第6話 グロウズ・ガーデン

 優に巻き込まれる形で、月の至高神の神託により異世界に召喚された挙句、クラスメイトと呼び出した側であるディオール王国の国王と王太子によって追放され、帰れないと知って優達に復讐を誓ったナキの現在の目的は第一区の真下にある第二区、通称、情報管理区と呼ばれる場所へ行く事だ。


 ナキが第二区を目指す理由は現在手探りの状態で魔法の訓練をしており、魔法の腕はそれ程上がっておらず、第二区へ行けば魔法関連の本を入手して腕を磨けるだけでなく、自分が知らない魔法を学び優達への復讐にもなると考えたからだ。


 そのためには、アリョーシャと警備隊の目をどうかいくぐり、第二区へ向かうかという問題があった。

 撹乱の目的で魔法を使ったりもしたがそれでもアリョーシャと警備隊に捕まる事の方が多く、ナキは何故こうも自分の居場所がバレてしまうのかという事がわからなかった。


(なんとかして第二区に行く事ができればマホウだって使いこなせるはずなのに!)


「ナキ~、今から出かけるからしたくしてねぇ」


「言われなくてもわかってるっつうの!」


 ナキが外出できる時は必ずアリョーシャからナキに声を掛けて外出できるよう準備を促し、外出するとアリョーシャがしっかりと手を握り振りほどこうとしてもアリョーシャの方が握る力が強いため振りほどく事ができないため、外出時の買い物の時に握られた手が離れる一瞬の時が第二区へ行く唯一のチャンスなのだが、そのチャンスを掴んでもすぐ捕まってしまうという悪循環を繰り返していた。


 現在ナキは食材の買い出しのためアリョーシャに手を握られた状態で歩いていたがナキ自身はその手を握り返してはいなかった。

 するとアリョーシャは魚屋の方へと近寄り売られている商品の品定めをして購入する商品を決めたらしく、店員に声を掛けて指定した商品の名前を伝え、店員から受け取ろうとした時だった。


 突然近くから鳴き声のような音が聞こえてきたため、ナキとアリョーシャは音が聞こえて来た方向を確認した途端大変な事が起きている事を理解した。


「はぁあっ⁉ なんだよあれ⁉」


「誰かがマウンテンボアを刺激したのね。普段大人しい分興奮すると宥めるのは大変なのよ、あの子達」


 音の発信源先にはナキが知っている猪よりも二回り大きいマウンテンボアと呼ばれる生物達が暴れていたため、それを見たナキは思わず大声を上げた。


 一方で、暴れまわるマウンテンボア達を見たアリョーシャは店員から商品の魚が入った袋を受け取ると店員に避難を促し、連れていたナキを転移魔法で仮住まいの住居に避難させようとしたが、そこで思わぬアクシデントが発生してしまった。


 暴れまわるマウンテンボアの一匹がナキとアリョーシャの方に向かって突進してきたのだ。

 それを見たナキは大海の森で巨大な鳥に追いかけられた時の恐怖を思いだしたのか、完全に混乱状態に陥ってしまったのだ。


「うっ……うわぁあああああああっ!」


「ちょっこんな時に暴れないでナキ! ってわひゃあっ⁉」


 突然悲鳴を上げて暴れだしたナキに驚いたアリョーシャは、ナキを落ち着かせようとしたが、混乱状態に陥ったナキは無意識に魔法を暴発させてしまったのだ。

 しかも暴発させた個所はアリョーシャに握られている方の手で、驚いたアリョーシャは思わずナキの手を放してしまい、ナキはそのままマウンテンボアがいる場所とは逆方向へと走り出してしまった。


 完全に混乱状態に陥ったナキは無我夢中で走り、目の前に柵が見えたため必死によじ登り柵の向こうへと避難しようと飛び降りたが、下を見た途端地面がない事に初めて気づいた。


 実はナキがよじ登っていたのは落下防止用の柵で、その先には地面がなかったのだ。

 その事にナキが気付いた時にはもう柵から飛び降りた状態であったため、ナキの体はそのまま落下し始めた。


「ぎゃああああああっ!」


 落下した事に気付いたナキは混乱して悲鳴を上げていたが、そこでナキの体に風が纏わり始めた。

 それはナキが巨大な鳥から解放されてそのまま落下した時の風と同じであり、風はナキを包み、落下速度を遅くしていく。


 そして地面が見えた頃には落下する速度が緩やかになっており、問題なく地面に降り立つことができた。


(たすかった、のか? それにさっきの風、あの時と同じ風だった。

でも俺自身風のまほうをいしきして使ってなかったのになんで……)


