Snow Strand



「これは、まいったなぁ」

 空君が、小さく呟く。


 ――低気圧は発達し、東北へ進んでいます。関東圏は大雪警報が発令中です。その他の地域でも、積雪にご注意ください。さきほどからも、お伝えしていますが……。


 ニュースのことは知っていたけれど、こっちの地域まで影響があるとは思わなかった。予報は曇り。寒いけれど、早めに帰ろうとデート気分で、ちょっとだけ遠出をしたわけだけれど。


 お目当ては、空君が愛読しているライトノベルの最新刊。通称――アマ彼女。

 前巻では、カップルになった二人は、さらに踏み込んいく。


 ということは、新刊では恋人達の描写を書かれるわけで……。

 空君は、どんな顔をして、読むんだろう……。


 そんなの、空君の自由なのに。


 読み終わった時、他の子にそんな顔、見せて欲しくない。そんなモヤモヤした感情を抱えていると、闘茶したのは雑貨屋さん。空君が最初に買ったのは、私が密かに欲しがっていたメーカーのハンドクリームだった。


「……空君?」


 あ、これダメ。私、きっと絶対にしまらない顔をしてる。


「あ、いやね。ここ最近、ちょっと翼の手が痛そうだなって……家事、頑張っているみたいだし」


 私はポカンと口を開け、思わず呆けてしまった。

 頬に熱が灯るのを感じる。


(空君、そういうトコだよ……)


 手荒れって言わないのも。実はずっと、気にしていたんだ。


 家事を頑張っているのは、空君にいつか、お弁当を作ってあげたいって思ったから。まだまだ、全てを自分で作れないけれど。

 それなのに、空君は私が作ったおかずをピンポイントで、おねだりしてくれる。


(バカ、バカ、バカ――)


 どんどん、空君が冬希おにいさん化している気がする。


「……だったら、別に商店街でも――」


 いつも空君と見て回る雑貨屋さんを思い返しながら。嬉しくて仕方がないのに、ついそんな反論を口にしてしまう、バカな私だった。


「……そうなんだけどさ」


 口ごもる。


「……空君?」

「だ、だってさ」


 空君の目が宙を彷徨う。


「だって?」

「翼に喜んでもらえたらって思って。その顔は、できれば知っている奴らには見せたくないって――」


 空君の言葉に、撃ち抜かれた私だった。

 絶対、今……顔が真っ赤だ。


 見る人が見れば、私がどんな感情を抱いているのか、一目瞭然だと思う。空君はそんな私を見て――満面の笑顔を浮かべている。


「……喜んでくれたのなら、良かった」


 安心したと言わんばかりに、胸を撫でおろす。そんな口から出る言葉に――私は、照れている場合じゃないと、気を取り直した。


(だって、空君だもんね)

 だったら、照れている場合じゃない。


「えいっ」


 空君に私のマフラーをかけてあげる。


「え、ちょっと? 翼――」


 あえてちょっと長めのマフラーをチョイスしてきたんだ。とても、二人マフラーをする勇気なんか、ないと思っていたけれど。

 勇気を出したら、こんなにも簡単で。


(……それに、鈍感マンにはこれぐらいしないと)


 マフラーがカモフラージュしてくれている気がする。だから、いつもよりもっと、空君に寄り添う。気づけば、頬を空君の肩に寄せていた。


「あ、あの、翼――」

「雪がひどいね?」


 駅構内の待合室。暖房では追いつかないくらい、冷えこんで――それなのに、空君の傍にいるだけで、こんなに体が火照って――暖かい。


 待合室のモニターが、全国の天気を映し出していた。

 東京は大雪――。


 今まさに、ニュース番組でアイドルグループが、寒そうに現地レポートをしているところだった。


「そ、そうだね」


 空君がコクコクと頷く。


「だから、ね。体、冷やしたらダメでしょ?」

「う、うん……。それはそうかも、だけれど……」


 いつも薄着で、首元は寒そうで。

 だから、ずっと考えていたんだ。




 ――お客様へお伝えします。雪のため、現在列車の運行を一時的に休止しております。

ご迷惑をおかけいたしますが、安全を最優先に考慮しておりますので、ご理解とご協力をお願い申し上げます。


 そんなアナウンスを遠くで、聞きながら。

 空君の頬が、ひんやり冷たい。


 私の頬は、きっと火照っている。

 と――手が、温もりで包み込まれた。


「翼は寒くない?」

「空君の手、暖かい――」


 自分の手は、きっとカサカサしている。でも、空君は一言もそんなことは言わない。


(バカ、本当にバカ)


 どうしよう、感情が抑えられなくなりそうで。それこそ雪なんか、あっという間に溶かしちゃうくらいに。


「……父ちゃんが車で迎えに来てくれるってさ」


 空君がスマートウォッチのメッセージを確認しながら言う。


「うん――」

「でも、やっぱり道がすごいから。ちょっと、遅れるかもって」


「気をつけて、って。返信してあげてね?」

「そうだね」


 コクンと頷きながら、空君はスマートウォッチを操作して。

 それが終われば、スマートフォンもスマートウォッチも興味をなくしたと言わんばかりに、私に視線を向けて――にっこり笑う。


(ずるいなぁ)


 この笑顔が好き。

 君が向けてくれる視線が好き。


 何気ない素振りも。

 結局、全部が私に繋がって。


 それが、無意識に振る舞っていると分かっていても。

 やっぱり、そんな君が好き。

 放っておけば、この感情が暴れそうなくらいに。





(もう少しだけ、雪が降ってくれたら。お願いします、もう少しだけ、あと少しだけ、足止めをしてください――)


 カサカサの手で、空君の手を握りしめて。いつもより近く。いつもより寒く。そして、いつもより、やっぱり火照って。


 トクントクン。

 心臓が早鐘を打って。

 実感する。









 やっぱり君が、好きだよ。





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空君が愛読している「アマ彼女」はきこちらの作品をモチーフにさせていただきました。


「クラスの訳あり女子の悩みを溶かしたら、甘々彼女になった。」

https://kakuyomu.jp/works/16817330664710282058


あすれい先生の名作。尾岡作品では太刀打ちできない糖度があります! ぜひぜひ!


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