聖女さまの魔力は最高です!


「イヤです! 絶対に嫌ですからね!」


 この声は音無先輩?

 雪姫と顔を見合わせながら、俺達は文芸部の部室――司書室に入ったのだった。







「なに、これ?」


 目が点になる。

 見れば、珍しく嫌がっている音無先輩。そして迫る瑛真先輩。半笑いの弥生先生。さらに燃え尽きたように真っ白になっている、光。そんな光を見て目を輝かせている黄島さん。みんな、そろいもそろって、異世界ファンタジーに登場しそうな巫女服――そう、あえて例えるとすれば、聖女様。そんな出で立ちだった。


「な、に、こ、れ?」

「聞かないで、冬希!」


 光が半泣きだった。あー、よしよし。


「ちょっと、海崎君。抱きつく人が違うと思う!」


 なぜか、雪姫がぷんすか怒っている。こっちを蔑ろにする方が面倒クサイので、雪姫をヨシヨシすることを忘れない。


「ちょっと冬希、おざなりすぎる!」

「冬君、私だけちゃんと見て!」

「上にゃんっ! ひかちゃんを略奪しないで!」

「なにこれ?」


 だから、なんなの?






■■■






「ふふふ。よくぞ、聞いてくれたね! 夏の盆踊り大会! 我ら文芸部は『聖女さまの魔力は最高です!』の衣装コスで挑むよっ!」


 と瑛真先輩が息を巻く。ちなみにその題目は、アニメ化もされたライトノベル。主題歌は俺が在籍していた時代のCOLORS。


 それにしても……この様子は――両目にお金が映っているのが見えた気がした。

 と、司書室内のホワイトボードに貼られた1枚のチラシに気付く。


 ――町内会チーム対抗盆踊りコンテスト! 優勝チームには二泊三日温泉旅行!


 俺は首を傾げる。

 仮に夢を見て優勝したとして。目下、文芸部は小説投稿サイト、カケヨメの【カケヨメ甲子園】のエントリー真っ只中。

 かくいう俺もエッセイに初挑戦したのだった。


 ――冬君の彼女さんが可愛すぎる件について。


 これがエッセイジャンルで、週間ランキング1位を獲得するのだから、よく分からない。


 現状、カケヨメ甲子園に高文祭――高校総合文化祭へのエントリー。さらには文化祭の展示。さらには文学ファエスタこと【文フェス】への出品と活動は目白押し。正直、旅行に行っている余裕はないはず。


「……転売して、その売り上げを……文フェスの交通費と参加にあげて……。このコスで出店を開いて……聖女カフェ、これはイケるっ!」


 なんたらの皮算用とは、このことか。


「全然、いけませんからっ!」


 普段、散々瑛真先輩と揶揄っている音無先輩とは思えない反応だった。


「大丈夫、音無ちゃんは魔法の呪文を言ってくれたら、それで良いから」

「だから言いませんって!」


 相変わらずの押し問答。意味が分からず、やっぱり首を傾げていると、雪姫が俺の耳に囁く。


「恋に悩む女の子に、魔法の呪文を唱えて励ましてあげたんだって。私は素敵だって思うけどね」



 ――聖なる力よ 小さき恋に勇気をっ ヒール

 雪姫が言うのも、可愛い。


 あ、この囁きが聞こえた音無先輩が悶絶している。

 なるほど。

 小学生の女の子は、恋が叶う魔法を唱える聖女様センパイを信頼しきっているの図か。


「わ、私の個人情報はどこにっ?!」


 羞恥心が燻っている音無先輩。なかなか貴重だった。






■■■






 盆踊り当日。

 聖女カフェは大盛況だった。


 そりゃ俺と雪姫が本気でアイス珈琲を淹れ。そしてレモンクッキーを焼いたのだ。盆踊りの屋台とはひと味違う趣向に、子どもも親も大満足。なおお酒を求める親には、カクテルを提供。これも大盛況だった。


 COLORS時代、ミュージシャンのおっちゃん達にせがまれて憶えた技術テクがこうして活きるとは思わなかった。なお雪姫の目が厳しくて、今回は味見には至らず。それが、とても残念。