「ってそれよりもどこだここ?」


 無事地面に降り立った事で落ち着く事ができたナキは、すぐに自分が何処にいるのかを確認するために周りを確認し始めた。

 今いる場所は茂みで覆われており、遠くから騒ぎ声が聞こえてきたため慎重に声が聞こえて来た方向に進み、茂みの中から様子を伺うと、ナキの目の前には見た事が無い光景が広がっていた。


「うわぁ……」


 ナキが目にしたのは全体的に高い建物が立ち並びながら、その建物の間を自由に飛び回る人々の光景が広がっていた。

 自由に飛び回っていいる人々はみな忙しそうにしており、ナキはその人々を観察していると、とんがり帽子を被って箒にまたがって飛んでいる女性達と背中から白い翼を生やしながら飛ぶ人々を見てあることに気付いた。


「もしかしてここ、じょうほう管理区?」


 そう、ナキが落ちた先は偶然にも第一区の真下に存在する情報管理区という別名が存在する第二区だったのだ。

 ナキはアリョーシャが用意していた服についていたフードを深く被り鞄をかけ直すと、こっそりと地上を歩き回っている人々に紛れ込んで情報管理区に繰り出した。


 久々の一人行動という事もあり、ナキは自分のペースで情報管理区の街の様子を見回した。

 高い位置にテラスのような場所がありそこから飛び回っている人々、恐らく箒に乗っている女性達が魔女ウィッチで翼を持つ人々が天人族と思われる人々が出入りをしていた。


(あそこはいわゆるしょくいんせんようげんかん、的な場所か)


 暫く町の様子を観察していたナキだったが、いつアリョーシャに見つかるかわからないため急いで魔法関連の本がある場所を探し始めた。

 以前見たパンフレットは第一区の仮住まいの家の自室に置いてきているためみる事ができず、近くには第二区の地図が書かれている看板などは見当たらなかったため、仕方なく近くの人物に声を掛けて魔法関連の本が何処にあるのかを訪ねる事にした。


「すみません。今、よろしいでしょうか?」


「なんだい坊や? 何か探しているのかな?」


「マホウについて学びたくて、マホウ関連の本がどこにあるかわかりますか?」


「第二区に来るのは初めてかな?

 それならグロウズ・ガーデンという図書館に行く事をお勧めするよ。

 あそこの職員の人が坊やにあった魔導書を選んでくれる筈だよ」


「グロウズ、ガーデン?」


 グロウズ・ガーデンという名前の図書館に行けばいいと尋ねた老人から聞いたナキは、詳しい場所を教えてもらうと老人にお礼を言ってその場を後にした。

 そして魔導書という言葉を聞いたナキは、それが魔法関連の本に違いないと考え色いでグロウズ・ガーデンに向かった。


 そして辿り着いたのは古いながらに趣がある大きな建物で、グロウズ・ガーデンの建物を目の当たりにしたナキは思わず息をのんだ。


 見た所軽く二十階建てと思われる高さでグロウズ・ガーデンの大きさを見たナキは、これだけ大きければ強力な魔法が書かれている魔導書があっても可笑しくはないと考え早速中に入ろうとしたが、入り口付近に第一区で見慣れた服装をした集団を目の当たりにして近くの茂みに姿を隠した。


(ケイビタイの奴らもう来たのか⁉ そうかじょうほう管理区担当の奴らか?)


 実は、入り口付近に集まっていた集団はナキがよく知る警備隊で、彼らには警備隊専用の制服が支給されており第一区でもナキがアリョーシャの元から逃げ出す度に捕まえに来るため警備隊がの制服のデザインを記憶していたのだ。


 ナキが知る第一区の警備隊の制服の刺繍の色は白、対して入り口付近に集まっている集団が来ている制服の刺繍の色は紺色。

 集まってきている第二区の警備隊の様子からしてナキが第一区で起きた騒動が原因で第二区に落下したという報告を受けたらしく、ナキの捜索をしているようだった。


(入り口付近はあいつらのせいで通れそうにない。

他に入れそうな場所を探さないと)


 ナキはグロウズ・ガーデンに入る事ができる場所を探すべく茂みを利用してグロウズ・ガーデンの周囲や窓などを確認したが、警備隊に見つからないように入口を探したがどこもしっかりと閉められており、とても入れそうな気配はない。

 次第に第二区の警備隊が茂みの様子を確認し始めたため、このまま茂みの中にいればいずれ見つかってしまうのは目に見えた。


(やばい、このままじゃ見つかる!)


