物語のテンプレを検証する現実逃避傾向のレディ達(第2部EPEP146以降読了推奨)


「貴方を婚約破棄するっ!」

「そ、そんな……ウインター殿下! 私がいったい何を……!」


「やはり、しらばっくれるか。エマ侯爵令嬢のみならず、聖女オトナシまで影でいびる悪女だったとは……雪姫スノープリンセスの名が泣くというもの」

「そんな、私には全く身に覚えがありま――」






■■■





 ズズズ。音無ちゃんの淹れてくれたお抹茶が美味しい。まぁ、それはさておいて――。

 演劇部が依頼してきた脚本である。


 緊急の生徒会長選挙も控えて、臨時の選挙管理委員会も、まさかのこの二人体制。色々、詰んでいる。どうして私は、脚本執筆を後回しにしてしまったのだろう。演劇部の『異世界追放令嬢モノをやりたいけれど、できるだけ低予算でやりたいの。そこんとこヨロ』という無理難題に直面しているワケで。こんなことなら、何がなんでも他の部員に押しつけたら良かった。締切が近々だからと背負った自分が憎らしい。


「……それにしても、気になりますね」


 おもむろに音無ちゃんが呟く。


「なに?」

「こういう追放モノって、私も好きなんですけれど……」


 私の原稿を覗きこむ。どうやら真面目な顔をして、作業に飽きたらしい。物憂げな顔をしながら、BLのカップリングを夢想している時と良く似た表情をしている。なお、だいたいそういう時の生け贄モデルは上川君と海崎君だ。


「本来、貴族の家同士が決めた契りじゃないですか。一方的な婚約破棄は賠償の対象になると思うのですよね」

「ぶふっ」


 思わずむせ込みそうになった。居るんだよね、いわゆる歴史警察にして設定厨。そこらへんは、あくまでフィクションとして物語を楽しめば良いのにと思うけれど。


「それとこの時代、中世をベースにしているのなら、教会の司祭の立ち会いのもと、婚姻を結ぶと思うのです。教会の承諾なく婚約破棄はかなりスキャンダラスなのでは――」


「この物語はフィクションであり、登場する人物・団体・名称などはすべて架空のものです。実在のものとは一切関係ありません! ありませんったらありません!」


 がるる。思わず親友に威嚇してしまった。


「それとですね」

「まだ、あるの?」


 才女であるが故、視点は素晴らしいが、今はとにかく原稿を落とすわけにはいかないのだ。これが終わったら、選挙管理委員会の方も頑張るから、今はちょっとだけ集中を――。




「今回のモデルって、やっぱり上川君と下河さんですよね? 上川君なら、作者の思惑通りに動いてくれなそうな気がして」

「ふぇ?」

 私は目を大きく見開く。音無ちゃんは、そんあ私を見やりながら、微苦笑を浮かべていた。





■■■






「雪姫、今は合わせて」

「ふ、冬君?」


「色々な思惑が動いているけれど、外野の打算は全部俺がぶち壊すから」

「冬君……信じて良いの?」


「当たり前でしょ。俺は、雪姫と幸せになることしか考えてないからね」






■■■





 許すまじ。絶対に、作者権限で追放してやる。婚約破棄して、絶対に追放してやるんだから!


「……瑛真ちゃん。今、世界中の誰より悪役令嬢っぽいですよ?」

「音無ちゃん、何か言った?!」


 没頭しすぎて、良く聞こえなかった。


「いいえ、何も」


 クスッと笑って、静かにお茶に口をつける音無ちゃんはいつ見ても優雅。でも、そんなことはどうでも良いくらい、私は物語のなかに没頭していく。


 プロットならいくらでも思いつく。

 悪役令嬢を追放して。

 二人の仲を裂いて、そして、それから――。





(どうしてヒロインのモデルを雪姫にしちゃったんだろう)





 小さく息をつく。


 上川君と雪姫をモデルにしちゃったら、ハッピーエンドしか思いつかない私が――本当にバカだ。

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