Call me name(EP80読了推奨)
じゅーっと肉を焼く音が耳につく。ある程度、ピークは過ぎた。食べたい人が食べ、お酒が飲める大人は、ちびちびと飲みながら、話に花が咲く。
私は隣で美味しそうに食べる冬君を見やり、感情が満たされるのを実感していた。
パチン、パチンと火の粉が舞うのを見ながら。
(幸せ――)
実感する。
つい数日前まで、家の外を出ることも。家族以外とコミュニケーションを取ることもままならなかった。そもそも、こうやって大勢の人とバーベキューをするのは、本当に苦手だった。
どうせなら、ご飯は静かに家で食べたい。
だから一人物静かにしていたら、いつの間にか聞き分けの良いお姉ちゃんという評価になってしまった。ついたあだ名が【雪ん子】ちゃん。そのあだ名そのものに忌避感はない。ただ、下河雪姫はそういう子――そう決めつけられることに、抵抗感を感じてしまう。
(変なの――)
冬君が一緒だったら、これも悪くないと思っている自分がいる。
その冬君は、お父さんと一緒に楽しそうに話している最中で。
自分の父親と彼氏さんが――あ、ダメだ。彼氏さんって言葉を連想するだけで、またニヤけちゃう。
「……雪姫の名前の由来?」
お父さんの口から、とんでもない言葉が漏れていたことに、今さら気付く。
「はい、知りたいなって」
ポカンと口を開けているうちに、どんどん会話が進んでいく。
「単純に【雪】じゃなくて【雪姫】だってところが、ずっと気になっていて」
「変、かな?」
「あ、いえ。なんか雪姫らしいな、って。本当に似合っているって思うし。ただ、どういう由来だんだろう、って思っちゃって」
「ちょっと、冬君? お父さん?!」
私が慌てると、冬君が私の手を引いて、すっと引き寄せられた。距離がゼロになって。冬君の肩にもたれかかる。ず、狡い。こんな風にゼロ距離で、冬君の存在を感じてしまったら、それこそ冬君しか見えなくなってしまう。
「あ、ゆっきが溶けた」
彩ちゃん、失敬な。まだ溶けてないよ。全然、溶けて――ふにゃぁ。
「んー。大きな理由はないっていうか……雪の日に産まれたから、雪姫かな」
「またまた、大地さん。ずっと、男なら雪兎、女の子なら雪姫って考えていたでしょ?」
「へぇ……」
冬君が感心したように頷いた。もしも私が男の子だったら――親友として冬君の隣にいるのかも。そう考えると――あ、これはダメな想像だ。冬君が同性でも異性でも。この隣を誰にも渡したくないという欲ばかり、燻っていく。
「でも一時期、名前に『姫』ってつけたことを本気で後悔していたわよね、大地さん」
「へ?」
「ちょっと、お父さんもお母さんもその話はもういいじゃな――」
慌てる私を余所に冬君が興味津々だった。
「だってね、フリフリのスカートは嫌がるでしょ。男の子とばっかり遊ぶし。空手を習い始めたら無双だし。正直、もう男の子として育てた方が良いのかなって思ってたから」
「姉ちゃん、少女漫画とか恋愛ドラマとかキモいって言ってたじゃん。それこそ、今さらだよ」
空、余計なこと言わないで!
冬君が今、どんな表情をしているのか怖い。でも気になる。だけれど、やっぱり恐怖心が勝る。冬君が、私を嘲笑しない。そんなこと分かっているけれど――。
「……ふ、冬君、やっぱり……私に【姫】ってつくの、おかしいよね?」」
私の口から漏れたのは、そんな言葉で。そういえば、と思う。【雪ん子】のあだな名がつけられる前は【鬼姫】って言われたこともあったっけ。別に、そのことにはなんとも思わない。ただ、冬君に退かれることが怖い。そう逡巡していると、冬君がコテンと首を傾げているのが見えた。
「どうして?」
そう言う。
「俺にとっては、やっぱり雪姫はお姫様だって思うから。こだわりがあるのも、真っ直ぐなのも。全部、雪姫だって思うけど?」
にっこり笑って、そんなことを言う。
頑固で。
融通がきかない。
全然、女の子らしくない。
そんなの自分でも分かっている。
それなのに――。
冬君を前にすると、もっと可愛くなりたい。
この人をもっと独り占めしたい、ってそう思って。思い出したら止まらなくて――。
「冬君!」
「うん」
コクリと頷いて、抱きしめてくれる。
今この瞬間、場所がどこで。誰がいて。視線を向けられても。それすら、どうでも良くなるくらい、私のなかは冬君でいっぱいだった。
■■■
「それじゃ空君は?」
「翼、俺は良いでしょ。というか、誰も止めないの、アレは?」
「止めても無理なの、空っちも分かってるじゃん」
「あー、空はね。春香さんがつけたんだよね」
「だって、大地さんが一番最初に名前をつけたから。今度は私の番だって、思ったの」
「それで、どうして【空】なんですか」
「うん。最初は【疾風】って、つけようと思ったんだけれど。なんか、しっくりこなくて。辞書をめくっていたら【空】に、妙に惹かれてね」
「うん、【疾風君】よりは【空君】って感じがする」
「……もう、俺の話はよくない?」
「まぁ、まぁ。折角だから、空が何歳までおねしょをしていたのか、そこらへんの話を――」
「マジやめて、母ちゃん?!」
ぱちんぱちん。
火の粉が舞う。
かしましく、笑い声も一緒に舞って。
でも、そんな音も全部――冬君の心音が攫っていく。
好きだな、って思う。
あなたに「雪姫」って呼ばれることが。
いつも真摯に話を聞いてくれて。
ちゃんと、女の子として扱ってくれて。
いつだって、私のペースに合わせてくれる。
一緒に歩幅を合わせてくれる、あなたが。
だから、たくさん名前を呼んで欲しいって思ってしまう。
これまで、全然思ったことがなかったけれど。
――あなたに、名前を呼ばれたい。
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限定近況でサポーター様に向けて書いた作品でしたが、
一ヶ月遅れで公開です。
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