七夕限定リアルフォーリンナイト
たんたんたん。
バスケットボールが弾む音に入り交じって、子ども達の歓声が入り交じる。息が切れ、汗が滴る。
ざーざーざー。
体育館に響く、雨を打つ音もバウンドするボールの音でかき消された。七夕はあいにくの雨。でも、体育館なら問題はない。そこは褒めてあげたいが――。
(誰だよ、こんなことを考えたの?)
――99VS1。
言ってみれば、99 on 1。
あまりに無理ゲーすぎる。
「知ってる? 七夕の願い事って、願い事を掲げる意味があるんだって。織り姫様に願い事を見てもらうけど、最終的に願いを叶えるのは自分ってことだよね」
悪友――黄島彩翔のムダ雑学もどうでも良い。
こうなった状況の説明責任をまるで果たしていない。
「にしし、どうぜなら困難に打ち勝って願いをかなえたいじゃん? ということで、子ども会のみんな! シュートを決めたら、短冊に願いを書けるからね! それじゃ七夕限定、リアルフォーリンナイト! いってみよーっ!」
もはや問答無用と言わんばかりの、湊のゲーム開始宣言。頭痛がしてくる。
「誰だー、こんなことを考えたの!?」
「私と
「翼?!」
すでにボールを繰りながら、やる気満々の翼が、満面の笑顔を俺に送る。
(……そういう顔ズルいからっ)
問答無用で、彩翔がホイッスルを吹く。
地獄のゲームが幕開けになった。
■■■
いくら小学生や保育園児が相手とはいえ、無理ゲー、無茶ゲーだった。次から次へとシュートを繰り出してくるのだ。物事には限度というものがある。でもチビ達だって必死だ。だって、シュートを決めないと願い事を書くことができないんだから。
「あ――」
悔しそうに顔を歪ませた。どうしても、上手くシュートを決められない女の子。距離が足りない。そんなボールを俺がカットする。
と、指先をのばした。
軌道が変わって、ボールが飛んでいく。
ゴールリングに当たって、バウンド。そして、ゴールネットに吸い込まれるように落ちていく。
通算、32回目の奇跡。
だってさ。
――タカ君ともっと仲良くなりたい。
そんなお願いを聞いちゃったらさ。
汗が滴る。
指先で拭いながら、立ち上がる。
まだまだ、先は長い。
■■■
「なんで、子ども会のイベントに高校生が参加してるのさ?!」
「空、まだ元気そう。良かったー」
「姉ちゃん、全然、心配してないだろ!?」
「まぁまぁ。雪姫もやっぱり子ども会のイベントには参加したいだろうなぁ、って思ってね」
「兄ちゃんは、甘やかし過ぎ! だいたい、見学でいいじゃん!」
「どうせなら、私も願い事を書きたいし」
ニッコニッコである。ちなみに球技はどんくさい姉だが、不思議なことに冬希兄ちゃんとタッグを組むと、途端に1.5倍の性能を発揮する。兄ちゃん限定チートなのだ、この姉は。
「……ちなみに、何を願うつもりなのさ?」
聞いて後悔する。イヤな予感しかしない。
「冬君が、余所見しないで私を見てくれるようにかな」
「雪姫が、脇見することなく俺だけ見て欲しいって書こうかな」
「書かなくても願い叶ってるじゃん、おたくら!」
この二人の間を裂くこと、そのものが無理ゲーだから!
しゅぽん。
姉ちゃんは、3ポイントシュートを。そして兄ちゃんは、綺麗にレイアップシュートを決めたのだった。
■■■
(もうダメだ、動けない)
ラスト、現役バスケ部がラッシュで攻めてくるの、本当にイジメでしかないと思う。あいつら、何か俺に恨みでもあるんじゃないだろうか。
イベントが終了して、俺は汗だくになって倒れ込んだ。
もう、何も考えられない。
さわり。
髪を撫でられた。
頭の下に暖かい温もりを感じて――それが妙に心地良い。
「途中で変わるよって言ったのに、ぜんぶ一人でやっちゃうんだもね」
うるせー。やれって言ったの、お前らじゃんか。それに、次は「私も」「僕も」一緒にやりたいって言われたら、断るに断れないじゃん。
「空君らしいね」
さわりと、また髪を撫でられる。それが妙に心地良い。
だいたい、他の男子が、翼と1 on 1のシチュエーションとか、胸の奥底がモヤモヤして仕方ない。自分でも意味が分からないって思うけれど。
「……去年、願った願いは、今年早々に叶っちゃったからね。今年はどんなお願いしようかな?」
そんなの、勝手にすりゃ良いじゃんか。
「ますますワガママになっちゃうかもよ?」
自分の願いだろ。ワガママで良いじゃん。
「空君はどんな願い事をするの?」
ちゃんと――自分の気持ちを伝えたい、って思う。
ピクン。
髪を触れる手が止まった。それが少し、もったいないと思ってしまう。寝返りを打って。ついその暖かい温度を探してしまう。
「そ、そ、空君?! ちょ、ちょっと……」
暖かい。このまま眠っていたい。
その暖かい何か。まるで抱き枕のように抱きしめた、その瞬間――。
笹の葉が揺れた。
そんな気がしたんだ。
✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩
「ちょ、ちょっと、空君! み、みんな見てる! 見てるから――」
「自分から膝枕をしようとした人とは思えないんんだけど、
「だ、だって! それは頑張った空君にちょっとでも、休んで欲しくて……」
「それなら、私でも良いと思うけど?」
「
「だって、
「流石に公衆の面前は……」
「私も恥ずかしいよ!」
「若いって良いよね」
「良いねぇ」
「お姉さんと冬希お兄さんにだけは言われたくありません!」
「翼っ……」
「そ、空君! 嬉しいけれど、今は起きて! お願いだから、本当に起きてっっっ!」
どこか遠いところで。
翼が、恥ずかしそうに叫んでいる声がして。
クラスで澄ました顔の天音さんも、悪いとは思わない。
でも――やっぱり俺だけが知っている翼が一番可愛いって、そう思ってしまう。
絶対に、こんなこと言えないけれど。
「そ、そ、そ、空君っ?! い、今、そんなこと言うのズルい! ズルいからから!」
翼が悶絶する声を聞きながら。
雨音が響く。
子ども達の笑い声。
縦横無尽にバスケをいそしむ音が溢れて。
それから笹の葉が揺れる。
そんな音の渦に――俺の意識は、ぜんぶ飲み込まれてしまった。
✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩
「
「なに?」
「私らが悪乗りするの分かるけど、つーちゃんはどうして?」
「……願い事をかけるなら、障害があった方が……ってのは同意だし――」
「だし?」
「最後に私の印象を強くしたかったというか……」
「あぁーね。だけど、ヘロヘロになりすぎて、最後の印象薄いよね、こいつ」
「うー」
「この状態を憶えているかどうかもアヤシイし」
「ううー」
「でもこういう状態でも、空の一番はつーちゃんだんだよね」
「う――」
「どうであれ、待ってるだけの女の子でいるつもりはないんでしょ?」
「……み、みーちゃんのイジワルっ!」
つくづく思うんだよね。私の親友、可愛すぎでしょ。
尊すぎて、ちょっとつらたん。
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