第19話 愛し子と精霊の力

 ひょんな事から保護された村にいる精霊に愛される愛し子、ルオに連れ出され、村の住民である白髪の少女ティアと人間ヒューマン獣人ビーストの子供達と一緒に行動する事になったナキ。


 あまりにも勝手すぎるルオの態度に憤りを感じているナキは、現在ルオに脇に抱えられる形で移動していた。

 おまけに寝間着の状態で連れ出されたため、それも含めて目立っていた。


「よーしそれじゃあ湖の方に行くぞ~」


「本当にマイペースだな⁉」


「さっきからうるさいよナキ」


「なんでそんなにおこってるの?」


「おこりたくもなるわ! いきなりひっぱりだされたと思ったらパジャマのまま連れ回されるかふつう⁉」


 周りは全員普段着を着ているにも関わらず、自分一人が寝間着の状態である。

 それ以前に緊急事態でもない限り寝間着姿で外に出る事は普通にないため、平穏な日常で自分一人が寝間着なのは明らかに浮いているのだ。

 その事を考えると、どうしても怒るなという方が無理なのだ。


 更には脇に抱えられる形での移動、変な意味で目立ってしまっているためどうしてもストレスが溜まる。

 元いた世界では優のせいで様々な事にまき込まれていたナキからすれば、ルオに振り回される事自体がストレスにしかならないのだ。


「もうそろそろ湖に着くぞ~」


「今日はどんな感じかなぁ? お魚沢山集まってるかなぁ?」


「この間川とつなげたばっかで、そんなすぐには集まらねぇよ」


「え゙、川とつなげたって…?」


 獣人の子供達の会話の中に川と湖を繋げたような発言が聞こえてきたため、ナキはルオが精霊達に頼んで何かをしでかしたのではないかと思い至った。

 そしてルオが先程言った通り、目的地になっていた湖に到着した。


 そしてナキの目に映ったのは〇.一〇㎢程の湖だった。

 元いた世界の日本にいた頃、その日本で一番小さな湖に近いのではないかと思えるくらい広い湖であったため、ナキは食い入るように湖を見ていた。


「着いたぞ~。ここがさっき話してる時に言ったチビ達に頼んで作ってもらった湖だ」


「この広さ全部を、セイレイたちが作ったのか?

 どう見ても〇.一〇㎢ぐらいの広さがあるぞ、このみずうみ!」


「おう! そりゃあチビ達が頑張って作ってくれたからな!」


 精霊達が作った湖を目の当たりにし、その広さに驚いているナキに対し自慢げに話すルオだったが、そこで獣人の子供達が呆れた様子で湖が出来た経緯を話し始めた。


「何言ってるのルオさん。元はといえばルオさんがバッサイするはんいをちゃんと決めずに風の精霊達にお願いしちゃったせいでこの広さになっちゃったんでしょう?」


「ヴァンダルさんがシェイシェイに頼んではげた部分直そうとした矢先に、湖作っちゃったもんなぁ」


「そのままの勢いで遠くの方にある川につなげちゃったものだから、整地に戻せなくなっちゃたし…」


「ヴァンダルさん、元通りにするつもりだったからすごく落ち込んでた…」


「おもいっきり生態系はかいしてるじゃねぇか!」


 精霊達が作った湖が作られる経緯を聞いたナキは、完全に大海の森の生態系を崩しているとしか思えない内容にすぐさま指摘した。

 湖を作ったのには何か理由があるのではないかと思っていたが、その予想が想定外の内容で覆されてしまったため思わず頭を抱える羽目になった。

 それと同時に精霊の力に興味を持った。


(でも、これだけの広さの湖を簡単に作るなんてまほう使いでもそうかんたんじゃないはず。

 セイレイを味方につけることが出来れば、まほうのいりょくが上がってディオール王国にいる優達にフクシュウできるかのうせいも一気に上がりそうだな…)


 精霊の力、エレメントが大海の森の地形を大幅に変えられる程の力を持っている事を知ったナキは、精霊達を味方につける事が出来ればディオール王国にいる優達に復讐できるのではないかと考えた。

