第3話 目覚めた場所、少女との出会い
ピリィン、ピリィン、という優しい笛と鈴の音が心地よく耳に響き渡り、その音に反応するようにナキはゆっくりと目を開けた。ナキが目を覚ますと同時に音は聞こえなくなったが、ナキは気にする事はなかった。
(……あれ?)
目を開けた瞬間、目に入ってきたのは白い天井だった。
その天井を見たナキは、訳が分からず混乱し、体を起こそうとした。
すると右手に鈍い痛みが走り、後ろ向きに倒れこんだ。
右手の鈍い痛みに続き、体中が筋肉痛を起こしているように思える程の痛みを感じ始めた。
ナキは顔だけを動かして周りの様子を確認し、自分がいる場所の雰囲気から病院にいるのではないかと推測した。
しかも、周りには誰もおらず、部屋の広さから個室だとわかると、右手は使わずにもう一度体を起こした。
(ダレもいない、ここは病院? なんで俺はこんなところにいるんだ?)
体を起こした後、ベッドの上で考えていると右隣に窓がある事に気付いたナキは外の様子を見ようとベッドから抜け出した。
その時、ナキの背後から扉があくような音が聞こえてきたため振り返ると、耳の先が長くとがった看護婦の姿があった。その看護婦の姿を見たナキは一瞬硬直したが、看護婦に至ってはナキが起き上がっている事に驚いていた。
「ちょっと君、まだ起きちゃだめよ! まだ絶対安静でいなきゃ!」
「えっ?」
「早くベッドに戻りなさい!」
そういうと看護婦はナキに近付くと、軽々とナキの体を持ち上げてベッドに寝かせた。
あまりにも突然の事過ぎてナキは呆然と自分をベッドの上に戻した看護婦を見る事しかできなかった。
看護婦の耳を見て、ナキは目の前にいる看護婦はエルフと呼ばれる存在ではないかと考え、自分の答えがあっているかを確かめるべく看護婦に声を掛けた。
「なぁ、あんたってエルフ、でいいのか?」
「えぇ、私はエルフよ。今担当の先生を呼んでくるから大人しくしていてね」
看護婦のエルフはナキに大人しくしているように釘を刺すと、急いで病室から出て行った。
看護婦のエルフの様子からして、どうやら予想以上にナキの体は重症のようだ。
その事を自然に悟ったナキは、そのまま大人しくしている事にしたのだが、ふと胸に手を当てた時に懐中時計がない事に気付いた。
「カイチュウドケイがない! どこだ、どこ行った⁉」
亡くなった祖父との思い出の品である唯一手元に残っていた懐中時計もなくなっていた事から大人しくしていられなくなり、体が痛むのも忘れてベッドから飛び起きると大慌てで懐中時計を探し始めた。
探していた懐中時計はベッドの隣に設置された棚の上に置いてあったため、すぐさま懐中時計を手に取り握りしめると、ナキは安堵しその場に座り込んだ。
すると扉をたたく音が聞こえた後、看護婦のエルフの声が聞こえてきたためナキは慌ててベッドに潜り込んだ。
看護婦のエルフが連れて来たナキの担当をしている担当医は、頭に二本の小さな角を生やした中年男性だったため、ナキは思わず担当医の頭を二度見した。
看護婦がエルフだったため、てっきり担当医もエルフだと思っていたのだ。
「角⁉ 角ついてる!」
「そりゃあ、私は鬼なのだから角があっても不思議ではないだろう」
「鬼ぃ⁉」
担当医の角を見て軽く混乱しているナキに対して、担当医の男性は自分が鬼であるという発言をしたため、それを聞いたナキの混乱は加速した。
ここは異世界なのだからいても不思議ではないが、ナキからすれば鬼という種族は架空の存在。
本物に会うなど、何より医者をしていると夢にも思っていなかったのだ。
看護婦のエルフに至っては鬼がいるにも関わらず平然とした様子だったため、とりあえず危険人物という訳ではないようだ。
「それにしても驚いたよ。当分意識不明のままだと思っていたらこんなに早く意識が回復するとは」
(俺、そんなに酷い状態だったのかよ⁉)
「俺、どれぐらいねてたんですか?」
「今日の
「……今なんて?」
担当医の鬼の話を聞き間違えたと思ったナキは、もう一度担当医の鬼に訊ねた。
「だから君は半月の間意識不明だった、と言ったんだよ」
「……ハッ半月ぃいいいいいっ⁉」
自分が半月もの間意識不明だったと聞いたナキは、担当医が鬼であった時以上に驚きの声を上げた。
丸一日眠っていたのではと思っていたのだが、予想以上の時間が立っていたため驚くしかなかった。
それだけナキの容体が酷かったことを示していたのだ。
「俺どんだけ酷い状態だったんだよ⁉ ってそれ以前になんでそうなったんだ⁉」
「落ち着いて。さっきも言ったけど君はまだ絶対安静の状態なのよ!」
「半月前、このライフ大陸のエルドラド地方とブルーム地方の中間に生い茂る大海の森で発見されこの病院に搬送されたんだ。
覚えてないかい?」
担当医の鬼に自分が病院に搬送された時の状況を聞かされたナキは、その言葉を聞いた瞬間に最後に起きていた時の状況を思いだした。
(そうだ、俺はあの時バカデカイ鳥から逃げるためにケイコクオンを頼りに進んで、ダレかにたすけられたんだ!)
