが赤茄子と茄子の畑に戻っていったのを確認したクルークハイトは、ナキに声をかけた。


「畑の手伝いを頼まれたから急いで小分けにされた肉を保存しよう」


「分かった、それで保存方法ってどうするんだ? 流石にこれだけの量を塩づけにするのは大変だぞ?」


「塩は使わないよ、代わりにこのコールリーフを使うんだ」


 そう言ってクルークハイトが近くの木箱から取り出したのは、一回り小さい甘蕉の葉に似た青緑の植物の葉だった。

 コールリーフと呼ばれた葉を差し出されたナキは、コールリーフの表面に触れてみると氷のようにひんやりしていたため驚いた。


「冷たっ! なんだこれ、氷みたいだぞ⁉」


「コールリーフは氷みたいに冷たくて殺菌効果もあるんだ。

 この辺りだとよく生えてるから、狩った肉を保存する時とかには重宝しているんだ」


「へぇ、いわゆる保冷剤代わりか。こんな物まであるなんて、流石いせ……っ!」


 コールリーフが保冷剤のような役割をしていると思ったナキは、思わず異世界という単語を言いかけたため、慌てて口を塞いだ。

 不用意に発した発言から、身バレするかもしれないと考えたため、発言の一つ一つに気をつけてはいたつもりだが、異世界ならではの植物を目の当たりにして気が抜けてしまったのだろう。


 クルークハイトはナキの反応を少し不思議がったが、たいした事ではないと思い取り出した数十枚のコールリーフを作業台の中央に置くと、一枚のコールリーフを手に取り半分に切ると自分の前に置き、近くにあった鹿肉をその上に乗せた。


「いいか、半分に切ったコールリーフの端に置いて、上下を織り込んだら端に置いた鹿肉を置いてない方に転がしなから巻いていくんだ」


「上下を織り込んで、右から左に巻き込む。

 巻き終わったらどうやって止めるんだ?」


「巻き終わったらそこの蔦で作ったロープで結ぶ

んだ。

 コールリーフが外れないように十字結びで固定した方が良い」


 クルークハイトに言われた通り、ナキは鹿肉を包んだコールリーフが外れないようしっかり押さえ、ロープを使って十字結びで固定した。

 ようやく鹿肉の一つをコールリーフに包む事が出来たナキは、次のコールリーフと鹿肉を手に取り、先程と同じように鹿肉を包んでいく。


「随分手際が良いじゃないかナキ」


「まぁ、大体のことは自分でやってきたからな……って、あれ⁉」


 クルークハイトに褒められながらも、二つ目の鹿肉を包み終えて三つ目の鹿肉を包もうとした時、再び異変は起きた。


「残りの肉が包み終わってる⁉」


「え、俺まだ四つまでしか包んでないけど⁉」


 鹿の肉塊が解体された時と同様に、何故か鹿の肉が全てコールリーフに包まれてたのだ。

 しかも、ご丁寧に一つ一つが個別に包まれた状態でだ。

 同じ作業をしていたクルークハイトも、これには驚かされた。


 念の為鹿肉が包まれたコールリーフを確認したところ、全て綺麗に包まれてたため問題はなかったが、気付かぬ内に包まれていたため少々不気味に感じた。

 どちらにしてもこのまま放置という訳にはいかないため、解体小屋に置かれていた木箱にコールリーフに包まれた鹿肉を入れる事になった。


 黙々と木箱に鹿肉を入れていたが、次の鹿肉を木箱に移そうとクルークハイトが作業台に近づいた時、ある違和感に気づいた。


「ナキ、作業台の鹿肉に触ったか?」


「今木箱に入れてるやつ以外はさわってないぞ、どうかしたのか?」


「いや、なんか作業台の奥の方に置いてある鹿肉が手前に移動してるかして……」


「どうせ気のせいだろう?」


 クルークハイトに指摘され、一度は作業台の方を見たナキだったが、気のせいだと一蹴いっしゅうして作業を続けた。

 最初に気が付いたクルークハイトも自分の勘違いだと思い、作業を再開する。

 それから黙々と作業を続ける内に、木箱は一杯の状態に近づき、作業台に置かれている鹿肉も残り僅かだった。

 作業台の奥の方に置かれている鹿肉を手前に寄せようと手を伸ばすと、違和感を感じた。


(あれ? なんか変な感じがするな……)


