第15話 それは理不尽か、自業自得か
五発の
ブラッディベアの攻撃を受けた訳でもないのに、突然吐血した事にナキは困惑した。
(そんな、なんで、どうして血が…⁉)
何故自分が吐血したのかわからず、困惑するしかないナキだったが、その原因を考える時間はなかった。
ナキのアイス・バレットを受けたブラッディベアは全くダメージを受けておらず、雄叫びを上げてナキに襲い掛かる。
ナキはとっさに攻撃を躱すが、ブラッディベアの爪がナキの頭をかすめ、ナキの左前額部から血が流れ出る。
左前額部を抑えながら、ナキはブラッディベアの様子を確認すると、ブラッディ・ベアは攻撃を仕掛けて来たナキに敵意を向けていた。
(さっきのこうげきで完全にブチ切れやがった!
こんな状況でトケツした原因を考えるのは危険だ、今はコイツを倒す事だけに集中しないと!)
ナキの攻撃によって、ブラッディベアは完全に激昂状態になり、その意識はナキに向けられていた。
今原因を考えている余裕はないと判断したナキは、ブラッディベアの両目目掛けて残っていた氷の弾丸を放つ。
軌道が逸れて五発中三発外れてしまったが、一発はブラッディベアの頬を掠め、もう一発は右目に直撃し、失明させる事に成功した。
右目を潰されたブラッディベアは怯み、その場でたじろぐ。
その様子を見たナキは、追撃するべくもう一度アイス・バレットの発動を試みるが、またしても激しく咳き込み、詠唱と唱える事ができない。
「ゲホゲホッゴホッ! くそ、こんな時に……っ!」
詠唱を唱えようとする度に、何度も咳き込んでしまい、詠唱を唱える事が出来ない。
詠唱なしで魔法を発動させるとなると、魔力の消費量が詠唱を唱えて発動したときよりも多く、安定しない。
そのためナキは上級魔法を安定させて発動させるために、詠唱を唱えたいのだ。
ナキが咳き込む度、吐血するため、ブラッディベアがナキの血の匂いに反応し始めた。
「ヴォオオオオオオオッ!」
(クソ、トケツしたせいでブラッディベアにマークされかけてる。かなり厄介だ!)
ブラッディベアは遭遇した相手の血の匂いを嗅ぐ事で、自分から逃げた相手を追跡する事が出来る習性を持つ。
何より厄介なのはその嗅覚の精度だ。
一度覚えた相手の血の匂いは忘れる事はなく、仮に相手の傷が完治したとしてもしつこく追跡してくるのだ。
結果、逃れた先が大勢集まる場所であった場合、かなりの被害が出る。
それ故に災害級と呼ばれる上位階級の末端に属し、危惧されているのだ。
その事を図鑑でしか知らなかったが、その情報が正しければディオール王国に向かうまでの間、死ぬまで追いかけられ続けられる事になる。
そう考えたナキは早く決着をつけるか、血の匂いを覚えられる前に逃げる必要があると判断した。
(調子がわるい以上、コイツを倒すのはムリだ。悔しいけど逃げるしかない!)
万全では無い状態でブラッディベアを倒すのは不可能だと判断したナキは、自分の血の匂いを覚えられる前に逃げる事を選択した。
だが、相手は末端とはいえ災害級、逃げるのは容易ではない相手だ。
その証拠に、ブラッディベアは突進して一気にナキとの距離を詰めてきた。
「ヴォオオオオオオッ!」
「まずいっ!
一気に距離を詰められたナキは、とっさに風の単体魔法を発動させて、突進してきたブラッディベアの攻撃を躱す。
そのまま空を飛んで逃げる事も出来たが、突然体に痛みが走りウィンドウを解除してしまい、そのまま地面に落ちてしまった。
(なんだ、このゲキツウ⁉ こんな事、一度もなかったのに!)