多少混乱しながらもナキは自分がディオール王国を追放された挙句、巨大な鳥に襲われ命の危機に立たされていた事を思いだし、今日の日付を確かめるために担当医の鬼と看護婦のエルフに訊ねた。
「今、何月の何日で、何曜日になるんだ⁈」
「今は
「七夕月? 十五刻? 黄色の祈り日?」
今日の日付を知りたいと聞かれたため、看護婦のエルフは当たり前のように答えたのだが、日付の言い方が元いた世界とは完全に違いすぎたため、聞いたナキ本人は看護婦のエルフが何を言っているのか全く分からなかった。
だいたいの流れから月日と曜日を言っているというのはわかってはいたのだが、それがいつなのかがわからないのだ。
ナキの様子から、看護婦のエルフが答えた日付の意味を理解していない事に気付いた担当医の鬼は、看護婦のエルフに指示を出すと確認のためにいくつかの質問をナキに問い始めた。
「今からする質問に答えてくれ。君の名前は覚えているかい?」
「俺の名前は、神座ナキ」
「君の誕生日はいつで、歳はいくつかな?」
「えっと、九月の七日で一〇さい、です」
「君が住んでいた場所にはどんな種族がいたのかな?」
「人間しかいないよ。ついでに言うならまほうとかそんなの一つもない」
それから担当医の鬼の質問に答えて行き、それらが終わると担当医の鬼は考え込むような態度をとった。
すると指示を受けていた看護婦のエルフが戻って来た。
その後ろには見慣れた人間の少女の姿があった。
少女は長く伸ばした灰色の髪と美しい紫色の瞳をしており、何処か不思議な魅力も兼ね備えていた。外見からして歳はナキより五歳年上ぐらいだろう。
「よかったぁ、目が覚めたのね。君が目覚めたという知らせを受けて面会に来たんだよぉ」
少女はナキの姿を見て安心したような表情をした。
少女が来たことを確認した担当医の鬼は、先程ナキに向けた質問の答えが記載された用紙を手渡すと、困惑した様子で少女に訊ねた。
「
「
顔は穏やかなままなのにナキは異世界からの来訪者だと断言するような少女の言葉に対して、ベリーベルと呼ばれたエルフの看護婦と業魔と呼ばれた担当医の鬼は声を上げてひどく驚いていた。
二人の驚きようを見たナキは、異世界から来た自分の存在はかなり珍しい、というよりもあり得ないという状況に近い存在なのかもしれない事を悟る。
異世界からの来訪者という言葉に過激に反応した業魔は、少女に対してナキをどう言った経緯で保護する事になったのかを訊ねた。
「語り部様、一体この子をどういった経緯で保護する事になったのです?」
「それを今から説明するんだよぉ」
語り部と呼ばれた少女よりも年上と思える大人達が、少女に対して敬語を使っている様子を見ていたナキは少女がディオール王国の王族達の様に地位が高い人間なのではないかと考えた。
少女はナキの方を向き微笑みながらナキに語りかけ始めた。
「まずは自己紹介だね。私の名前はアリョーシャ、サニワート・アリョーシャよ」
「アリョーシャ? サニワートじゃなくて?」
「サニワートは私の姓、アリョーシャが名前になるんだよ。君には少し理解しずらいかもだけどぉ、それが真実なの」
のんびりとした口調の喋り方をするアリョーシャに対し、てっきり権力を振りかざしたり、地位が高い事を盾に見栄を張ってきたりするのかと思いきやいたナキは拍子抜けした。
そんなアリョーシャを見たナキは、ディオール王国の王族のような冷徹の人間とは違い害のない人間であると思った。
「アンタ、ずいぶんなおえらいさんなんだな」
「そりゃあ、六九九二年も生きて、今の星族の祖先達と六八九六年も一緒に暮らして、星族の村を色んな種族が暮らす大きな都市に作り替えるのに協力したら、な~でか最高責任者的な立場になってたらねぇ。
私個人としては星族の長老に最高責任者やってほしいのに」
当たり前のように敬われている理由を話すアリョーシャの言葉から衝撃的な数字が出てきたことに驚いたナキは、思わず自分の耳を疑った。