「……やっぱり移動してる!」


「本当に動いてた⁉」


 ナキが感じた違和感の正体は、最初にクルークハイトが指摘した鹿肉が手前に移動していた事だ。

 作業台の奥にあった筈の鹿肉が手前に移動していたため、今回ばかりはナキも気のせいだと一蹴する訳にはいかなくなった。


「肉が勝手にカイタイされてたりいつの間にか包まれてたり、どうなってるんだ⁉」



「よ、よく分からないけど、一先ず残りを箱に入れて氷室に運び込もう。

 このまま放置って訳にもいかないから……」


「ゔ、確かに……。でも、なんか気味悪いな……」


 作業台の上に置かれていた鹿肉が知らず知らずの内に手前に移動しているという怪奇現象に遭遇したナキは、少し気味悪く思った。

 それでも残りの鹿肉を木箱に詰め、蓋をするとクルークハイトと一緒に解体小屋近くにある氷室に運び込んだ。


 鹿肉を詰めた木箱を氷室にしまうと、ナキはクルークハイトに案内される形で赤茄子と茄子の畑に向かった。

 野菜を育てている畑の横を通る度、胡瓜キューカンバー莢隠元グリーンビーンなど、現在の時期に収穫できる野菜が植えられている様子が窺えた。


 中には稲苗月いななえづきまでしか収穫できない春甘藍スプリングキャベジや、七夕月たなばたづきに収穫できる金糸瓜スパゲティメロンなども出来ていたため、旬が早い野菜や遅い野菜も出来ていたため、それを見たナキは何故旬違いの野菜まで出来ているのか不思議に思った。

 村があるのは災害級の魔物が存在する大海の森、それ故に旬違いの野菜が育ちやすいのかと考えている内に赤茄子と茄子の畑に着いた。


「ここが赤茄子の畑、向こうが茄子の畑だよ」


「どっちも江戸間タイプで二五坪ぐらいの広さか……。

 これはかなりの量がしゅうかくできそうだし、草むしりも一苦労しそうだな」


「お~いクルークハイト~」


「二人共やっときたのか、早く草むしり手伝ってくれ」


 ナキとクルークハイトが赤茄子と茄子の畑を見ていると、赤茄子畑の方からアネートロレーヴォチカの声が聞こえてきた。

 声に気付いたナキとクルークハイトは赤茄子畑の方を確認すると、他の獣人の大人達に交じって草むしりをしているアネーロとレーヴォチカの姿があった。


「アネーロ、ローロに呼ばれてきてみたけどそんなに人手が足りないのか?」


「本当にそうなのよ! 進まないどころか終わりが見えないのよ!」


「終わりが見えないはちょっと大げさだけど、確かに大変なんだよねぇ」


 クルークハイトがアネーロに人手について訪ねていると、隣の茄子畑で草むしりをしていたローロが茄子の株間から顔を出した。

 ローロにつられる形でアミも茄子の株間から顔を出し、草むしりが終わらない事に対し困った様子をあらわにしていた。


 アミの困った様子を見たナキは、赤茄子と茄子、それぞれの畑の畝を確認すると、畝全体に雑草が生い茂っていた。

 それを見たナキはローロの終わりが見えないといったことの意味を理解し、解体作業の手伝いをしていた自分達を呼びたくなる理由も分かった。


「これは確かに、終わりが見えないくらいに生い茂ってるな・・・・・・」


「ここに定住してから、ちょくちょく雑草は得てたけど今年は多すぎるような・・・・・・」


「でしょう⁉ これじゃあ終わるものも終わらないのよ!

