決戦はヴァレンタイン
「お姉さん! ご相談があります!」
ヴァレンタインの二週間前、翼ちゃんの真剣な表情に、私は面食らって――それから、つい頬が緩んでしまった。この時期に……しかも私に頼ってくるなんて、思いつくことは一つしかない。
だって……控えているのは、女の子たちにとっての聖戦だから。
「ふぅーん」
私はついイジワルに笑んでしまった。
「ち、違いますから! お姉さんの思っているようなことじゃなくて……そ、空君には、いつもお世話になっていて……だから、そのお礼って言うか……」
「良いよ、良いよ。私も冬君にチョコを作るつもりだったから」
そう言うと、翼ちゃんは、あからさまに安堵した表情を見せた。
「空、そういえば去年は湊ちゃん以外に、チョコもらっていたっけ?」
「……え?」
翼ちゃんの表情が強張る。私はウソは言っていない。湊ちゃん以外に、翼ちゃんからもらっていたもんね、空?
まぁ、冬君いわく――
ウカウカしていたら、危ないよ?
我が弟ながら、冬君の次に格好良いって思うしね。
「ちょうどね、みんなと一緒に、チョコ作ろうって言っていたの。翼ちゃんも、一緒にやろう?」
「……はいっ」
コクンと小さく頷いて、翼ちゃんは握りこぶしを固める。うん、その心意気。でも、その嫉妬の対象が自分自身とは、流石の翼ちゃんでも、想定外のようで。
つい、唇が綻ぶ。
(……本当にかわいいっ)
気合いは十分。妥協はしない。ありったけの「好き」をこれから作るチョコにこめる。
――どうせ義理チョコだもんなあ。
――義理ならまだ良いじゃん。俺なんて妹からだぞ。
――義妹じゃん。
――バカ、そんな風に考えたことなんかねぇから///
時々、クラスの男の子たちの、そんな声が耳に飛び込んでくるけれど。
そんな不義理な気持ちは、湯煎したチョコと一緒に溶かしちゃえ、って思う。チョコがステータスなんじゃない。チョコにのせた気持ちこそ、プレミアムなんだ。そう考えると――やっぱり、冬君はスゴいって思う。
いつも冬君は、私が欲しいタイミングで躊躇いなく言葉をくれる。ヴァレンタインを前に、甘く溶かしに来るのズルいと思う。
「翼ちゃん」
私は満面の笑顔で声をかけた。
私だって負けられない、そう思う。
「がんばろうねっ!」
翼ちゃんと同じくらい、きっと私も満面の笑顔を溢していた気がした。
■■■
明日のヴァレンタインを前に――。
よくもまぁ、これだけ集まったものだと感心する。翼ちゃん、彩ちゃん、瑛真先輩、音無先輩、芥川さん、湊ちゃん。そして湊ちゃんの友人だという、花園さん、秋田さん――を含めた、総勢30人が、Cafe Hasegawaに集まっていた。
なんと言ったって、講師はCafe Hasegawaのパティシエ、美樹さん。そしてアシスタント・パティシエは私。気合いが入るが、選択したのはシンプルなガトーショコラ。
ポイントは少しビターなガトーショコラに、甘いベリーのジャムを織り交ぜてカラフルに。果肉がまるでハートのように彩った。お手本が上手く焼けて良かったとほっと胸を撫で下ろしたのは、ナイショのお話。
「これは可愛いっ!」
「
「
「ねぇ、雪姫? 上川君に、私もプレゼントしたら怒る?」
恐る恐る言う瑛真先輩の言葉に、私は首を傾げた。
「別に、怒る理由がないけど?」
「流石、これが正妻の余裕ですね」
音無先輩が感心したように言うけれど、そんなのじゃない。気持ちを届けことは、誰しも自由だ。それに、瑛真先輩が冬君のことを好きだったこと、私はもう知っている。
きっと冬君は、受け取る。でも――。
『雪姫と一緒にいただきますね』
冬君ならきっと、そう言う。
そして、その後で私はたくさんヤキモチを妬く。冬君はきっと、困った顔をしながら、私だけ見て、たくさんの気持ちを伝えてくれる。
バレンタインは平等だ。誰だって「大好き」が言える日だもん。
その大好きが、リンクするかどうかは別問題としても。
でも、私は心が狭いから、納得できるかどうかは、全く別問題で。私は絶対に、冬君へたくさんのワガママを言う。だって一瞬でも、ほんの刹那でも。冬君が、他の女の子に向けて、感情に寄り添うのはイヤだって、思ってしまうから。
ハーレム系ラノベのヒロインってスゴイなぁって思う。他の子が【彼】を愛している姿を許容できるんだから。それは、私にはムリだ。だから、みんなには悪いって思うけれど――私は、冬君のためにに特別なチョコを焼く。
目移りなんかさせない。
これは私のヤキモチから生まれたエゴ。
余裕なんかない。
いつだって……冬君の視線が私に向いていないと、それだけでで不安になる。
だから、とっておきは、本当に特別感のある【とっておき】じゃないと、意味がない。
(重いよね?)
それでも、こんな私に視線を向けてくれる冬君だから。気持ちを躊躇いなく伝えてくれる冬君だから。とことんの【とっておき】じゃないと、私が納得できない。
「それじゃ、やりますかっ」
ふんすと、私はエプロンを結びながら言えば。ここに参加している女の子たちが、拳を一斉に突き上げた。気合いは十分。糖分は好みで加減するとして、手も抜かない。愛情なら一切妥協しない。
明日はヴァレンタイン。
聖戦の日。
決戦はヴァレンタイン。
妥協なんて、絶対にしてあげない。
■■■
男の子達が、冬君のプロデュースで【逆チョコ】を企んでいることを、私達はまだ知らない。
________________
1日遅れでしたが、ハッピーヴァレンタイン!
恋が成就しても。成就できなくても。
渡せなくても。
全ての、恋する女の子達に、祝福を!
ハッピーヴァレンタイン!
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