「六九〇〇って、じょうだんだよな?」
「驚くのも無理ないわ。語り部様は既に五千年以上生きていらっしゃるのよ」
「マジかよ……」
自分の目の前にいるアリョーシャが既に五千年以上生きていると聞いたナキは、信じられないという表情でアリョーシャを見ていた。
見た目はどう見ても中学生か高校生くらいだというのに、実際は信じられないくらい年が離れていると聞いてもそう簡単には信じられないし、驚く事しかできない。
異世界というのはここまで元いた世界との違いがあるのかとナキは思わずにはいられなかった。
そしてアリョーシャは先程までののほほんとした表情と違い、真剣な豹所でナキに話し始めた。
「まず、記憶障害が起きていないかの確認を踏まえて君の身に起きた事を純に説明していくよ?
君は約二か月近く前の
君の世界で言うなら五月の二二日にディオール王国によってこの世界に召喚された」
「覚えてる。ディオールの国王は自分の国のハンエイとキュウサイのためにショウカンしたって」
「そう、エルドラド地方で強い魔力と自然エネルギーを感じた時はまさかとは思ったけど、ディオール王国の守護神が神託を告げた事によって異世界の住人の召喚が行われたの。
私はすぐ諜報活動に優れた星族の一人をディオール王国に送り込んで、情報を集めてもらう事にした。
最初に届いたのは召喚された来訪者が合計二十五人で、全員が子供だという事よ」
「流石に驚かずにはいられなかったわ」とアリョーシャは呆れたように言うが、アリョーシャから説明を受けていたナキはアリョーシャ達が自分が優や同級生達と共に召喚されてからそれ程時間がたたないうちに諜報員を送り込み、召喚された自分達の存在を知った事に対して驚きを隠せないでいた。
そんなナキをよそに、アリョーシャは話を続けていく。
「君達が召喚直後、国王は自分の息子達に大規模な奴隷狩りを発令し、
私はこの都市に住む他の獣人や
一方で、ディオール王国に勇者とその仲間達が降臨したという情報は国民に知らされず秘匿され続けていたのよ。
それから数日して、衝撃的な事件が起きたわ」
「しょうげきてきな事件? そんな事件なんか起きてないけど……」
「貴方が無実の罪で大海の森に追放された事よ」
ナキが大海の森に追放されたという報告を受けたアリョーシャは、自分が行った方が早いのだろうが様々な種族が住む都市を統治しているためそう簡単に離れる事は出来ない身である。
ディオール王国付近に住む種族の避難同様すぐに他の星族や実力のある他の種族に呼びかけてナキの捜索に当たらせたのだが、ナキが放置された場所には既におらず、その道中で何故かディオール王国の兵士などの姿があったため兵士達を撹乱する事にもなりナキを保護するのに一か月も時間がかかってしまったのだそうだ。
しかもナキを発見した時には体中傷だらけで全身打撲に右手が火傷を負った状態だっただけではなく、脱水症状や軽度の栄養失調も起こしていたためナキを保護した者達はかなり焦ったそうだ。
急いで病院に搬送して治療にあたったのだが、一向に意識を取り戻す気配がなく半月が経過して、今日やっと意識を取り戻したのだと言われた。
「これが今までの経緯よ。何か質問はない?」
「あるとすれば、俺以外にもそのイセカイからのライホウシャはいるんですか?」
「意外だね。どうしてそう思ったの?」
「俺がショウカンされた日をさいしょは稲苗月の二二刻って言ったけど、その後に五月の二二日って言ったから、もしかしたら他にもいるのかなって」
ナキはアリョーシャの口から五月二二日という言葉が出て来た事を思い出し、もしや自分と同じ立場の人間が他にもいるのではないかと思った。
そうであるならば自分にわかりやすく説明できるよう言い換える事はできないと考えたのだ。
ナキの考えを聞いたアリョーシャは、首を縦に振った。