 ナキが焦っているとグロウズ・ガーデンの外壁に太くて丈夫な蔦がびっしりと生い茂っており、その先にテラスがある事に気付いた。

 警備隊が近づいてくる前に急いでその蔦を掴むとそのまま蔦を登り、テラスに着く頃にはナキがいた茂みに警備隊がおり、茂みの中を確認し始めていた。


 こっそりとその様子を確認していたナキは無事に見つかる事が無かったと知ると少し安心した。

 するとテラスの奥に開いた扉がある事に気付き、ゆっくりと近付いて様子を確認してみると、開いた扉の先には誰もいなかったためナキはそこからグロウズ・ガーデンの中に入っていった。


「ここがグロウズ・ガーデンの中? すごい量の本がある!」


 グロウズ・ガーデンの中に入ると、そこには大量の本棚が配置されており、その本棚の中にも大量の本が仕舞われているのを見たナキは思わず大きな声で叫んでしまった。

 慌てて声を抑えたが、近くから声が聞こえてきたため近くの柱に隠れた。


 ナキが入ってきたテラスの前に職員であろう魔女と天人族と思わしき二人の女性が現れ、しばらく周りの様子を確認すると天人族の女性がテラスの扉を閉め施錠し、そのまま魔女とその場を離れた。


 二人が離れたのを確認したナキは、隠れていた柱からゆっくりと出て周りを確認すると閉められた扉を確認した。

 テラスに出るための扉はしっかり施錠されており、恐らく職員が持っている鍵がないと開け閉めができない作りになっていた。


「仕方ない、帰りは他の出口を探そう。それよりも今はマドウショだ」


 今は出口よりも魔導書を探す事を優先したナキは、グロウズ・ガーデン内の移動を開始した。


 ナキは職員達に見つからないように物陰に隠れながら移動し、魔導書がある本棚を探していたが、植物や鉱石、動物に魔物について書かれた図鑑や暇つぶし用の小説の本といったいつもアリョーシャが持って来て読んだ事がある本をいくつも見つけたが目的の魔導書だけ見つける事ができないでいた。


「マドウショ、マドウショ~。一体どこにおいて……うわっ!」


「キャッ!」


 夢中で魔導書を探しているうちにナキは歩いていた誰かとぶつかってしまった。

 あまりにも突然の事であったためどう対応するべきかで考えていたが、どうやらナキとぶつかった相手も予想していなかったのかナキを見て混乱しているようだった。


「ごめんなさい! まさか誰かいるとは思っていなかったの」


「あっいや、こっちこそ。マドウショ探すのにむちゅうで前見てなかったから、ごめんなさい」


 ぶつかってしまった相手を確認すると、詳しい種族に関してはわからないが外見の特徴はナキより五歳くらい年上の人間の少女だと思った。

 何より少女の様子からして自分の情報が少女には伝わってはいないのが見て取れたため、ナキは少女から魔導書が何処にあるのか聞き出そうと考えた。


「ところで、マドウショがどこにあるかごぞんじですか?」


「魔導書ならここより上の十五階にあるわ。良かったら案内してあげようか?」


「えっ? 良いの?」


「勿論。魔導書が何処にあるか聞くあたり、ここに来るのは初めてなんでしょう?」


「ありがとう!」


 少女に魔導書の場所を教えてもらうだけでなく、魔導書がある場所まで案内してくれると事になったナキは少女の申し出を受ける事にした。

 それに職員にはまだナキの姿を見られていないため、少女と行動する事で正体がばれる事無くうまく移動する事ができるかもしれないと考えたのだ。


 魔導書がある十五階に行くための手段として階段を上がっていくのかと思いきや、少女は何処からともなく箒を取り出し浮かせると、先にナキを箒に乗せて抱え込む形で自分も箒にまたがり空を飛び始めた。


