いつかお爺ちゃんと呼ばれ祝ってもらうのも悪くない


「うぅ……」


 我ながらなんて声を出すんだろうと思うけど、頭が痛すぎて声にならない。


「大地さん、起きて。そろそろ準備しないと」


 春香さんが、若干の疲労感。気怠さを感じさせながら言う。

 って、それにしても――。


(なんでこの人、元気なんだろう?)


 昨日は飲み過ぎ……ヤリ……いや、飲み過ぎた。


 ――アンコール!

 ――アルコール!


 うん、まったく意味不明な煽りだった。お酒がはいると、とことん開放的になる、うちの奥さん。もともと、勝てる要素なんか一切ないけれど。


(なんたって、狂犬の飼い主ケルベロス・クローザーだもんな)


 しかし、今思い返しても、厨二病臭漂うあだ名が、酷すぎる。当時、清楚な生徒会長だった春香さんを思い返して……。


 ――大地さん、お手。


 清楚……な?


 ――大地さん、ハウス。

 ――大地さん、チンチ〇……。


 やめて、俺の青春の記憶メモリー

 思い出すにしても、もうちょっとマシな記憶があるじゃん!?

 俺は思わず、タオルケットを被り直した。


「もう! ちょっと、大地さん?!」


 春香さんが、ご機嫌斜めへのカウントダウン。これは、間もなく噴火かもしれない。でも、誰がなんて言われても、俺は睡眠を取る。それが、漢ってものなのだ。


「もう、お父さん! まだ寝てるの? 今日は町内会で、敬老会があるんでしょ?」


 ん? 雪姫か? いや、お前が来ても俺の意志は変わらない。それに大丈夫。俺はどんな土壇場でも駆けつける。愛車、HARUKA-ZXにかかれば、集会場まで5分もかからない。


「雪姫、もうちょっと寝かせてあげよう? お義父さんも、きっと疲れているんだよ」


「あなたは、優しすぎ。お父さんは、飲み過ぎとお母さんとイチャイチャし過ぎだから、叩き起こすぐらいで丁度良いと思うな」


 我が娘ながら、なんて酷い。でも、気になるのはソコじゃない。


 

 


 え? 冬希君は俺を「大地さん」って呼んでいたし。雪姫は未来のお婿さんのことを「冬君」って呼んでいたよね?


(え? え?)

 なにこれ? なんな――。


「じぃじ、また寝てるの?」

「おじいちゃん、早く起きないと、本当に間に合わなくなっちゃうよ?」

 どこか聞き覚えのある声。


(俺、本当におじいちゃんになっちゃったの……?)


 慌てて、ガバッと起き上がれば――。

 近所に住んでいる保育園児の観月ちゃんと、栞ちゃんだった。


「「「「「ドッキリ、ビッグサクセス! クソガキ団、参上っ!」」」」」


 パンパンパン

 手拍子を打って、くるりと回る。


 手を左右に振って、ポーズは思い思い。

 寸分も狂わないこの振り付けは冬希君仕込み――COLORSの真冬が、ダンス指導を行ったのは間違いない。


「クソガキかよ」


 朝からゲンナリだった。


「参上、クソガキ団!」


 同じダンスを踊らなくて良いから。マジ、朝から疲れる!


「作戦278番、見事に成功であります! 冬君!」

「グッジョブ!」


 二人で敬礼している姿を見て、観月ちゃんと栞ちゃんが習う。いや、どんだけ作戦、立案したのさ。

 二度寝なんか、もうできそうになくて――。


「観月ちゃん、観月ちゃん! このゴミ箱の中にある、ゴムに注目ですよ。これはスーパーウスウスシリーズと言って、うちのお父さんも使っていた――」

「だぁぁぁぁぁぁっっ!」


 大絶叫。

 春香さん、こういう時だけッ真っ赤になって、俯かないで! フリーズしないで!

 この状況で、二度寝なんかできるはずなかった。





■■■






 目を閉じる。

 全然、秋らしさを感じない。

 こよみ上は、季節は秋。季節外れの風鈴。それなのに、透明なその音が妙に心地良くて。




 ――おじいちゃん。


 それは、まだ見ぬ孫の声なのか。

 すーっと息を吐く。


 誕生日でも、クリスマスでも、敬老の日でも。

 ちょっとしたキッカケで「おめでとう」を言いたがる、脳天気な連中が揃っているこの街で。




 いつか。

 おじいちゃんと呼ばれて。

 祝ってもらうのも、悪くない。




 ちりん。りん。

 風鈴の音が、小気味よく響いた。

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