「君の言う通り、この世界は過去何度も異世界からの来訪者が現れているわ」
「やっぱり!」
「っと言っても、たいていこの世界に来るのは自然に広がった境目に落っこちた来訪者ばっかりで、召喚されてこっちに来る来訪者の方が珍しいのよね」
「さかいめ?」
ベリーベルが言った境目という言葉に引っ掛かったが、すかさず業魔が話に割り込み境目に関しての説明はまた追々するという事になり、説明を続けた。
「異世界の来訪者は全員この世界の常識を知る事はない。
そう言った来訪者達をできる限り保護してサポートしてるの。
君の担当医である業魔も過去に何度も来訪者達の担当医をしているのよ」
「君がベリーベル君の言った日付を理解していない様子だったのでもしやと思ったが、まさか十歳の子供とは思わなかったんだ」
過去に何度か異世界からの来訪者の担当医をした事がある業魔は、まだ十歳のナキが来訪者だとは思っていなかったらしく、どうやらこれまでの来訪者は皆子供ではなく未成年か成人している人物ばかりのようだ。
他にも説明しなくてはいけない事が山程あるが、話し込んでいるうちに面会時間終了の時間になっていた。
この続きはナキがリハビリと都市の案内を兼ねた外出時にする事になった。
ナキがベリーベルと初めて対面した時に言われたように、まだ絶対安静でなければならないためナキはそのまま大人しくしていた。
食事に至っては半月の間意識不明で何も口にしていなかった事もあり、いきなり固形物を食するのは危険と判断され点滴で済ませる事になった。
その夜、ナキは意識を取り戻したばかりという事もあり中々寝付けず、時間を潰す為にベットの上から窓の外を眺めていると夜空に浮かぶ月が目に入った。
召喚されてから余裕なんてものはなかったため、異世界の夜空をじっくりと眺めるのはこれが初めてとなる。
異世界の月は
不意に、ナキが負った傷の中で一番重症な部分であり、唯一火傷を負っていた右手の方を見た。
(そういえばあの時、むがむちゅうだったから気にしてるよゆうがなかったけど、あの爆発は俺の手から出たように見えた。
もしかしたら、でも、まさかな……)
ナキは巨大な鳥に捕まった時の事を思い出し、疑問異に思いながらも動かせる左手を自分の目の前に動かし、掌サイズの火をイメージした。
するといとも簡単に掌サイズの火が出たため、それを目にしたナキは少し動揺した。
「火が、出た…… (あのバクハツはやっぱり、俺が起こしたバクハツだったんだ)」
掌でゆらゆらと燃える火を見つめていると一瞬眩暈を起こし、それと同時に火は消えてしまった。
ナキはそのままベッドに倒れこみ、自分にはなかったはずの適性が存在した事に対して素直に喜ぶ事ができなかった。
適性があり、魔法を使う事ができると分かっていれば獣や魔物に遭遇したとしても弱ければ対応できたかもしれないし、何よりもっとスムーズに進む事ができたかもしれないからだ。
それを思うと勇者召喚の神託を下した月の至高神に対して不信感を抱いた。
ディオール王国に召喚された当日に月の至高神から自分には適性がないと断言されていたのだが、こうして火が出たという事は火の適性があるという事になるのだ。
そうなると月の至高神はナキに対して嘘をついた事になり、適正があるにもかかわらずにわざと加護を与えなかったという可能性がナキの中で芽生えた。
「(月の至高神は俺にはテキセイがないってだんげんしてた、でも、さっきみたいにまほうが使えた)
一体どういう事なんだよ……」
ディオール王国の神殿で会合した月の至高神の発言と先程日の魔法が使えたという矛盾する事実に困惑するナキは、この事実をどう受け止めればいいのか分からずしばらく考え込んでいたが、まだ回復し切っていないという事もあるためか次第に眠気を感じ始め、再び眠りについたのだった。
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