 だが、一つだけある懸念が生まれた。

 ディオール王国の守護神である月の至高神の存在だ。


 自らの守護する国に破滅するかもしれないような危機が迫っているともなれば、黙っているとは思えない。

 何より至高神ともなればその名の通りの力を秘めており、精霊達の協力があったとしても簡単に防がれる危険があった。


(こうげき系のマホウばかりに気を取られていたから、神に関するじょうほうを仕入れるのを忘れてた。

 この村にそれらしい本があれば良いんだけど…)


「見て! 魚が泳いでる!」


 神々に関する情報をどうにかして入手する事ができないか考えていると、キャラメル色の三つ編みお下げの狼族の少女が湖の中を指さしながら叫んだ。

 その声に釣られてナキも湖の中を覗き込むと、そこには湖と川を繋ぐ水路から迷い込んだと思われる川魚が泳いでいた。


「本当だ、魚が泳いでる!」


「凄いね! お魚沢山集まってる!」


「あ、あの魚大好きな奴だ! 塩焼きにしたら上手いんだよな~」


「もう、レーヴォチカはいつも食べ物の事ばかりね」


「あらら、この子達ったら魚を湖の方に誘導してきたのね」


 獣人子供達が湖で泳ぎでいる川魚の群れに夢中になっている中、ティアは空中を見ながら困った表情をしていた。

 その様子と会話の様子からして、どうやら精霊達が川で泳いでいた川魚を湖まで連れてきたようだ。


 どのような川魚が泳いでいるのか確認するために、ルオに自分を下ろさせ湖の中を覗き込む。

 が、ずっと放置していた事により伸びきっていた前髪が邪魔になり、思うように湖の中の様子を確認できなかった。


 というのも、スターリットにいる間、ナキは祖父が亡くなって以降自力で髪を切っていたが、子供が自分の髪を切るのは危険という事でアリョーシャの手により手入れをされていた。


 しかし、そこでもひねくれてしまった性格が災いし、アリョーシャがナキの髪を手入れしようとする度にナキは借り家中を逃げ回るという、一般家庭では基本的にあり得ないやり取りを繰り広げていた。


(クソ、一ノ月以上手入れしてないせいで前がみがじゃまだな…)


 ナキは邪魔になっている前髪の一部を右耳に掛け、視界を確保する。

 前髪の一部を避けた事で視界を確保する事が出来たため、ナキは食い入るように湖を泳ぐ川魚の群れを観察し始めた。

 すると、同じように川魚の群れを観察していた人間の少女がナキの顔が見えている事に気付いた。


 川魚を観察する事に夢中になっているナキはその事に気付かず、人間の少女はジーッとナキの顔を見ていた。

 人間の少女がナキの横顔を見ている事に気付いた紺色の短髪の狼族の少年が、人間の少女に声を掛けた。


「どうしたんだシャーロット?」


「イーサン、ナキの顔、見えてる…」


「顔って、本当だ! 横顔が見えてる!」


 紺色の短髪の狼族の少年シャーロットと呼ばれた人間の少女がナキの方を見ながらそう呟いたため、シャーロットにイーサンと呼ばれた紺色の短髪の狼族の少年はナキの方を確認すると、伸びきった前髪のせいで見えなかった目元があらわになり、しっかりと顔を確認する事が出来るようになっていたため驚いていた。


 イーサンの驚く声を聞いたルオ達は何事かと思い、一斉にナキ達の方に視線を向けた。

 それはナキも同じだったため、イーサンの方に顔を向けた。

 イーサンの方に向けたため、その勢いで右耳に掛かっていた前髪が落ちてしまい、ヨキの顔は隠れてしまった。


「なんだよいきなり⁉」


「あ、かくれた…」


「どうしたのイーサン、急に大声出して?」


「ナキだよ! 今はまた隠れたけど、さっきナキの顔が見えたんだよ!」


「え、マジで⁉」


 イーサンが驚きの声を上げた理由が、前髪で隠れてしまっているナキの目元があらわになった事で顔がしっかりと見えたからだと強いた他の獣人の子供達も、一斉にナキの方に視線を向けた。