『ピリィーンッピリィーンッピリィーンッ!』
突然体中に走った痛みに困惑していると、ナキの耳に警告音が聞こえてきた。
警告音に反応したナキは、すぐさま立ち上がってブラッディベアの方を向き、無詠唱で
ブラッディベアは先程までナキの後方に生えていた木に突っ込んでいたが、たいしたダメージではなかったらしく、ピンピンしていた。
「木にぶつかったりすれば、少なくとも脳しんとうぐらい起こすだろう!
どれだけ石頭なんだよ⁉」
「ブルルルルッ!」
(どうする、相手は災害級。今の俺が勝てない相手なのは確か。
右目をつぶした時と同じようにひるんでいればアイス・ウォール(氷の壁)を分厚く張って、閉じ込めて時間をかせぐ事が出来た可能性にかけたかった。
だけど今となってはそれもかなわない、こうなったら無エイショウで氷の上級まほうを発動させるか、最悪エンシェント・レビンを発動させるしかない!)
アイス・ウォールを発動しての逃亡を図ったナキだったが、二度目の攻撃以降、ダメージどころか全く怯む気配さえないブラッディベアの姿を見て、それは不可能だと嫌でも悟った。
未だ怯まぬブラッディベアから逃れるには、無詠唱による氷の上級魔法の発動、それでもダメならまだ未完成であるエンシェント・レビンを発動させるしかないという最悪の展開を覚悟した。
「
ナキは意を決して氷の単体攻撃上級魔法、アイシクル・ランスを発動させた。
ナキの頭上に、氷で出来た三本の氷の槍が出現する。
その先端は、まるで氷柱のように尖っており、二メートル近い長さを誇っていた。
だが、アイシクル・ランスを発動した直後、またしても体に激痛が走り、その影響でアイシクル・ランスを上手く維持する事が出来ず、三本ある内の二本が崩れ消え去った。
ナキの頭上に残ったのは、たった一本だけだ。
(ちくしょう、マナが乱れたせいでアイシクル・ランスの数がへっちまった。
もう一度無エイショウで発動しようにも、さっきみたいなゲキツウが走って、マナをいじ出来なきゃ意味が無い!)
「グルゥオオオオオオッ!」
「クソがっ!」
もう一度無詠唱でアイシクル・ランスを発動させるのは至難の業であると考えていると、ブラッディベアがナキに向かって再度突進してきたため、ナキは迷わず一本だけ残った氷槍の魔弾をブラッディベアに目掛けて放つ。
氷槍の弾幕はブラッディベアの眉間に直撃した。
だが、眉間に直撃した直後、氷槍の弾幕は眉間に突き刺さる事無く、粉々に砕け散った。
氷槍の弾幕が粉々に砕け散ったのを見たナキは、動揺した。
「アイシクル・ランスが粉々になった⁉
(これでもダメなのか⁈ いや、そんな事ない、そのショウコにブラッディベアが怯んでる!)」
氷槍の弾幕は粉々に砕けてしまったが、突進してきたブラッディベアは氷槍の弾幕が眉間に直撃した直後その場で立ち止まり、両前足で顔を掻いていた。
その仕草から、少なからず自分の魔法が効いているという事が判明した。
ブラッディベアは中々動き出す気配がない。
その様子を見ていたナキは、エンシェント・レビンを発動するなら今しかないと判断した。
エンシェント・レビンは未だ未完成、けれどもブラッディベアに大ダメージを与えるくらいなら出来る威力を持っている。
今のナキの目的は、あくまでブラッディベアから逃げ切る事、倒す事ではない。
そう判断したナキは、喉に溜まった血を無理矢理吐き出す。
チャンスは一度きり、これを逃せば次はないと考えたナキは、意を決してエンシェント・レビンの詠唱を唱え始めた。
「〝青き空を覆い、黒き帳で隠すその雲の姿は、古来より君臨せしイカズチの神の怒れる姿。
青く
イカズチの神の怒りを買いし愚かなる者共よ、その身をもって己が罪の重さを思い知れ。〟
エンシェント・レビン!」
一度も咳き込む事無く、無事にエンシェント・レビンの詠唱を唱えきったナキ。
エンシェント・レビンの詠唱を唱えきると同時に、体中に今まで以上の激痛が走る。
だが、詠唱を唱えきった事で、上空に黒い雲が発生した。
黒い雲から、青い光が迸る。現在上空で起きている雷雲から膨大な魔力を感じた。
雷雲から魔力を感じたナキは、辛うじてエンシェント・レビンの発動に成功したのだと悟る。
そして発生した雷雲から、青い稲妻がブラッディベアに目掛け、一直線に落ちた。
そしてブラッディベアが立っていた場所を中心に、激しい爆風と砂埃が発生した。
その激しさから、ナキは前方を確認する余裕がなくその場に蹲り、飛ばされないように持ち堪えた。
下手に飛ばされてしまえば、後方にある障害物に体をぶつけ動けなくなる危険を回避するためだ。
体中に走る激痛に耐えながら、爆風と砂煙が収まるのを待つ内に、爆風の威力が弱くなった。
それにともない砂埃も収まり始めた。
(ようやくすなぼこりが収まり始めた。
さっきの威力ならいくら緑階級のマモノでもひとたまりも無い、意識を失っているはず!)
