私以外、みんな外

「豆は、大豆だよ!」

「いや、落花生だね!」


 珍しく、教室で言い合っている、冬希と下河に僕は目を丸くする。僕は彩音を顔を見合わせた。何でケンカになったのか、全然分からない。

 なんのこと? と聞いて見れば――


「「節分の豆まきっ!」」


 と寸分もズレずにハモる二人。要は、豆まきで使う豆は何かで口論していたらしい。


(……どっちでも良くない?)


 そう思うが、一応、検索。

 多くの地域は大豆だが、一部の地域――東北や北海道では落花生を使用するらしい。なんでも、降雪地帯では落花生の方が見つけやすいという説が――。


(なるほどね)

 って、素直に感心する。


 そういえば、って思う。すっかり忘れていたけれど。

 彩音って、小学校三年生の時に、大豆を鼻につめて取れなくなったんだっけ。通称、豆事件。


『ひかちゃんっ! 取ってぇぇ!』


 と僕の指が無理矢理、突っ込んまれ、ほじらされたのも今となっては良い思い出。それも落花生なら、あの事故は防げたかも――。



「忘れてね、ひかちゃん?」


 ぐりぐり、俺のコメカミを両手の拳で挟み上げる。


「な、な、なんのこと?」

「忘れてね?」


「な、何も言ってないじゃん。豆事件のことは――」

「ひ・か・ちゃん?!」


 今の彩音の目は、鬼も殺せそうだった。




■■■




 あの時――。

 くちゅんっ、と。

 彩音が、くしゃみをして。


 鼻から豆が放物線上を描いて、飛び出した。

 僕の口の中に、飛び込んで――飲みこんじゃったのは、機密事項だ。


 嫌われたと、彩音はあの時泣いたけれど。今もやっぱり理解ができない。

 口移しでおやつもシェアしたこともあった。それこそ、今さらだって思ってしまう。


(別に彩音にされて、イヤなことなんかないけどね?)


 ――だとしても。女の子は複雑なんだからね?

 つい最近、下河にそう窘められた。




「「じゃぁ、両方の豆でやっちゃう?」」


 結局、声を揃えて二人は言う。あの言い合いはなんだったのか。まぁ、まともに付き合うだけムダというものだけれど。


「じゃ、鬼役はひかちゃんね」

 ニッコリ、彩音が笑う。いや、だから豆事件のことは本当に口外してないから――。



 指先で摘まんだ豆が、僕の口に放り込まれて。


(……え?)

 その指先が、僕の唇に間違いなく触れて。





 ――私以外、みんな外。誰も近づかせないからね?


 豆を咀嚼しながら。かみ砕きながら。

 周囲の歓声に紛れながら。


 そんな彩音の声が、確かに響いた気がしたんだ。






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第14回毎月300字小説企画参加予定作品でしたが……文字数超過で、お見送りでした(笑)


テーマ「忘」でした。








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