『それでは、盆踊りコンテスト! 栄えある一位を発表します!』



 うん、芥川さん。君はどこでも司会がよく似合う人だよ。


『第一位は……チーム聖女――』


「おおぉぉぉぉぉっ!」

 瑛真先輩、興奮しすぎ。


『を、抜いて。審査委員票、会場票を抜いてダントツ一位だったのは、チーム【空っちとつーちゃん。そして小さなお嫁さん候補たち】です!』


「なんでよっ?!」


 瑛真先輩がガックリきてる。MCとしては最高の煽りである。

 いや、出店のプランに夢中になって、盆踊りの練習をサボったの先輩だからね? メインは盆踊りで聖女じゃない。必然の結果だった。


「ちょっと、芥川先輩! チーム名が違う! スカイウォーカー&スナイパーエンジェルズでしょ――」

「「「「私たち、空お兄ちゃんと幸せになりますっ!!」」」」

「ちょっと、空君? これはどういうことなのかな?」

「ちょ、ちょい! 翼、待って! 俺ロリコンじゃない! 通報しないで、ちょっと待って、話せば――」


『大変、仲よさそうでした。それでは、続いて、胸キュンガール賞です。海崎光さん、おめでとうごじあます!』


「僕は男だぁっっ!!」


 光、大絶叫。いや、でも本当に可愛いよ? コーディネイトしてあげた甲斐があるってもんだ。


「ひかちゃん、その可愛さ……ズルすぎる。女子をさしおいての受賞、納得できないけど――でも可愛い……」


 黄島さんが嬉しそうに溶けていた。


『続いて、ベストカップル賞! 満場一致、上川冬希&下河雪姫カップル!!』


「冬君、やったー!」


 問答無用で雪姫が抱きついてくる。

 うん、うん。誰よりもコーデに時間をかけたからね。俺も嬉しい。


『賞品は、Cafe Hasehawaで恋するカフェオレと一途なアップルパイ、年間無料パス……って、先輩達そもそも、いらないでしょ?』

 

 いや、もらえるものはもらうよ?

 このフリーパスで雪姫におねだりできるじゃん?


「このフリーパスで、冬君にリクエストできるね?」


 ニコニコ笑って、雪姫がそんなことを言う。どうやら同じことを考えていたらしい。


「換金できないじゃんっ!」

 うん、瑛真先輩。そろそろ、煩悩を落としてこようね。


『それでは、最後! ベスト聖女様賞! 音無雪先輩と長谷川瑛真先輩です!』

「「へ?」」


『二人がまるで百合――仲良し姉妹のようで、最高に眼福というメッセージをもらっています』

「百合って言った! 媛夏! 今、私達を【百合】って言ったでしょ!」


 ご乱心の瑛真先輩は、ますますヒートアップ。でもMC芥川は、まるで聞いていない。イヤ、あれわざとだね。


『それでは、聖女のお二人に恋する乙女達に、そして王子達の恋を祈ってもらいましょう』

「「しないよ?!」」


 息ぴったりじゃん。


『お二人の聖女の魔法で、上川・下河カップルが誕生したと、町内会ではもっぱらの噂です」


 まさかの捏造、はなはだしい。


『下河先輩、あの時はいかがでした?』

「はい、本当に聖女様のおかげだと思います。今、とても幸せです!」


 そう言って、ペロッと舌を出すのだから、雪姫は本当に悪い子だ。


「「言ってない!!」」

『それでは、聖女様信者、小学校6年生の百合さんにお聞きしましょう。音無先輩の聖女の魔法、いかがでだったでしょうか?』

「雪姉様は聖女様です。姉様の魔法は本物です! 瑛真姉様の魔法も!」


 キラキラした目で、そんなことを言われたら――瑛真先輩も音無先輩も二の句が告げない。そうこうしていると町内会一同、聖女様コール。


(これ盆踊りだよね?)


 聖女様コールが止まらない。

 気付けば、先輩達とともに、俺も雪姫。それからチーム聖女のみんなまで、ステージの上に上げられる始末。うん、町内会・副会長の梅さんも聖女衣装。最高に似合うと思います。天音さんも、小学生の女の子も――。


 空君の頬が紅いのは、ご愛敬。誰よりも、二人の距離が近いのもご愛敬だった。



『それじゃ、皆さん! 準備はいいですか?』


 歓声。そして、拍手喝采である。


『それじゃ、いきますよ――』







■■■






 ――聖なる力よ 小さき恋に勇気をっ ヒール










 この夏、幾つかの恋が花開く。



























 この年から――。

 町内会の盆踊りは、聖女様(ユキ・オトナシとエマ・ハセガワ)の魔法の言葉で締めくくられることになることを、俺達はまだ知らない。










________________


今回のエピソードは

フォロワー 音無雪様。

恋に恋する乙女たち ~恋する小学生とじゅうななさいの聖女~

https://kakuyomu.jp/works/16817330656300670006

こちらにインスパイアされ、書き下ろしました。


音無雪様、いつもありがとうございます。

(音無先輩のモデル快諾を含めてv)

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