未完成でもエンシェント・レビンを発動したからには、緑階級のブラッディベアでもひとたまりと考えたナキは、ゆっくりと立ち上がり前方を見据えた。
だが、その考えは甘かった。
砂埃が収まるにつれ、ナキの目に信じたくない光景が飛び込んできた。
「……っ! そんな、あれだけの威力を受けて、なんで立ってられるんだよ⁉」
ナキの目に映ったのは、その場で立っているブラッディベアの姿だった。
未完成のエンシェント・レビンを受けながら、まるで何事もなかったかのように立っていた。
倒れる事無く立っているブラッディベアの姿を目の当たりにしたナキは、何故ブラッディベアが立っていられるのか理解できず、混乱した。
(どうして、未完成とはいえエンシェント・レビンを受けて無事でいられるはず……、あれ、ブラッディベアのとなりの黒い部分は、焦げ跡?)
ナキは普通に立っているブラッディベアを見ている内に、ブラッディベアの左隣にいつの間にか黒い焦げ跡のような物が出来ている事に気が付いた。
焦げ跡はかなりの広範囲であり、まるで落雷がすぐ傍に落ちたような感じだった。
その焦げ跡を見たナキは、とんでもない事に気が付いてしまった。
(まさか、当たっても無事だったんじゃなく、外れたから無事だった⁉)
そう、ナキが気付いたとんでもない事、それはナキが発動したエンシェント・レビンの落雷が外れてしまったという事だ。
今日までエンシェント・レビンの特訓を続けてきたナキは、止まっている対象ならば確実に当てられる自信があった。
そのため、眉間に直撃した直後に怯み、その場に立ち止まっていたブラッディベアであれば確実に当てられると考えていたが、実際はその横に落ちていた。
エンシェント・レビンの落雷が外れた事を知ったナキは、顔面蒼白になりながらその事実を受け入れられなかった。
(ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイヤバイッ!
最後のあてが外れた、体もメチャクチャ痛いせいで思うように動けない!
それに……)
エンシェント・レビンが外れた事が外れてしまった事で、内心焦っていたナキだったが、それと同時にある事が気になっていた。
『ピリィーンッピリィーンッピリィーンッ!』
(最初にブラッディベアと抗戦してから、ケイコクオンがずっと鳴り続けてる……っ!)