「すごい、飛んでる! もしかしてウィッチ?」


「ううん、私は魔女じゃないわ。空を飛ぶだけならいろんな方法があるの」


「道具とかあったりマナが十分あれば、俺でも飛べるの?」


「できるわ。でも属性の相性もあるから気を付けた方が良いわ。

 そういえば自己紹介がまだだったわね。私はオーシャ・メルジーナ。君の名前は?」


「とりあえず、ナキって呼んでくれればこじん的にはありがたいです」


 オーシャと名乗った少女に名前を聞かれたナキは、苗字は伝えず名前だけを伝えると周りを確認した。

 周りには自分の様に魔導書を探しに来た人や普通に調べ者をしに来たり、暇つぶしの本を借りに来た人、恐らくナキを探しているであろう職員達の姿がある。


 図書館にしては静かでありながら、人で賑わっているという少し矛盾した雰囲気を感じたナキは、自分の記憶にある元いた世界での図書館との僅かな差に気付きながらも、どこか安心感を感じた。


(この世界に来る前によく行っていた図書館とふんいきが似てるせいか、ちょっと安心する)


「もうすぐ魔導書がある階に着くわ」


「本当?」


「ここで嘘をついても意味はないでしょう?」


 上空からグロウズ・ガーデンの様子に見入っていたナキはオーシャからもうすぐ魔導書が置かれている十六階に着くと教えられたため、すぐに目線を上に移した。

 そして十五階に着くとそこには他の階同様に魔導書と思われる本が大量に置かれていた。


 大量の魔導書を見たナキは目を輝かせていた。

 ナキとオーシャは箒から降り、ナキが目の前にある魔導書に目が釘付けになっている内にオーシャは浮かせていた箒をいつの間にかどこかにしまっていた。


「ここが魔導書が置かれている十五階よ。

 ここには初心者向けの魔導書から、中級者向けの魔導書が用意されているの」


「この階にあるマドウショ全部⁉ ……あれ? それだと他のマドウショとかは?」


「他の魔導書はこの上の十六階から二十階にあるわ。階層によって属性や系統事に分けられているから見つけやすいのよ」


「って事は、強いマホウが書かれてるマドウショを見るには、上の階に行かないといけないのか」


 今いる十六階にある初心者向けから中級者向けの魔導書は上の階にあると聞いたナキは、より強い魔法を覚えるには上の階に行く必要があると考えた。

 そのためには連れてきてくれたオーシャの目をかいくぐる必要がある。


 ここまでナキを連れてきたオーシャの性格から、自分より年下のナキを放っておくような事は考えているとは思えなかったためどうするべきかと考えていると、その本人が意外な事をナキに教えた。


「上の階の魔導書に興味があるのなら行くのは難しいわ。

 上の階の魔導書を閲覧するには、通行許可証が必要なの」


「ツウコウキョカショウ? 何それ?」


「魔法を習い始めた人がいきなり上級の魔法を使ったりするとその反動で怪我をしたり体調不良になったりする事があるのと、魔導書によっては危険なものも書かれているから盗難防止のために各階への入り口には結界が張り巡らされているの。

 その結界を通り抜けるためには専用の交通許可証が必要になるの」


 そこまで説明するとオーシャは首から下げていた首飾りを手に取り、それが通行許可証だと説明してくれた。

 オーシャが持つ通教許可証だと十七階まで行く事ができるものらしく、一番上の階に行く事ができる通行許可証を所持しているのは皆魔法に詳しい魔女だけだという事だ。


 更には一般人の場合は魔法使いの進級試験が行われ、合格すれば上の階へ行くための通行許可証が渡されるそうだが、ナキだと今いる十五階までしか行く事ができないし、場合によっては本の貸し出しなどは不可能になる場合があるのだ。


 それを聞いたナキは愕然とした。

 通行証がないと通る事ができないという事は、目的の強力な魔法が書かれた魔導書を手に入れる事ができないという事だ。


「あ~、そんなに落ち込まないで。

 昇級試験は毎月一度行われているから、チャンスがない訳ではないのよ」


「そうは言われても、どうしてもこうげき系のマホウを覚えたかったのに!」


「それならここにある初心者用の魔導書はどうかしら?

 攻撃系の魔法は少しでも軌道がずれたら大変だからオススメよ」


 強力な魔法が書かれている魔導書が手に入れる事ができないという事に対してかなり落ち込んでいるナキの様子を見たオーシャは、近くの本棚から初心者向けに掛かれた攻撃系の魔導書を手に取ると、それをナキに見せた。