 小さな騒動の原因が自分の顔だと知ったナキは、一斉に自分に集まった視線に怯んだ。


「クソ、完全に顔が隠れてて見れない!」


「シャーロット、ナキの顔ってどんな感じだった?」


「ん~、なんていうか、目はするどいけどキレイだった」


「キレイってそんな訳ないだろう、昔っから悪役顔なのに…」


 シャーロットに自分の顔が綺麗だと言われたナキは、その事を否定した。

 幼い頃から悪役のような鋭い目付きのせいで周りに避けられていたため、自分の顔が優のように美しい訳がないと思っていた。

 だが、自分の顔が綺麗だというシャーロットの証言により、その場にいた全員がナキの顔の興味を持ち始めた。


「綺麗な顔してるの? ちょっと見てみたいかも…」


「確かに包帯とかガーゼのせいで分りずらかったけど、ママ達が手当をしてた時にちらっと見えた顔は綺麗だったような気がするわね!」


「マジか。よしナキ、今すぐ顔見せろ!」


「なんでそんな話になるんだよ⁉」


「いいやじゃんへるもんじゃないし」


「そうだそうだ! 気になるから顔見せろ!」


 突然始まった見せろコールに困惑するナキだったが、顔に関してはコンプレックスに感じていたため前髪を上げる事を拒否した。

 かたくなに前髪を上げようとしないナキに痺れを切らしたのか、ルオが精霊達に指示を出した。


「こうなりゃ強硬手段だ! チビ達、誰でも良いからナキの前髪上げろ!」


『『『ピリィン』』』


 ルオの願いに警告音が聞こえたかと思いきや、次の瞬間にはナキの前髪が勝手に掻き上げられ、ナキの顔が全体的にその場にいる全員にあらわになった。

 どうやら精霊達がナキの前髪を上げたらしく、突然視界が開けた事でナキは動揺しきり、すぐに対応できなかった。


 視界が開けた事でナキが動揺していると、ナキの顔を見たルオや獣人の子供達は一斉に感想を述べ始めた。


「おぉ、綺麗な顔してるじゃないか」


「なんだよ! 全然悪役じゃないじゃん!」


「むしろ、美形だな…」


「ウソだろう、ここまでイケメンだったのかよ」


「隠れイケメンだ!」


「メチャクチャ綺麗な顔ね! こんなに綺麗な子滅多にいないわよ!」


「うわぁ、ここまで綺麗な子、初めて見た」


「そうね、貴族でもここまで綺麗な子は私も見た事がないわ…」


「横からでも十分綺麗に見えたけど、正面から見ると更に迫力が増すな…」


「うん、すごくキレイな顔だね」


 次々に自分の顔が綺麗だの、イケメンだのと褒めてくるため、それを聞いたナキは信じられないといった様子で呆然としていたが、褒められた事があまりない事も相まって次第に顔が赤くなり、照れ始めた。


「そ、そそそそんな事あるけないだろう⁉

 むむ昔っから悪役顔って言われててさけられてるのに⁉」


「いやいや、その顔で避けられる事の方が難しいわ」


「そうね! この顔なら年頃の女の子とかが放っておく訳ないし将来は凄いイケメンになってモテモテになるわね!」


 照れながら自分の顔が綺麗な筈がないと否定するナキだったが、ルオとキャラメル色の三つ編みお下げの狼族の少女が褒め倒すためどのように答えたら良いのか分らず、照れたまま混乱する。

 そのせいでバランスを崩し、湖の中に落ちてしまった。


 ナキが湖の中に落ちたのを見たルオ達は慌てて湖の中をのぞき込み、ナキの安否を確認する。

 幸い湖の浅い部分だったため、ナキは自力で水面から顔を出し、その場で咳き込んでいた。


「ゲホッゲホッ! ってぇ…」


「おい、大丈夫か⁉」


「うぅ、頭の傷に水がしみて、いてぇ…」


 湖に落ちたため頭の包帯に濡れてしまい、まだ治りきっていない左前頭部の傷がしみて痛みを感じたため顔をしかめた。

 流石に褒め倒したせいでナキが湖に落ちるとは思っていなかったのか、ナキの隣にいたバーガンディーの短髪の狼族の少年がナキに声をかけた。


 よく見ると落ちた際に傷口が開いてしまったのか、包帯に血が滲んでいた。

 その事に気付いたバーガンディーの短髪の狼族の少年は慌ててナキを湖から引っ張り上げた。


「大変だ、さっき落ちたせいで傷口が開いてるぞ⁉」


「こりゃあ大変だ、えーっととりあえず乾かすなら風と炎のチビ達で良いのか?」


「ルオさん、水の精霊にナキの体に着いている水分を取ってもらった方が早く乾くと思うわ」


「それから花の精霊達に、頭の傷を治して貰いましょうよ!