 草むしり地獄よ!」


「じごくは大げさな気がするけど、終わらないのは確かに困るな」


 今の状況が雑草による草むしり地獄だと騒ぎ立てうローロの反応に呆れたものの、このまま終わらず同じ作業というのは確かに困ると感じたナキ。

 一応保護されている身ではあるので、赤茄子と茄子畑の草むしりに参加する事にした。


「ひとまずどっちの畑を優先したら良い?」


「特に優先順位はないよ?

 どっちの畑も本当に人手がほしいから、あまり指定はないかな……?」


「それなら赤茄子の方を手伝ってよ。

 株の根元とかにも雑草が生えてるせいで見分けづらいんだ」


「ちょっと! それだったら茄子の方を優先するべきだわ!

 二人を呼んできたのはアタシよ!」


「なんで草むしりの優先順位で口ゲンカが始まりそうになるんだよ⁉」


 赤茄子畑か茄子畑、どちらから草むしりを優先するべきか訪ねた結果、レーヴォチカとローロによる口喧嘩が始まりそうになったため、思わずツッコミを入れたナキ。

 草むしりの手伝いに来た筈が、口喧嘩に巻き込まれそうになるとは思ってもみなかった。

 このまま口喧嘩が始まっては、草むしりのペースが遅れてしまうため、このままでは埒が明かないと考えたアネーロが畑の外にいるナキとクルークハイトにある提案をした。


「どっちにしても両方人手が足りないから、二手に分かれて作業に入ってくれ」


「まぁ、そのほうが良さそうだな。

 それじゃあ俺が赤茄子の方に行くから、ナキは茄子の方を頼む」


(女子の方かよ、俺……)


 結果的に二手に分かれて草むしりをする事になり、必然的に茄子畑の草むしりに参加することになったナキ。

 ナキとしては同世代の異性とあまり関わりがなかったため、できれば赤茄子の方に行きたかったのだが、ここは致し方がないと諦め、茄子畑の草むしりに参加する事にした。


「よっと、どの辺りからやっていけば良いんだ?」


「それならそっちの畝の方からお願い。全然作業が進まなくて手つかずなのよ!」


「土が軟らかいから、雑草自体は引っこ抜きやすいと思うよ?」


「わかった。それじゃあ、始めるか……」


 指定された畝に着いたナキは、その場でしゃがみ込んで茄子畑に生い茂る雑草を抜き始めた。

 かなりの密度で生い茂っている事もあり、一見引っこ抜くのが難しそうに見えるが、アミが言った通り畑の土が軟らかかったため雑草を引き抜く事態は難しくなかった。


 順調に草むしりを進めていく中で、ナキが一番気をつけているのは雑草と間違えて茄子の株を引っこ抜かないようにする事だ。

 赤茄子の株元だけでなく、茄子の株元も雑草が生えていたためうっかり引っこ抜かないようにする必要があるのだ。


(一先ず今いる場所の雑草はあらかた引っこ抜いたな。

 次は株元周りの雑草だな、うっかり茄子の株を引っこ抜かないようにしない、と・・・・・・?)


 ナキが今とどまっている場所の雑草が抜き終わったため、近くの株に生えている雑草を抜こうと確認したところで、ナキは思わず手を止めてしまった。


 ナキが思わず手を止め理由は、茄子の根元周りにあった。

 ナキが茄子の根元周りの雑草をむしろうと様子を確認したところ、どういう訳か茄子の株周りに雑草が生えていなかったのだ。


(ここだけ周りに雑草が生えてない? 運良くここだけ雑草が生えなかったのか?)