そう、いつもはナキの身に危険が迫った時に鳴る警告音が、未だに鳴り続けているのだ。
仮に敵と接触したとしても、一年前の巨大な鳥の時と同様にすぐに鳴り止むのだが、今回は何故か鳴り続けているのだ。
今までに無い展開に困惑するナキだったが、ブラッディベアを見ながら更に最悪な事に気が付いてしまった。
『ピリィーンピリィーンピリィーン!』
(鳴り続けてるのは、サイガイ級が相手だからだと思ってたけど、もしかしてブラッディベア以外にも敵がいるのか⁉)
いつも以上に鳴り響く警告音から、ブラッディベア以外にも魔物がいるのではないかと危惧したナキは、すぐにでもブラッディベアから逃げなければと考えた。
だが、そんなナキの思いもむなしく、それは現れた。
ナキから向かって右側の茂みから、蜥蜴の姿を持った二足歩行の魔物が現れた。
リザードマン、下から四番目に弱いとされる黄緑、グリーンイエローランクだが、種類によっては上から四番目に強い黒、ブラックランクの物もいる。
だが目の前に現れた鉛色のリザードマンの姿を見たナキは、鉛色のリザードマンから感じる風格と威圧感からある事を確信した。
「サイアクだ、アイツ、ブラッディベア以上だ…!」
自分の前に現れた鉛色のリザードマンがブラッディベアと同格、もしくはそれ以上だと感じたナキは自分では勝てないと確信した。
災害級の末席であるブラッディベアを凌駕する、災害級の魔物が目の前に現れたのを見たナキは、一刻も早く逃げる必用があると感じた。
だが、魔法を使う度に走る激痛のせいで思うように体を動かす事出来ないせいで、逃げる事はおろか、体勢を立て直す事も出来ない。
一刻も早く逃げださなければと考える中、右目を潰されたブラッディベアが体勢を立て直し、ナキに飛び掛かってきた。
それと同時にリザードマンが左手に持っていたダガーでブラッディベアに襲い掛かった。
「まずいっ⁉ うぐぅうっ!」
二体の魔物の攻撃を受けたナキは、体に走る激痛を我慢して無理矢理体を動かし、とっさにしゃがみ込んでブラッディベアの後方に移動して回避する。
「グ、ゴホッゴホッ! アイツらは…⁉」
攻撃をとっさに回避したナキは、ブラッディベアとリザードマンがどのような状況になっているかを確認するべく、後ろを振り返った。
ナキの後方には、ナキの前に立つ形で鉛色のリザードマンがブラッディベアと戦っていた。
その様子を見たナキは、逃げるのは今しかないと思った。
(俺の事には気付いてない、にげるなら今だ!
幸いカバンがある方向によけられた、夕立で血の匂いもごまかせる、
そう判断したナキは、急いで立ち上がり自分にブーストを掛けると、傍らに落ちている鞄を手にとり、ブラッディベアと鉛色のリザードマンを背に全力で走り出した。
全力で走り、二体の災害級の魔物から逃げているにも関わらず、警告音は一向に鳴りやまない。
「ハァ、ハァ、ハァ、クソッ! にげてるのになんでなりやまないんだ⁉」
警告音が鳴りやまない理由がわからなかったが、今はその理由さえ考える余裕はない。
そんな時、ナキの体に更なる異変が起きた。
ナキの体のあちこちから、突然血が噴き出し、それと同時に体にこれまで以上の激痛が走った。
「あっ……がふっ!」
突然の激痛にナキはそのまま前のめりに倒れた。
立ち上がろうとするも、あまりの激痛に立ち上がる事ができず、ギリギリ上半身を起こすのがやっとだ。
その間にもナキは激しく吐血し、上手く呼吸ができない。
自分の身に何が起きているのかわからず、自分の体から流れ出る血を見てナキは更に混乱した。
(なんで、どうして⁉ こんな、こんなはずじゃ…。
ただアイツらに、俺の事をバカにしたレンチュウに、俺をこんな目にあわせたディオール王国のやつらに、いつもユウセンされて、ダレにでもアイされる優に、フクシュウしたかっただけなのに…!)
そんなことを考えている間にも、ナキは激しく吐血し続け、上半身を支え続ける事ができず再び地面に倒れた。
ナキの体から未だに血が流れ続け、段々意識が遠のいていく。
このまま死んでしまう、そう思ったナキは一気に死への恐怖に怯えた。
「や、だ…。死…たく……。だれ、か……。(ダレか、たすけて…っ!)」
死への恐怖に怯えたナキは、誰にも届かないと分かっていながら、心の中で救いを求める声を叫ぶ。
次第に警告音も聞き取りずらくなり、そしてナキはそのまま意識を失った
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