 せっかくのイケメンが台無しだわ!」


 「そっちかよ⁉」という顔をしながら少し呆れるが、キャラメル色の三つ編みお下げの狼族の少女の場違いな発言のおかげで、少しだけ場の空気が和んだ。

 そしてルオは周りにいるであろう精霊達に指示を出した。


「まずは、水のチビ達はティアが言ったようにナキの体に着いた水を取ってくれ。

 次に風と炎のチビ達はナキの体を乾かして、最後に花のチビ達はナキの傷を治してやってくれ!」


 ルオが精霊達に指示を出した瞬間、湖に落ちた事で濡れてしまったナキの体から水分が離れ、次に暖かい風がナキの体を包み込むと、あっという間に濡れたナキの体が乾いた。

 それと同時に頭の痛みを感じなかったため、包帯を外して湖の水面を鏡代わりにして傷の様子を確認すると、左前頭部の傷が完全に塞がり、傷跡などは残っていなかった。


「傷あとが残ってない⁉ ブラッディ・ベアにやられたから、キズアトが残るかもしれないと思ってたのに…」


「「「ブラッディ・ベア⁉」」」


「そんな強い魔物に襲われて助かったのかお前…」


 ナキはブラッディ・ベアに着けられた傷が完全に治った事に驚いていたが、それ以上にナキがブラッディ・ベアに襲われたと知ったルオ達の方が驚いていた。

 やはりルオ達から見てもブラッディ・ベアは危険な魔物のようだ。

 ナキがブラッディ・ベアに襲われていたと知って騒然としていると、急に誰かの腹の虫がなったため、そちらに意識が向けられた。


「……ごめん、腹へった」


「そういえばもうお昼の時間ね、一旦村に戻りましょうか?」


「どうせならここで昼飯にしようぜ。おーいチビ達も手伝ってくれ~」


 飴色の前下がりボブの猫族のレーヴォチカが顔を赤くしながら、空腹状態を訴えてきたためいつの間にか昼食の時間になっている事に初めて気付いた。

 ナキは懐中時計を無くしているため、正確な時間が分らないという不便さを感じた。


 ティアは一度村に戻ろうと提案したが、ルオが湖の畔で昼食にしようと提案し再度精霊達に指示を出した。

 それからルオは辺りに落ちている枝を集め始めた。


「俺とチビ達でまき集めるから、皆は何か食べれるもの探してきてくれ~」


「わかった! じゃあ俺魚取ってくる!」


「私は調味料になりそうな木の実を探すわ!」


「私達は山菜を探しに行こう、シャーロットちゃん」


「うん」


 ルオに食べれる物を探してくれと頼まれたため、獣人の子供達はそれぞれ探す食材のグループに分かれて行動始めた。

 どうやら湖の畔でバーベキューのようにして昼食を取るつもりのようだ。


「僕たちは何さがす?」


「それなら俺達は食べられそうなキノコさがそうぜ」


「おーい、悪いけどナキも連れて行ってやってくれ~」


「「えぇ~」」


「わかった! 皆行くぞ。ほら、ナキも!」


「え? おっおい!」


 ルオにナキも連れて行くように言われたキノコグループのメンバーは嫌そうな表情をしていたが、バーガンディーの短髪の狼族の少年がナキの腕を掴んでそのままキノコを探しに向かった。

 ナキは突然腕を掴まれる形で移動する事になったため、そのままキノコ探しに参加する事となった。


「この辺りなら焼いても食べれるキノコが自生してそうだな」


「なんか手頃なキノコ生えてないかな~」


「一応かくにんするけど、この辺りはくわしいのか?」


「あぁ、村の皆で食べるキノコを採りに来るんだ。ナキもキノコ食べるだろう?」


「貴重な栄養源だからな。それでえーっと…」


 ナキはバーガンディーの短髪の狼族の少年にどのようなキノコが採れるのか聞こうとしたが、少年の名前を聞いていたなかったため、どのように呼べば良いのか分らず悩んでいると、その事に気付いたバーガンディーの短髪の狼族の少年が自分の名前をナキに教えた。