 ナキはあまり乗り気ではなかったが、とりあえずはといった様子で進められた魔導書を手に取り、試しに読んでみると書かれていた内容を見て驚いた。

 驚いたというよりも、驚かずにはいられなかったというのが正しいかもしれない。


「なんだこの文字⁉ 全然読めねぇ!」


 魔導書に掛かれていた文字は、アリョーシャから教えられた異世界の文字ではなく、全く知らない文字で書かれていたのだ。

 そのためそのページに掛かれている魔法がどんなものなのかというのが全く分からなかった。


「その文字は精霊文字と言って、魔導書に魔力を流し込むと流し込んだ本人だけ読み取れるようになるのよ」


「こっこうすれば読めるのか?」


 オーシャに精霊文字の読み方を教わったナキは言われた通りに魔導書に魔力を流し込むと、教えられたとおりに魔導書に掛かれた精霊文字が次第にアリョーシャから習った文字に変化して読み取れるようになった。


 そこに掛かれていたのは風の攻撃魔法で、初級魔法ではあるものの魔導書が読めるようになったため、ナキはとても喜んだ。

 これで魔導書が読めないともなれば元いた世界に帰れないと知った時同様に暴れていただろう。


 ナキは何とかしてこの魔導書を持ち帰れないかと試行錯誤し、その事に関してオーシャに訊ねようとした際に開いていたページの題名が目に入った。

 他のページに掛かれている題名や説明なども確認した結果、どうやら題名は魔導書に記されている魔法の名前であるという事がわかった。


 ナキが今持っている以外の魔導書も同じようになっているかまではわからないが、オーシャに進められた魔導書は初心者向けの物であるため魔法を習い始めたばかりの人物が覚えたい魔法を見つけやすくするためにこうなったのかもしれないと考えた。


「えーっと、このマホウの名前は……『ウィンド・ブレード風の刀身』?」


 ナキが魔法の名前を口にした途端、突然強い風がナキとオーシャの周囲に発生し始めた。

 そしてそれほど時間が経たないうちに発生した風はだんだん形を形成していったが、次の瞬間には形を保つ事ができずにそのまま上へと向かい天井を突き破っていった。


 かなりの威力があったようで周囲の本棚は全て倒れており収納されていた魔導書は全て本棚から飛び出していた。

 一体何が起きたのか理解できないナキはただ呆然とすることがしかできす、近くにいたオーシャも何が起きたのか全く分かっていない様子だった。


 暫くの間放心状態だったナキだったが上から魔導書と思われる本が良く数冊も降ってきた光景に気付き慌てて天井を確認すると、天井には大きな穴が開いているだけではなく、他の上の階の天井も今いる十四階同様に穴が開いており、最上階である二十階に至っては空が見えているのが目に入った。


「ウソだろ……」


 未だに目の前の光景が現実のものであるという事に自覚が持てないナキは思わず自分の目を疑い持っていた魔導書を手放した。

 オーシャは今起きた状況を思いだし慌てた様子でナキのそばに駆け寄った。


「ナキ、今詠唱唱えた⁉」


「いや、エイショウはとなえてないし、マホウの名前っぽいのは言ったけど……」


「名前⁉ 魔法の名前を言っただけであの威力なの⁉」


 ナキが詠唱は唱えていない代わりに魔法の名前を口にしただけだと聞いたオーシャは酷く驚いていた。

そんなオーシャの様子を見たナキは、自分でも知らない内に何か凄い事が起きたという事だけ理解する事が出来たがその内容が全く分からなかった。


 しかし、次にオーシャが口にした言葉によって何が起きたのかを理解する事が出来た。


「魔法の名前だけで発動させるには何十年もかかる事なのよ!それこそ無詠唱で魔法を発動させる事の次に難しい事なのに!」


「ムエイショウの次にむずかしい⁉」


「貴方、本当に魔法に関しては初心者なの⁉」


 無詠唱の次に魔法を発動させるのが難しいを言われたナキは、まさか自分でも難しい事を簡単にできるとは思ってもいなかったし、何より魔法の知識も全くないためオーシャの質問に対してどう答えればいいかもすぐには思いつかなかった。


 そんな時に騒ぎを聞きつけたグロウズ・ガーデンの職員と外にいた警備隊が駆けつけ、風の魔法を発動した拍子に被っていたフードが脱げていたためナキの素顔があらわになっていたため警備隊はすぐさまナキの確保のために動き出した。


 警備隊がいる事に気付いたナキは慌ててその場から逃げ出し、オーシャに至っては他の職員にそのまま保護され訳が分からず混乱していた。

 その後ナキは一時間も第二区の警備隊から逃げ回り、グロウズ・ガーデンで発動させた魔法の威力に疑問を抱きながらも駆け付けたアリョーシャによって確保され第一区に連れ戻されるのであった。

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