ピクニック二日前(EP50読了推奨)
気になる子がいる。
その子と、上手く話しができなくなったのは、いつからだろう?
憶えているのは、友達と自称する人たちが増えだしてから。
――下河? やめときなよ。天音さんまで、陰キャになるぜ。
――あいつ、シスコンよ?
その言葉を否定した。人をそういう風に言う人、好きじゃない。そう言った。でも、足りなかった。そんな言葉じゃ、まるで足りなかったんだって思う。
少し、寂しそうな目を、彼はしていた。今でも、それが目から焼きついて離れない。
挨拶を交わしても。
クラスのなかでも、彼は少し一歩引いていて。
私が、踏み込もうとしたら、下河君は一歩引いてしまう。もっと、踏み込もうとしたら、彼は踵を返して、背中を向けてしまう。
(遠いなぁ――)
同じ教室にいるのに、思わず呟きが漏れた。
■■■
「天音さんも、それ読んでるの?」
下河君から声をかけられたのは、いつ振りだったんだろう。視線が混じって。私が、笑みを溢すよりも前に、下河君は口を押さえた。そして、自分の席に戻る。
なんで?
今じゃん。今が、下河君に踏み込むチャンスだったじゃん。何で、ぼーっとしてるの?
周囲を見回して。
下河君が、距離をおいた理由が分かった。自称お友達達が、また私に群がってきたのだ。
「天音さん、何を読んでるの?」
「あ、ラノベじゃん。天音さんって、そういうトコ親近感湧くよね」
「へぇ。面白い? 私も読んでみようかな?」
自称お友達さん達が騒ぐなか、本に指先が触れる。
あなた達に紹介したいワケじゃない。
下河君が読んでいたら、キモいって言ったじゃん。じゃあ、私にもキモいって言いなよ。どうして、私が下河君と一緒に居る時間をジャマするのさ。
この物語に登場する二人のように。
苦難があっても、手を離さない。
そんな二人に憧れる。
諦めない、そんな二人に私は憧れた。
ワガママは言わない。
ただ、下河君とお話がしたい。
あなたが読んでいた、一冊を知った。だって、もっと下河君のことが知りたい。手なんか、繋げない。だって、まだ言葉すら交わせてないから。
でも、諦めたくない。
あきらめたく、ないんだ。
とん、とん。
背中を押したのは、友人だった。
「みーちゃん?」
「つーちゃんは頑張ってるよ。私、応援しているからね」
コクン、コクンと頷いて。
やっぱり、視線で、下河君のことを追ってしまっていた。
■■■
席替えのクジの結果が、次々と黒板に書かれていく。
私の隣に書かれた名前を見て、目を疑った。
――下河空。
目を大きく見開く。あ、ダメだ。もう笑顔が隠せない。嬉しい、嬉しすぎて――。
「下河、ちょっと席変わってくれよ」
「は……?」
「お前に天音さんの隣とか、釣り合わないだろ? 不快にさせる前に、俺と代っておけ――」
「下河君、隣よろしくね」
私は、きっと満面の笑顔で、そう言っていた。
小説の主人公のように、まっすぐになれないけれど。
誰かに合わせて、時間を台無しにするのはもう止めよう。そう思ったんだ。
「あ、え、へ……?」
「よろしく、ね」
にっこり笑う。
私は、もう言い訳をせずに踏み出すと決めたんだ。
明後日には、もっと下河君と距離が踏み出すことになることを、このときの私はまだ知らない。
________________
EP 50に続く。
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