「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はクルークハイト。

 こっちは猫族のレーヴォチカで、その隣にいるのは俺と同じ狼族のクライム」


バーガンディーの短髪の狼族の少年、クルークハイトがレーヴォチカと赤茶色の髪の狼族の少年クライムの名前をナキに教えた。


「そうか、それでクルークハイト、お前らどんなキノコを採るつもりなんだ?」


「結構人数がいるからヤマドリタケを中心に探そうと思うんだ。

 十分でかいから五本ぐらいあれば切り分けても全員に行き渡るし、焼いても旨いからな」


(ヤマドリタケってことは、ポルチーニのことか。

 たしかヨーロッパでは高級品にもなってるキノコだった気がするけど、なんか忘れてるような…)


「おっ! 言ってる傍から早速発見!」


 目的のキノコであるヤマドリタケの名前を聞いたナキは、ヤマドリタケを中心に関する事を思い出そうとしていると、レーヴォチカが早速見つけたようだ。

 レーヴォチカが指さした先には二〇㎝近くある大きさのヤマドリタケが生えていた。


 だが、レーヴォチカが見つけたヤマドリタケを見たナキは何故か違和感を感じた。

 レーヴォチカとクライムがヤマドリタケに近付いた時、ナキの耳に警告音が激しくなるのが聞こえた。


 警告音は自分の身に危険が及んだ時にのみ聞こえる、警告音を耳にしたナキは突然警告音が鳴った原因を冷静に考え始めた。


(周囲にマモノやふしんしゃの気配はない、今目の前でおきているのはレーヴォチカとクライムがヤマドリタケを取りに行ってるだけ。

 のこるせんたくはあの二人の行動が原因か、もしくはヤマドリタケに問題があるか…)


 ナキは冷静に状況を分析して警告音の原因を探す。

 レーヴォチカとクライムがヤマドリタケをとりに向かっている事に関しては特に問題があるようには見えない、そのため原因がヤマドリタケの方にあると結論づけたナキは自分もヤマドリタケの方に向かい確認する。


 確認している内にヤマドリタケの柄が視界に入った時、ナキはヤマドリタケに関するある事を思い出し、顔面蒼白になりながらレーヴォチカとクライムに大声で警告した。


「止まれ! それはヤマドリタケじゃなくてドクヤマドリだ!」


「えっ? ドクヤマドリ⁇」


「ってなんだそりゃ?」


「名前からさっしろよ! つまりそこにあるのは毒キノコだって事だよ!」


 ナキが思い出したヤマドリタケに関する事、それはヤマドリタケにそっくりな毒キノコであるドクヤマドリの存在だった。

 祖父がまだ病に倒れる前、欧州の国を訪れた際に実物を見せられた事があるのだ。


 その事を思い出したナキは大慌てでドクヤマドリを取ろうとするレーヴォチカとクライムの二人を止めたのだ。


「それ、本当なのか?」


「まちがいない、柄を見ろ! ヤマドリタケには柄の上部に帯白色の網目模様があるはずなのにコイツにはない。

 おまけに赤いシミができててカサがビロード状になってるだけじゃなく、うらがスポンジ状になってる!

 全くの別物だ!」


 ナキがドクヤマドリの特徴を的確に説明しているのを聞いたクルークハイトは目の前に明日のが本当に毒キノコだと信じた。

 警告されたレーヴォチカとクライムはいまいち分っていない様子だったが、そこにルオと薪を集めていた筈のティアが慌てた様子でやってきた。


「皆、大丈夫⁉ ドクヤマドリ食べてないわよね⁉」


「あれ? ティアさんなんでここに? それ以前になんでドクヤマドリの事知ってるの⁇」


「さっき精霊達から貴方達がドクヤマドリを採ろうとしてるって聞いたから慌ててきたのよ!