疑問に思いながらも、ナキは茄子の株周りの雑草をむしった。

 その後も順調に草むしりを進めていったが、茄子の株元周りだけ雑草が生えていないという現象が続いたため、流石に不信感を募らせた。

 偶然にしてはできすぎているため、隣の畝で草むしりをしているローロの様子を確認した。


「あーんもうっ! 雑草が密集しすぎて全然進まない!」


「今年の草むしりは大変だねぇ」


「なぁ、そっちの方は株元周り生えてるのか?」


「うん、しっかり生えてるから見分けるのが大変なんだ。

 あれ? ナキ君の方は順調に草むしりできてるみたいだね?」


「こっちの畝の方は株元周りに雑草が生えてなかったんだけど?」


「えぇ! なんでぇ⁉」


 自分が担当している畝の方には株元周りに雑草が生えていないと聞いたローロは、何故ナキが担当している畝だけそうなっているのかと疑問をぶつけた。

 ローロに疑問をぶつけられたナキは、自分が担当している畝とは反対側の畝の様子を確認した。

 反対側の畝もナキが担当している畝同様、株元周りだけ雑草が生えていなかった。


 株と株の間をかき分けてそのまた隣の畝を確認すると、その畝の株元周りはいままでと違い座相が密集している様子が見て取れた。

あからさまに不自然な現象を目の当たりにしたナキは、一体何が起きているのか分からなかった。



(一体どうなってるんだ? 俺が草むしりしてるところだけ不自然な程に株元周りの雑草が生えてない?)


 何故自分が担当している畝だけそのような状態になっているのか、原因も心当たりもなかったため、内心激しく混乱していた。

 どちらにしても、今自分が担当している畝の草むしりを終わらせない事には考える暇もないと判断し、一先ず作業を進める事にした。


 茄子の株元周りだけ雑草が生えていないという事もあり、他の畝で草むしりをしている獣人立ち寄りも一足先に草むしりの作業が終わった。

 そのままの流れで反対側の草むしりも終わり、向こう側の畝の草むしりを始めたところで、同じタイミングで自分が担当している畝の草むしりを終えたローロも、ナキの正面の方から同じ畝の草むしりをし始めた。


 そこまでは草むしりを始めた時と同じように問題はなかったが、茄子の株元にさしかかったところで、またしても雑草が生えていない状態に遭遇した。

 最初の畝では途中で気付いたため、端の方だけ生えていないのかと思っていた時、正面側から草むしりをしていたローロが驚いた声を上げた。


「えぇっ! 何これぇ⁈」


「どうした? 何かあったのか⁈」


「どうしたのローロちゃん、急に大きな声を上げて?」


 突然驚きの声を上げたローロに驚いたナキとアミは、一旦自分が担当している畝の草むしりを中断し、ローロの元に駆け寄った。

 声を上げた本人であるローロは、茄子の株を見ながら困惑していた。


「誰よ株元だけ雑草むしってそれ以外放置したの⁈」


「? 株元がどうかしたの?」


「見てよこれ! 株元だけ雑草が抜かれてるのよ⁉」


「株元だけ、雑草がない⁉」


 株元だけ雑草が抜かれていると聞いたナキは、すぐさまローロが指さしている茄子の株元を確認した。

 次にナキの目に映ったのは、往復する前に生えていたはずの株元周りの雑草が抜かれた状態だった。

 それを見たナキは、思わず眼を見開いた。


(俺が最初に見た時と同じ、株元周りに雑草がない⁉

 可笑しい、往復する前には確かに生えていたのに・・・・・・⁉)


「あれぇ? ここ、私が見た時は雑草が密集してた筈なんだけどなぁ⁇」


 どうやらナキだけではなく、アミも雑草が密集していた事を確認していたらしく、茄子の株元周りに雑草が生えていない事にかなり困惑していた。


 これは流石に不自然だと感じたナキは、株元周りの土の様子を確認した。

 ただ見ただけでは何も変化はないように思われるが、雑草が生えていない部分の土に触れた事で、ナキはある事に気づいた。


(株周りの土がやわらかい……。

 もしかして、最初から生えてなかったんじゃなくて、ローロが言った通り、誰かが株元周りだけ草むしりをしたあとだった?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る