 その様子だと無事みたいね、良かったわ…」


 どうやらティアは精霊達からドクヤマドリの事を聞いて駆け付けたようだ。

 収穫する前にナキが止めたため、その様子を見たティアはホッと安心した様子を見せた。


 ティアが安心した様子を見たレーヴォチカとクライムは、ナキが言っていた事が本当であると確信すると同時に、危うく鳥飼氏が着かない事になる所だったと自覚しぞっとしていた。


「これ、マジで毒キノコだったのか…」


「ナキが教えてくれなかったら大変なことになってたかも…」


「それにしても、よく毒キノコだって気づけたな」


「別に、じいちゃんが教えてくれたことを思い出しただけだ」


 ナキは素っ気ない態度で答えた。

 ナキにとって祖父から教わった事は当たり前、という認識が根付いていたためたいしたことではなかったが、実際に毒キノコを採ろうとする光景を見た時は内心焦っていた。


「あーっ! もう! せっかく見つけたと思ったのにぃ!」


 自分が見つけたのがドクヤマドリだと知ったレーヴォチカは、よほど悔しかったのか八つ当たり感覚で足下にあった小石を思いっきり蹴り上げた。

 蹴り上げられた小石はそのまま茂みの方にまっすぐ飛んでいった。


その直後に動物の鳴き声のような物が聞こえ、それと同時にナキの耳に再び警告音が聞こえてきたため、まさかと思い茂みの方に視線を向けた。

 茂みの奥には体長一〇mはあると思われる、イノシシのような魔物の姿があった。


「え、ジャイアント・ボア⁉」


「…全員全力で走れぇええええええっ!」


 ジャイアント・ボアを目の当たりにしたナキは、迷う事なく大声でその場にいた全員に指示を出した。

 ナキの指示に反応したクルークハイト達は一斉に湖の畔まで走り出し、それと同時にジャイアント・ボアもナキ達を追って走り出した。


「ぎゃあああああっ!」


「皆絶対止まらないで!」


「言われなくても止まらないよ!」


「っていうかナキの悲鳴が凄いなっ」


「うわぁーっ! おいかけてきてるーっ!」


 ナキは一年前に巨大な鳥に襲われている経験があるため、その事を思い出し、はしりながらひめいを上げていた。

 ナキの悲鳴を聞いたクライムは追われる恐怖よりもナキの悲鳴に関心がいき、何故か余裕が出来た。


 だが、その間にもジャイアント・ボアは追いかけてくるため安心する事は出来ず、走り続けている内に湖の畔にいるルオの元まで来てしまった。

 おまけに他の食材を探していた獣人の子供達も戻ってきていたため、ナキは大声で危険を知らせた。


「全員食材捨ててにげろぉおおおおおおおっ!」


 ナキの声が届いたのか、ルオ達はナキ達がいる方向に視線を向け、全員驚いた様子になっていた。

 ナキ達がジャイアント・ボアに追われているのを見たルオは、慌てて精霊達に指示を出した。


「ヤバい! チビ達、誰でも良いからジャイアント・ボアをなんとかしてくれ!」


 ルオがそう指示を出した瞬間、ナキ達の背後で轟音が聞こえてきた。

 突然の轟音に驚いたナキ達は思わず立ち止まり、背後を確認すると、ジャイアント・ボアが謎の現象精霊達によってボコボコにされるという光景が繰り広げられていた。

 あまりにも想定外の展開に、呆気にとられたナキは思わずその光景に見入っていたが、しばらくしてジャイアント・ボアは息絶えた。


「…よし、昼飯の準備するぞ」


「ふつうに何事もなかったみたいにするな!」


 ジャイアント・ボアが息絶えたのを見たルオがそのまま昼食の準備をし始めたため、ナキは思わずツッコミを入れる。


 結局ドクヤマドリとジャイアント・ボアの出現により、ヤマドリタケを含むキノコ類を採取できなかったため落ち込むレーヴォチカとクライムだったが、気を利かせたと思われる精霊達によりすぐ近くに大量のヤマドリタケが生えたため、その光景を見たナキは再度頭を抱えた。


 その後、ナキ達が湖の畔で昼食食べているとナキを探しに来たヴァンダルがやって来た。

 血抜きをされたうえで氷漬けになったジャイアント・ボアを目にした瞬間、ヴァンダルはその場に崩れ落ちる光景を目の当たりにしたナキは、いかに愛し子という存在が厄介なのかを思い知らされるのだった。



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